ヨブとイザヤは地球の形を知っていた?


 協会は、聖書が神の霊感によって書かれたものであることを証明するものとして、古代の人間が知り得なかった科学的知識を、ヨブやイザヤが知っていたと主張しています。

 

「神は北をむなしい所の上に張り伸ばし、地を無の上に掛けておられる」。(ヨブ26:7)そうです、今から3000年以上前に、聖書は、地球には何ら見えるかたちでの支えはないこと、すなわち、比較的近年になって理解されるようになった、引力や運動の法則と一致した事柄を正確に述べていました。-「進化か創造か」P200

 これは本当に地球の物理的な真理について述べた聖句でしょうか。確かに「地を無の上に掛けておられる」は意味が通じますが、前半の「神は北をむなしい所の上に張り伸ばし」はよく意味が分かりません。この言葉はどのような話の流れの中で述べられたのでしょう?この聖句の前後を少し見てみましょう。

「死んだ無力な者たちは震えている。水とその中に住まう者との下にあって。」(5節)

「王座の面を囲い、その上に雲を広げておられる。」(9節)

「神は水の面に円を描かれた。そこまでで光は闇で終わる。」(10節)

 自然界にうまく当てはまらない不可解な表現もたくさん並びます。これらは物理的な真理とについて語られたものではなく、ある種の詩や幻のようなつかみ所のない話ではないでしょうか。まさか「死んだ無力な者たちは震えている」という霊魂不滅的な発言も文字通りの真理として解釈したいエホバの証人はいないでしょう。ヨブの「地を無の上に掛けておられる」という言葉は、つかみ所のない表現がたまたま科学的な真理にぴったりだったと考えるのが妥当でしょう。

 

「地の円の上に住む方がおられ、地に住む者たちは、ばったのようである」。(イザヤ40:22)ここで「円と訳されているヘブライ語「フーグ」には、…「球体」という意味もあります。そのため、他の翻訳はその部分を、「地の球」(ドウェー訳)、また「丸い地」(モファット訳)とも訳しています。このように聖書は、それが書かれた時代に広くみられた、地球は平らであるという誤った見方に影響されてはいませんでした。それは正確でした。-「進化か創造か」P201

 これもいまひとつ説得力のない主張です。「円」が「球」とも訳せるというだけの理由で、イザヤが「地球は丸い」と言ったというのは、強引すぎませんか?第一、新世界訳を最も優れた訳と自負しているなら、なぜこの部分だけ他の都合の良い翻訳を引き合いに出さねばならないのでしょう。

 それに、「地」を「地の球」と訳したところで、「地の球の上に住む方がおられる」というのもちょっと変です。神は物理的な存在ではないのですし、宇宙では上も下もないのですから。

 高い山頂に登れば、地面は360度円状に広がって見えます。「ばったのよう」という表現についても、今でも高い場所から下界を見下ろすと、物や人がおもちゃのように見えることがあります。この聖句は、古代人のそうした日常体験に基づいているのではないでしょうか。   

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