電車に乗り合わせた人達


「電車内に広がる温かな輪」 
石川 好恵 

 私は、帰りの電車に乗るため友達と三人で、駅のホームで電車を待っていました。何分かすると電車が入ってきました。そして私たちは電車に乗ったのですが、なかなかドアが閉まらないのでどうしたのかなと思っていました。
 ドアからホームの方を見ると、駅の階段を五十歳くらいの婦人が走って降りてきました。婦人は急いでいたので、階段で転んでしまいました。その婦人は私たちのいる車両に乗ってきました。階段で転んで膝から血が流れていました。私たちから婦人にティッシュを差し出すと、
「どうもすみません」
と言って受け取ってくれました。座席がいっぱいで立っていると男の人が、
「どうぞ」
と言って、婦人に席をゆずりました。車両全体から、
「だいじょうぶか」
という声が聞こえてきました。すると、婦人の近くにいた女の人が包帯をあげました。婦人の隣に座っていた男の人が膝に包帯をしてあげました。
 たまたま乗り合わせた人が、それぞれに親切がしてあげられるなんて素晴らしいことだと思います。
 私もその一人として親切ができてとてもよかったと思っています。 

-涙が出るほどいい話 河出書房新社より-

出所 http://www.growup.co.jp/growup/iihanashi/iihanashi15.html

 ティッシュを差し出した彼女、そして座席をゆずってあげた男性、声をかけた多くの人達、そして包帯を提供した女性、包帯をしてあげた男性・・・そんな親切心あふれるすべての人達がエホバの証人ではないというだけで、まもなくハルマゲドンで滅ぼされます。それがエホバの証人たちの信仰です。

 では、この車両にエホバの証人信者が乗っていたとしましょう。そして階段で転んだ女性がもし昔同じ会衆にいた排斥された元信者だったとしたら・・・?しかし、まっさきに助けを差し伸べるはずだと思われるその信者は、いつまでたっても見て見ぬふりです。なぜなら、排斥された元信者にはあいさつすることすら、禁止されているからです。信者にとって、排斥された者は毒物と同じなのです。

 皮肉なものです。そんな親切心のかけらもないエホバの証人信者がハルマゲドンで生き残り、見知らぬ人にすばらしい親切を示した多くの人達が滅ぼされるわけですから。しかし、エホバの証人にとってこれが「真理」なのです。

問いかけ

 さあ、あなたはこんなにいい人達を「滅ぼされる人々」だと見下し、自分勝手で世間知らずなエホバの証人たちと共にこの世の終末(ハルマゲドン)を生き残りたいと思いますか?

 こんなにいい人たちをも、ただエホバの証人ではないという理由だけで滅ぼそうとしているエホバという神が、全知全能で愛ある神だと思いますか?

 そんなおかしな解釈をも平気で許し、エホバの証人の活動を野放しにしている、一般キリスト教会が説く聖書の真の神たるものが本当に存在していると思いますか?

 聖書は所詮、人間の書いた本。だから、カトリックもプロテスタントもエホバの証人もモルモン教も統一教会もすべてインチキ宗教。エホバという神も三位一体の神もいない。この世の終末も幻想に過ぎないから、当然のごとく救いや滅びなんてものもない。・・・そんな考え方で納得することはおかしいと思いますか?


まもなくハルマゲドンで滅ぼされる人々

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