あのテロ事件よりも恐ろしいことを起こそうとしてませんか?


 全世界を震撼させたアメリカの同時多発テロ、そしてあの日本中を恐怖に陥れたオウムのサリン事件。われわれは宗教の恐ろしさをイヤというほど思い知らされました。しかし、エホバの証人はさらに恐ろしい事態を引き起こす可能性を持っているのです。

  彼らはまもなく「ハルマゲドン」が起き、エホバの証人以外の人々はすべてその時に滅ぼされると信じています。だからこそ、よりたくさんの人々がエホバの証人に入信させ、生き残って欲しいと考えているわけです。熱心な布教活動の原動力はそこにあるといえます。ハルマゲドンの後には、パラダイスが地球上に作り出され、生き残った人々はそこで永遠の命を得ることができきると疑いもなく信じています。

 では、これまで亡くなってしまった人はどうなるのでしょうか?答えは簡単です。すでに亡くなっているエホバの証人信者は、ハルマゲドンの後に地球上に復活してきます。その中には聖書の中で「神に仕えた」とされている人たちすべてが基本的に含まれることになります。

 では、信者でなかった人はどうでしょうか?故意にエホバの証人にならなかった人や反対者だった人たちは、復活する機会を失ったと彼らは考えています。しかし、十分な知識がなくエホバの証人になる機会に恵まれなかった人々は「復活のチャンスが十分にある」と信じているのです。この解釈のもとに結論するならば、これまでに死んでいったほとんどの人々つまり90%以上の人間たちは「復活」してくることになるわけです。そのためか、信者の中には将来、「織田信長に群雄割拠の逸話を聞いてみたい」「エジソンに発明に関する話を聞きたい」というような期待を抱く人が意外なほどたくさんいるのです。

 さて、話を戻しましょう。現在、エホバの証人信者の数は全世界で約1000万人前後と言われています。仮に、明日「ハルマゲドン」が起これば、その信者たちだけが生き残ることになります。残りの約60億人近い世界中の人たちは全滅することになるわけです。エホバの証人たちが焦るように布教活動を行なう動機もある程度は理解できるのです。もうすぐ、ハルマゲドンが起こればそれら60億人近い人間たちがいっせいに死んでしまい、永遠の命の機会を失ってしまうわけですから。

 しかし、現在生き残る見込みのないほとんどの人々に永遠の命のチャンスを与えることができる簡単な方法があるのです。それには布教活動の必要性はいっさいありません。では、その画期的な方法とはいったいどんなものでしょうか?

 それは信者たちによる「大量無差別殺人」という手段です。武器や兵器はエホバの証人組織が有する豊富な資金源で用意できるはずです。そして、約1000万人近い信者たちすべてが武器を取り、無差別に信者でない人間たちを殺していきます。統治体がそう命じれば、信者たちはすぐに行動を開始します。

 仮に信者ひとりが平均100人を殺したとしましょう。[1000万人×100人]で約10億人が犠牲になる計算になります。しかし、心配の必要はまったくありません。それら犠牲になった多くの人たちはハルマゲドンの後、パラダイスとなる地球上で「復活」し「永遠の命」をもらえるわけですから。なぜなら、彼らはエホバの証人になるために十分の知識を得ることなく、死んでいったからです。ただ、残念なのは大量無差別殺人を強行した「エホバの証人」たちはハルマゲドンで神に滅ぼされてしまうということです。「殺人」はどのような事情があっても、「神への罪」に変わりはないからです。その前に社会的に処罰されるのは、言うまでもありませんが・・・。

 たしかに、信者数も伸び悩む今、ハルマゲドンを生き残る人間の数がこれ以上大幅に増えるとは思えません。しかし、この大量無差別殺人が実現すれば、約10億人の人々に永遠の命のチャンスが与えられるのです。なんとすばらしい「音信」ではないでしょうか?

 さて、上記の内容について現役信者の方々であれば、自信を持って「わたしたちは絶対にそんなことをしません」と断固否定するでしょう。たしかに「あなた」はそうしないかもしれません。しかし、「あなたではないどこかのだれか」がそんな危険な考えを持っていることを完全否定することはできないでしょう。それに、「統治体のだれかが」そのような考えを持ち、そうするようにと指示を出した場合、それを拒否するだけの勇気を持つ信者がはたして何人いるでしょうか?

 可能性そのものはかなり低いとしても、これに似た事件が起きてもまったく不思議ではありません。「自分は滅ぼされてもいい、でも未信者の家族には永遠の命を得てもらいたい」と願い、自分の家族全員を殺害する信者が現れるかもしれません。もし、強大な武力を自由に操作することのできる信者が地球規模で同様のことを考えた場合、もっとおそろしい事態が発生するのではないでしょうか?

 このようにエホバの証人は何億という罪のない人々を無差別に殺すことが、一種の「救い」と解釈できる教理を有しているのです。人々の精神状態がますます複雑化する世の中にあって、宗教が絡み合うことで奇行に走る人間は増え続けていくでしょう。エホバの証人が「平和」を標榜するグループとしても、「信者全員」がそうだとは限らないのです。やはり、「おかしなこと」を考えている信者が必ず潜んでいます。

 表向きは「人々を救いたい」と叫んでいるエホバの証人たち。しかし、実はその陰で非常に危険な考えを持つ人間を増殖させているかもしれないのです。それは人々を救うどころか無差別殺人をも容認する思考なのかもしれません。エホバの証人たちによって、あの「サリン事件」そして「米国同時多発テロ事件」は比較にならない前代未聞の大事件が発生する可能性も否定できないのです。

 宗教の名のもとにこれ以上、罪のない人々が犠牲になる事態はなんとしても食い止めねばなりません。もし、エホバの証人の中にここで指摘するような危険な考えを持つ人がいるならば、今すぐに思い直していただきたい。そして、より多くの人たちが、自分たちだけが世界中の人々を救うことができると信じる、この「エホバの証人」というグループの偽善と矛盾の多さに気付いてもらいたい。私はそう願います。

 最後になりましたが、断りの文章を挿入しておきます。エホバの証人信者のほとんどは健全な人たちばかりで上に挙げたような危険な考えは持っていないということです。なぜならば、「自分が救われたい」と考えているからです。自分が犠牲になってまで、他の人の救いを考えるような利他的な精神を持つ人はまずいません。なんだかんだいっても自分がかわいいのです。「イエスの弟子」であると主張しておきながら、自分を犠牲にできる人はあまりにも少ないのが現状です。輸血を拒否して自分の命を犠牲にするのは、「永遠の命」を失いたくないからです。彼らにとっての犠牲とは、「自分の時間を削って集会や奉仕に参加する」ことなのです。これが実態です。

 彼らが「利己的」なのか、「他人おもい」なのか? 「安全」なのか、「危険」なのか?さて、皆さんはどう思われるでしょうか? 


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