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エフェソの信徒への手紙
エフェソのしんとへのてがみ Letter of Paul to the Ephesians


新約聖書中の一書。「エペソ人への手紙」ともよばれる。パウロの筆によるとされる手紙の中でも、もっとも教理的色彩のこいものである。

手紙の第1部(1章3節〜3章21節)は、神の究極的な目標をあつかっている。著者はその目標を、あらそいあう諸勢力や諸存在がイエス・キリストにおいて和解し、救済をえることにある、とみる。この部分で鍵(かぎ)となる章句は、1章20〜23節と2章全体である。前者では、キリストの普遍的で永遠の至上性が主張される。後者でパウロは、「恵み」(→ 恩寵)による救いについて論じ、また、キリスト教徒、異邦人、ユダヤ人が和解し、ひとつの「神の家族」に統一される希望についてかたっている。

手紙の第2部(4章〜6章17節)は、主として教会の性格と役割にかかわっている。パウロは教会を「キリストの体」(5章30〜32節)とみなし、調和をうしない分裂状態におちいっているこの世を究極的に統合するための、神の道具と考えている。第2部全体を通じて、パウロは信徒に、キリスト教が課す道徳的諸責任をはたして生きるように勧告している。

この手紙はパウロが書いたものとされているが、現代の聖書学者たちは、パウロの真筆かどうかをめぐって論争をくりひろげている(パウロの死後、その弟子のだれかによって書かれたとする見方も有力である)。伝承によれば、パウロは「フィレモンへの手紙」と「コロサイの信徒への手紙」を書いた時期に、古代イオニアの都市エフェソ(エフェソス)の教会にあててこの第3の手紙をも書いたとされる。

しかし、パウロの真筆の手紙が、主として特殊な論争や問題にかかわっていたり、特定の教会にあてて書かれているのに対し、この手紙の語り口はひじょうに一般的で、個人的要素が少ない。そこで、現代の聖書学者たちは、この手紙はローマ属州アジア(現トルコ西部)にすむすべてのキリスト教徒に回覧されることを意図して書かれたのではないか、と推測している。ことによると巻頭の「エフェソに」という語は、たまたまエフェソがこの地方の主要都市だったという理由で、いくつかの写本に二次的に書きいれられたのかもしれない。

この手紙が書かれた時と場所もはっきりしない。もし、これがパウロの真筆であり、「フィレモンへの手紙」や「コロサイの信徒への手紙」と同時期に書かれたものであるとすれば、パウロは獄中にあった時期(60年前後)に、パレスティナの町カエサレアかローマで手紙を書いた、とみるのがもっとも理にかなっていよう。しかし、成立時期についての学者たちの見解は、60年から92年までさまざまである。

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