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テサロニケの信徒への手紙
テサロニケのしんとへのてがみ Letter of Paul to the Thessalonians


1.プロローグ

新約聖書にある2つの書。パウロの書いた数多い手紙の中の最古のもので、第1の手紙は50年ごろに書かれた。第2の手紙がパウロの手になるものとすると、第1の手紙より後に書かれたと思われる。第2の手紙の筆者がパウロであることを疑問視する向きもあるが、現在ではパウロのものとするのが一般的である。どちらの手紙も、古代ギリシャの都市コリントスで書かれ、マケドニアのテサロニケ(テッサロニキ)にすむ新たな改宗者にあてたものである。

2.第1の手紙

 第1の手紙は、パウロの伝道の手伝いをしていたテモテがコリントスにもどり、テサロニケに新設された教会では、ユダヤ人や異教徒からの迫害にもかかわらず、人々がかたく信仰をまもっていると報告したのをうけて書かれたものである。この吉報をきいて、パウロはまず、喜びと感謝、そして新たな改宗者への思いやりをかたる(1〜3章)。

2章1〜16節では、パウロ自身のテサロニケでの宣教と苦難の思い出が、また2章17節〜3章10節では、テサロニケ再訪への強い願いや、テモテを同地に派遣した目的がつづられている。4〜5章ではもっぱら道徳と信仰上の教えが説かれ、使徒たちの教えにしたがって貞節をまもり、たがいに愛しあい、仕事にはげみ、自分の手をつかってはたらくことを強くすすめている。

第1の手紙の結末部分にあたるこの4〜5章は、テサロニケ人をなやませていたらしい2つの疑問についてもふれている。まず、キリストの再臨の前に死んだ信者については、キリストが復活するときに天にみちびかれるので心配はいらないと説く(4章13〜18節)。また、キリストの再臨と最後の審判の日に関しては、それがいつおこるか書きしるす必要がないとのべている。人々が無事で安全だと思っていると、ひそかに破滅の時がやってくることを、テサロニケの人々はすでに知っている。暗闇の中にいる者は神の怒りをまぬがれることができないが、信仰をもつわれわれ光の子らはすくわれるというのである(5章1〜11節)。

とりわけ最後の2章にみられる終末論的なテーマと黙示文学的な表現が、第1の手紙のきわだった特徴となっている。

3.第2の手紙

第2の手紙は、第1の手紙以降のテサロニケの状況が報告されたときに書かれたとされている。どうやら、改宗者はなお迫害をうけており、そのあまりの激しさに終末の時が間近にせまっていると信じる者もあらわれたようだ。そこでパウロはまず、励ましの言葉をつづる。迫害の中で信者が忍耐強く確固たる信仰をもちつづけていることに、いつも感謝せずにはいられないとのべる。しかし、だまされてはいけないと「兄弟たち」に忠告する。再臨の日はまだきていない。その前にまず神に対する反逆がおこり、「滅びの子」(2章3節)が出現するからだ、という。

またパウロは、教えにしたがわない怠惰な者を罰するようにとのべている。はたらくのをやめ、「余計なことをしている者」(3章11節)があらわれたらしい。いまにもキリストの再臨がおこると信じる者がいたことからして、じゅうぶんありうることだ。そうした者とのかかわりをさけ、労働を否定するものには食べ物をあたえるな、とパウロは命じている。兄弟として警告すれば、その者は恥じて従順になるだろう、という(3章5〜16節)。

専門家や聖書の注解者がとくに関心をよせるのは、反キリストとキリストの力(2章3〜12節)、そして「不法の秘密の力」(2章7節)について説いた黙示的な部分である。

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