エホバに操られたファラオ、サウル、ユダ


 人間は自由意志を持つ者として創造され、神の側を選ぶかそれともサタンの側を選ぶかを自らの意志で決めることができるはずでした。しかし聖書を読んでいくと、明らかにエホバによって悪事を行うよう操作された人々がいることに気付きます…。

 


ファラオ

 十の災厄が起きる前:「わたし(エホバ)としてはファラオの心をかたくなにならせて、わたしのしるしと奇跡をエジプトの地に必ず多くする。」(出エジプト7:3,4)

 第6の災厄-はれ物の後:「しかしエホバはファラオの心をかたくなにならせられた。そのため彼は、エホバがモーセに述べられたとおり、彼らの言葉を聴き入れなかった。」(出エジプト9:12)

 第7の災厄-雹の後:「今回わたし(ファラオ)は罪をおかした。エホバは義にかなっており、わたしとわたしの民は間違っている。神の雷と雹が臨むのはもうこれだけでよいように、エホバに懇願してほしい。」(出エジプト9:27,28)

 ところが…「ファラオのもとに行きなさい。わたし(エホバ)は、彼の心とその僕たちの心を鈍くならせたからである。」(出エジプト10:1,2)

 第8の災厄-いなごの後:「わたし(ファラオ)はお前たちの神エホバに対し、またお前たちに対しても罪をおかした。それで今、わたしの罪を、どうか今回だけ赦してほしい。」(出エジプト10:16,17)

 ところが…「しかしエホバはファラオの心をかたくなにならせたため、彼はイスラエルの子らを去らせなかった。」(出エジプト10:16,17)

 第9の災厄-闇の後:「行って、エホバに仕えるがよい。ただし、お前たちの羊と牛はとどめておかれるだろう。お前たちの幼い者たちも一緒に行ってよい。」(出エジプト10:24)

 ところが…「すると、エホバはファラオの心をかたくなにならせたため、彼はその人々を去らせることに同意しなかった。」(出エジプト10:27)

 第10の災厄-初子の死の前:「ファラオはあなた方の言葉を聴き入れない。それは、エジプトの地でわたしの奇跡が増し加えられるためである。」(出エジプト10:24)

 十の災厄が終わった後:「こうしてわたし(エホバ)はファラオの心をまさにかたくなにならせる。彼は必ずその後を追い、わたしはファラオとそのすべての軍勢とによって自らに栄光を得るのである。」(出エジプト14:4)

 イスラエルが脱出した後:「こうしてエホバはエジプトの王ファラオの心をかたくなにならせたため、彼はイスラエルの子らを追いはじめた。」(出エジプト14:8)

 追跡劇の最中:「わたし(エホバ)は、見よ、エジプト人の心をかたくなにならせている。それは彼らがその後を追って中に入り、こうしてわたしが、ファラオとそのすべての軍勢、その戦車と騎兵たちとによって自ら栄光を得るためである。」(出エジプト14:17)

 「エホバがファラオの心をかたくなにさせた」…聖書の中で非常に理解に苦しむ記述のひとつです。ファラオは所々で平謝りしているにも関わらず、その都度「エホバはファラオの心をかたくなにならせ」ました。このすべては、エホバが「自らに栄光を得るため」に行われました。だとするなら、ファラオも悪役を演じるために全能の神によって操られた哀れな人であると感じざるを得ません。

 


サウル

 「ときに、エホバの霊がサウルから離れ、エホバからの悪い霊が彼を怖れさせた。それで、サウルの僕たちは彼にこう言いだした。『さあ、ご覧なさい、神の悪い霊があなたを怖れさせています。私たちの主よ、どうか、あなたの前にいるこの僕どもに命じて、たて琴を弾く上手な人を捜させてください。そして、神の悪い霊があなたの上に臨むとき、その人は手で必ず弾くのです。そうすれば、あなたはきっと良くなられるでしょう』。」(サムエル第一16:14〜16)

 「そして、その翌日、神の悪い霊がサウルの上に働いたので、彼は家の中で預言者のように振る舞うのであった。一方、ダビデは以前の日々のように、その手で音楽を奏でていた。サウルの手には槍があった。するとサウルは槍を投げつけて、『わたしはダビデを壁にでも突き刺してやる!』と言ったが、ダビデは二度も彼の前から身をかわした。」(サムエル第一18:10,11)

 「ときに、エホバの悪い霊がサウルの上に臨んだが、彼は自分の家でその手に槍を持って座っていた。一方、ダビデは手で音楽を奏でていた。そこで、サウルは槍でダビデを壁に突き刺そうとしてが、彼がサウルの前から体をかわしたので、サウルは槍を壁に突き刺した。」

 「神の悪い霊がサウルの上に働いた」-これもずいぶんショッキングな言葉ですが、正真正銘聖書の言葉です。「預言者のように振る舞う」ということは、半狂乱の状態にさせられたということでしょうか。後に再びサウルに「神の霊が臨んだ」時は、彼は「衣を脱ぎ捨て」、「預言者のように振る舞い、その日も、その夜もずっと裸で倒れていた」とあります。(サムエル第一19:20〜24)サウルがダビデを何度も槍で突き刺そうとした時は必ず、「神の悪い霊が働い」ていました。

 


ユダ・イスカリオテ

 ユダの裏切りは、旧約聖書の中で預言的に示されていたそうです。

 「わたしと平和な関係にあり、わたしが信頼していた人、わたしのパンを食べていたその人が、わたしに向かってそのかかとを大きくしました。」(詩編41:9)

 「聖書から論じる」の「運命」の項(P85)は、「この預言はイエスの親しい仲間のうちだれが裏切り者になるかを明示していないことに注目してください」と述べて、ユダがイエスを裏切るよう運命づけられていたという解釈を否定しています。

 確かに誰が裏切り者になるかは明示されていませんし、ユダの場合はファラオやサウルと違い、エホバによって直接どうこうされたという記述は見あたりません。しかし誰かが裏切り者の役を演じねばならないことは, その裏切り者が生まれる前から決まっていたのです・。まさにロシアンルーレットですが、ユダ・イスカリオテは不幸にもその悪役を演じるはめになりました。まさにイエスが「人の子を裏切るその人は災いです。その人にとってはむしろ生まれてこなかったほうが良かったでしょう」といった通りです。(マタイ26:24)

 また「イエスは初めから…だれがご自分を裏切る者かを知っておられたのである」(ヨハネ6:64)とあるように、宣教活動のかなり初期段階からその裏切り者はユダ・イスカリオテであることが定まっていました。ユダも聖書劇の中で悪役に当たってしまった哀れな人間の一人です。

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