
最後のバナナ
最後のバナナに誰も手をつけようとはしなかった
そのバナナには最初から
黒くて深いキズのようなものがあちらこちらにあり
そのせいで誰にも手をつけてもらえぬまま
最後まで残ってしまったように思われた
誰にも食されぬまま一日が過ぎ二日が過ぎ
やがてこ黒くて深いキズ以外の部分も
黒く変色していった
ずいぶんと黒くなったなあ と思うだけで
私もバナナには手をつけなかった
かといって捨ててしまおうという気にもなれず
ただただぼんやりとバナナを
眺めているだけだった
バナナは完全に放置されていた
バナナを眺めながら一日、また一日と
私の毎日が過ぎて行った
あらまた黒くなった などと思いながら
私の毎日が過ぎて行った
そんなふうに一日が過ぎて行くうちに
私の中にある特別な感情が芽生えていた
それは願いにも似た
哀れで儚い感情だった
「捨てたくない!このままいつまでも
こうやってバナナを眺めつづけていたい」
バナナは日を追うごとに
いたんで黒くなっていき
バナナであることから確実に遠ざかっていった
とうとうバナナはそれがかつてバナナであったかどうかもさだかではないほど
真っ黒い塊と化してしまっていた
バナナのミイラだ
心の中で私はそうつぶやいた
バナナのミイラだ バナナのミイラだ
「なんだこれ!なんでこんなものこんなところにおいて置くんだ」
ようやくテーブルの上の真っ黒い塊に気がついた夫は
眉をしかめながら ティッシュをとりだし
無造作にそれをくるむと
台所の隅にある透明なゴミ袋の中に押し込んだ
「それバナナのミイラだよ」
ボソッと夫に向かって言った さらに言った
「そうなる前に食べてあげればよかったよねえ」
夫は聞えないふりをしていた
その時ようやく気がついたのである
私はそれを夫に
捨ててもらうことを
待っていたのだ
と