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エレミヤ書
エレミヤしょ Jeremiah


1.プロローグ

 旧約聖書の一書。ギリシャ語訳聖書(七十人訳聖書)所収のものは伝統的なヘブライ語原典(マソラ本文)より長く、各要素の配列もことなる。これは、正典としての確固たる地位をえたのが比較的おそかったことをしめしている。内容も厳密には引用されず、ユダヤ人社会が新しい状況に直面するたびに自由に適用されたと考えられる。

2.エレミヤの生涯

 エレミヤはおそらく前650年ころに生まれ、前627年に預言をはじめた。前586年のバビロニアによるエルサレム征服後に死亡したが、その時期はさだかではない。イザヤの預言以来、イスラエルではほとんど預言はおこなわれていなかったので、七十数年ぶりの預言となり、それは預言の歴史に新たな一歩をしるすものであった。預言をはじめたころには、宮廷の友人たちに保護され、おそらくユダ王国のヨシヤ王の改革運動を手つだったとみられるが、前609年のヨシヤ王の死後、イスラエルの宗教的・政治的指導者たちからしだいに反感をもたれるようになった。

この時代には、かつて預言者をとりまいていた崇敬の念はうしなわれていた。エレミヤはあるときは軟禁され、あるときは公開討論を拒否され、また土牢(ろう)につかわれていた空の水溜(た)めになげこまれ、戦争の際には敗北主義の裏切り者と非難された。そして、エルサレムが陥落したのち、バビロニアによる征服に強固に抵抗した人々によって、むりやりエジプトにつれさられた。エレミヤが彼らによって殺害されたとするユダヤ人の伝承は、史実にもとづくものではないが、まったくの作り話ともいいきれない。

3.本文の成り立ち

 「エレミヤ書」は、弟子たちが記憶するエレミヤの預言をあとになって記録したもので、聖書のすべての預言書と同様、編集をかさねて現在のかたちとなった。預言はふつう詩の形式でしるされ、文章も短い。預言書の中にふくまれる散文的な長い節は、ほとんどが、編集者によって元の節をつなぎあわされたり、ときには加筆された部分である。「エレミヤ書」も、複雑な過程をへて編集された。編集部分が比較的簡単に判断できるものもあれば、あいまいなものもある。36章には、この書の起源について書かれている。エレミヤの弟子バルクの書いた巻物がおもな原資料だが、バルクの巻物の詳細な内容は現在の本文からは復元できない。現在の本文もまた、おそらく長い期間をへて、ほかの資料をもとに編集されたものと思われる。

現代の批評家は、編集のためにつかわれた資料を次の3つに分類している。(1)エレミヤ自身による預言と記述。(2)おそらくバルクのものと思われる一貫した文体で書かれた、エレミヤに関する記述。(3)いわゆる「申命記」的部分。本来はエレミヤからでた預言が、「申命記」の伝承をふまえ、ほかの作家によって加筆・変更されたものである。

4.内容

 「エレミヤ書」は、3つのことなる部分に分類される。第1部(1〜25章)は主として、ヨシヤ、ヨヤキム、ヨヤキン、ゼデキヤ王の治世の間に、エレミヤがユダとエルサレムに対してかたった預言である。この預言はほとんどが一人称で、おそらく大部分がバルクの巻物に由来すると思われる。内容は、エレミヤの召命(1章4〜19節)、エレミヤの自己反省的ないくつかの「告白」(11章18節〜12章6節、15章10〜21節、17章14〜18節、18章18〜23節、20章7〜18節)、すなわち公にするつもりはなかったと思われる私的な性質の節、神殿での説教(7章1〜15節)などの伝記的なことがら、そしてヨシヤ王の宗教改革を支援するエレミヤの活動(11章1〜17節)などである。24〜25章には、ユダ王国の陥落とバビロン捕囚に関する2つの見解がのべられている。

第2部(26〜29章、32〜45章)は、ほとんどが散文で、前608年ごろからエレミヤの晩年までの活動、裁判、迫害のようすがしるされている。預言者は一貫して三人称でえがかれ、ほとんどの話がバルクに由来すると考えられている。歴史上の出来事が正確に書かれているが、もともとの順序はその後の作家や編集者によって変更された。たとえば26章と45章にはヨヤキム王の時代の出来事が記録されているが、27〜44章の記述の多くはゼデキヤ王の時代をしめしている。慰めの書とよばれる30〜31章は、おそらくエレミヤ自身がかたった言葉で、イスラエルとユダの復興と再統一、そして「イスラエルの家、ユダの家」(31章31節)との新しい契約を預言している。

第3部は、諸外国に対する預言(46〜51章)と、「列王記・下」24章18節〜25章30節の引用と思われる歴史的付録(52章)からなる。52章には、バビロンにつれさられたユダヤ人の数がしるされているが、これは「列王記・下」には書かれていない貴重な記録である。

「エレミヤ書」にふくまれている多くの教義は、バビロン捕囚後のユダヤ教の発展に大きな影響をあたえた。なかでも、イスラエルとユダの神がシロやエルサレムの神殿から遠くはなれたところからも礼拝できるという教え、故郷から離散したユダヤ人(ディアスポラ)がみずからの宗教を維持するための教えなどが特筆される。また、個人の責任(とくに31章30節)を強調したことも重要であり、この考え方が最終的に、神とえらばれた民との新しい契約(31章31〜34節)という表現へと発展していく。

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