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「ぼくはオンライン古本屋のおやじさん」 北尾トロ 本好きなら、一度は古本屋になってみたいと思ったことがあるんじゃないだろうか(思ってない?)。一日中本に囲まれて、店番しながら読みたい放題、売り上げがあればなおうれしい。しかし、現実はそんなに甘いものではない。店舗や仕入れの問題など、とても個人ではクリアできそうもないことばかりだ。 では、オンラインで本を売るというのはどうだろう。 ライターでもあるトロ氏は、そんなハードルを勢いで乗り越えて、オンライン古本屋『杉並北尾堂』をオープンした。決意したきっかけから、運営しながらの成長を書いたのがこの本だ。on the job trainingといった感じで、まるで自分がやっているかのように、ワクワクしながら読むことができた。それはやっぱりトロ氏が心から本が好きなので、いろんな苦労を楽しみながら前向きに解決しようとしているのが伝わってくるからだろう。 オンライン古本屋で大切なのは、品揃えのコンテンツらしい。その店ならではの際立った特徴がないと、大型店に圧されてしまうだけなのだ。 「考えるヒット3」 近田春夫 ロック、演歌、J−POPと何でもござれの近田氏である。 アルフィーの唯我独尊のファッションにあきらめ感を抱き、ヴィジュアル系バンドが普通に老けていくのを心配する。SPEEDの解散をいち早く見通し、藤あや子の歌詞カードのフォントにまで気遣う。ここまでの幅広さは、この人にしか扱えないと思う。 もうひとつ近田春夫がほかの音楽評論家と違うところは、サウンド以上に詞のクオリティに重きを置いているところだ。そして真剣にアーティストのことを理解しようと努めている。その姿勢こそが様々な予言を生み出しているのだろう。 『BS音楽夜話』に出演しているときも思うのだけど、この人の感性はとてもみずみずしくてフラットで年齢を感じさせない。近ごろの若いもんは、なんてことは絶対言いそうにない。涸れない泉のように好奇心にあふれていて、新しい刺激を吸収しようという精神がみなぎっている。 「A Better Design Webページ リ・デザインブック」 山本容子 真っ白な画面を目の前にして、ホームページを作成するのは大変な作業だ。一度考え出すと、寝るときまでデザインのことで頭がいっぱいになって、延々とシュミレーションしている自分がいる。サイトを持っている人なら、みんな経験していることだろう。文字の配置ひとつとっても、5mm単位で印象が変わってしまう(ような気がする)のだ。 いくらカッコいい写真やイラストを入れたとしても、クリックしてから開くまでが遅すぎるのではどうしようもない。私だってあまりにも待ち切れないときは、 内容を見る前にすかさず‘中止’か‘戻る’のボタンを押してしまうもんなあ。重さとのバランスも考えながら、いかにクールで使いやすい画面を作るか。大いに悩むところである。 ちょっと前にサイトのリニューアルをしようと思い立ち、いろいろ本を見て回ったのだけれど、数あるデザイン本の中でこの本が一番よかった。正方形の表紙もカッコいいし、内容もシンプルなデザインばかりで私好みだ。 ページの改造前と改造後が並べてあって、どういうふうに変えればいいのかがわかりやすい。デザインだけに的を絞って書かれているので、レイアウトやフォントで悩んでいる人には参考になると思う。技術的にもそれほど難しいことはないし、とにかく初心者から上級者まで実際に使える本だ。 ウェブデザインの本は最近たくさん出ているけど、今回研究した結果、ひとつ悟ったことがある。それは、表紙のデザインがダメな本は、中身もダメだということだ。紙面がカラーじゃないのは問題外である。 「ノンデザイナーズ・ウェッブブック」 Robin Williams,John tollett この本はデザインというよりも、サイトの構成に役に立った。 ちょっと驚いたのは、テキストの中央揃えを毛嫌いしていることだ。英語のサイトではクールではないらしい(個人のページではいいと思うんだけど)。テキストの配置や色の選択を見ても、やはり日本とはちょっと違う。でも、英語と違って漢字は画数が多くて、はっきりした色を多用すると見にくくなるんだよなあ。 コンテンツが一番大切なのはわかっているけれど、デザインや使い勝手というのも同じくらい重要だ。それによって、ウェブマスターの個性が表れる。 「ホットワイアードスタイル」 ジェフリー・ヴィーン サブタイトルは「webデザインを進化させる10の発想」。タグのハウツーではなく、ホームページのデザインや構成についての本だ。 『リロードは30秒以内に。読者は待ってはくれない』とか『くわしい情報は“こちら”にあります、などど解説するな』というアドバイスや、welcome to…という個人的挨拶について『頼むからページの要点にすぐ行ってくれ。またしても奴らがぶち壊しにする』というウェブ制作者にとっては厳しいことも書いてある。作る側にとってはかなり参考になるだろう。 デザインについては、私のHPもこの本にのっているものをお手本にさせてもらった。カッコイイものばかりなんだよなあ。自分でこんなページが作れたらすごいでしょう。でもテクニック以前に内容がおもしろくないと話にならないか。 「にんじんだもの」 清水ちなみ 題名はもちろん相田みつをの「にんげんだもの」からとっている。全国のOLが自ら筆を使って手書きした『実践的な格言』だ。 まず、本屋で題名をみていきなり笑ってしまった。さすがは清水ちなみだと思った。読んでみてさらに大笑いした。とにかく経験からでてきた実践的格言ばかりなのだ。例えば『合コンでね 誰とも目があわないときは はやく帰ったほうがいいんだなあ』という感じだ。それぞれの人生がみえて結構奥深いし、すごみさえある。みつを風の言葉のリズムがさらに味わい深く読ませている。 おもしろそうだったので私もいくつか考えてみた。「ひとのせいにしているうちは なんにも先にすすまないんだよね」「ころがりつづけて たどりついたところは がけっぷち」「おバカでいい おバカがいい」 「またたび浴びたタマ」 村上春樹 春樹さんが考えた回文を五十音順に並べて、ひとつずつ説明文をつけた不思議な本だ。この説明文がかなりブラックで下ネタも結構入っている(前から好きらしいとは思っていたけれど)。友沢ミミヨのまったりとしたイラストもナンセンス度を倍増させている。特に『裸体が渋い武士がいたら』の絵は目に焼き付いて離れない。 もちろん春樹さんの愛人志望の私(関係ないけど)もマネをして考えてみた。「ネコのコネ」「寝付きいいキツネ」・・・切れがない。「織田裕二は自由だ、Oh!」・・・ただの趣味に走っていて回文になってない。やっぱり春樹さんの名文『A型がええ』にはかなわないなあ。 「日本のみなさんさようなら」 リリー・フランキー 洋画に比べて、日本映画がおもしろくないと思ってしまうのはなぜだろう。リリー・フランキーは『わかるから』と言っている。わかるから厳しい。でもわかるから深く好きになれるのだ。 日本映画174本をセンチメンタルなツッコミで斬りまくっていて、ナンシー関ばりの決めのひとことがついたイラストもめちゃめちゃ笑える。フツウの映画批評とは視点が全然違うし、地獄の底から引き上げられた映画も多い。 それにしても、リリー・フランキーは「女囚さそり」が好きらしい。これだけはシリーズ3作も取り上げられている。たしかに梶芽衣子はカッコイイと思うけどね。 「モンティ・パイソン大全」 須田泰成 モンティ・パイソンに怖いものなし。宗教、政治、歴史、王室、すべてのタブーを片っ端から破りまくる。完全にやばい。しかしそれをここまで解説する著者も相当すごい。まるで「8時だよ!全員集合」の全編を分析するにも等しいものだ(あの番組にはなにも背景はないと思うけど)。 モンティ・パイソンの笑いには、シェークスピアやフロイト、ルネサンス、共産主義などかなりの教養が下地になっているが、どこまでも下品だ。長く見ていると頭が痛くなってくる。いけないと思いつつも笑ってしまうんだよなあ。 私が好きなのは、「失われた時を求めて」を15秒で要約するのを争う『オール・イングランド プルースト要約選手権』と『ドイツ近代哲学チーム対ギリシャ古代哲学チーム』の国際サッカー試合だ。ドイツチームはヘーゲル、カント、ショウペンハウエル、ニーチェなど、ギリシャチームはソクラテス、プラトン、アリストテレスなどがメンバーだ。初めはボールを蹴ることを知らなかったメンバーは考え込む(ソクラテスは「汝自身を知れ」なんて言っているし)のだが、アルキメデスが悟りを開き「ユリイカ!」と叫んで蹴り始める。もめごとがあれば公平な審判である中国の孔子が治める。なんだか書いていてアホらしくなってきた。 ここまで掟破りの番組は日本では自主規制となるのだろうけど、いくらブラックユーモアの国とはいえこれが放送できるイギリスって、自由というか、寛大というかすごいと思う。 「共生虫ドットコム」 村上龍 この本の中で一番興味を引かれるのは、田口ランディとの対談だろう。インターネットという手段を使いこなしていて、その危険性も十分認識しているふたりが、これからのネット社会に対して警鐘を鳴らす。 田口ランディは、ネット上でのコミュニケーションはとらないと言っている。ひとつは文字だけでコミュニケーションするために、誤解を増長させてしまうからだ。過剰な期待をもっていると、掲示板で他人のひとことに自分が非難されたと思って傷ついたり、メーリングリストが肥大化してぐじゃぐじゃになったりする。文字以外のフォローができない人たちとのやりとりは、妄想的で怖いと彼女はいう。 さらにふたりは、引きこもりやパラサイト・シングル、オウムなど、内側へ向かって収縮していき、自分の中で消耗していく人たちのことを危惧している。その自己循環のスパイラルに陥ると妄想だけが膨らんでいき、インターネットや電子メールはそれをますます加速させる可能性が高いのだと。 結局、実生活でもネット社会でも免疫が足りないのではないかと思う。この対談ではそれを異物といっている。異物を排除し、純粋培養の枠の中だけで生きていると、閉塞感に苦しめられ、外れてしまったときに追い詰められて思い切った行動にでてしまう。 様々な面で成熟してきた日本社会で、価値観だけが遅れてついてきている。いまは新しい価値観の誕生に対する代償として、いろいろな痛みをともなう過渡期なのかもしれない。 「最前線」 村上龍 『最前線』とは現実が剥き出しになった場所のことである。 もしかしたら個々のものを見るともうどうしようもなく辛く、解決なんてできそうにないということにどこかで気付いていて、顔を背けていたいという恐れが働いているのかもしれない。しかし、これだけ情報が氾濫する中、自分の価値基準や判断力を持っていなければ、まわりに振り回されて道を見失ってしまう。 その点、現場で動いている人たちの言葉は力強く迷いがない。自分の目で見て、自分の肌で感じたことは、揺らぐことなくしっかりと身に付いている。そこには安易な解決法などない。まず何が起きているのかを知ることから始まる。そして自分の頭で考え、行動することではじめて前進できるのだ。 この本では、村上龍が学校の先生や戦場カメラマン、金融ディーラーなど最前線で働く様々な人たちと対談している。そのすべてが生の声だ。そういうコミュニケーションの場がないというならば、せめて自分だったらどうするという想像力だけでも持っていたい。 組織というものは、とかく現場の声が軽視されやすく、遠く上の方で報告書やデータを眺めている人たちに決定権があることが多い。 |