年金払えるなら払いましょうよ


 過去に比べるとその数は減っているとはいえ、高校卒業後に正規開拓者になる若者たちは多いようです。ひと月に70時間は布教活動に参加する必要があるため、全時間での仕事つまりどこかの会社で正社員で働くことはまずありません。世間でいう「フリーター」と呼ばれるものに彼らは属していることになります。

 親と一緒に住む若者もいれば、いわゆる「派遣社員」のごとく他の場所に出向いていく者もいます。どちらにしても彼らの生活水準は、決して高いとはいえません。宗教活動を重視するために、収入についても多くを求めようはしません。フリーターですから、求めようにも限界があるのも当然です。「今あるもので満足する」という精神を尊重することも関係していることも考えられます。

 さて、親と同居していれば、たとえ収入が少なくても「年金」を払う必要が出てきます。ところが、そうでない場合、つまり親元を離れて生活する若者、結婚して家を出た夫婦(若者に限らず)などについては年金を「免除」してもらうことが可能になります。払わずにすむという状況を得ることができるわけです。

 私も現役時代に多くの若者信者や開拓奉仕をする夫婦たちと交わっていました。ところが、年金をしっかりと払っている者はほとんどいなかったように記憶しています。彼らの多くは先ほども述べたように「免除申請」という方法を取り、国から認められた形で年金を納めないようにしているのです。

 こんな会話を聞くこともありました。

 「○○兄弟、今年も年金の免除申請を出そうと思ってるんだけど大丈夫かなあ・・・?去年より、ちょっと収入が多かったら心配してるんだ。来年は働く日数を減らして確実に免除申請が通るようにするよ。」

 世間の人にとってはまったくの非常識と判断されることでしょう。しかし、これが現実です。彼らは真剣に悩んでいるのです。もともと、切り詰めた生活をしているため、毎月13000円(夫婦なら26000円)近い年金を払うことは致命傷になってしまうからです。

 「では、もっと働いて稼げば、余裕をもって年金を払るじゃないか?」と思われるでしょう。しかし、働く時間を増やしてしまうと奉仕活動に費やす時間が奪われてしまうという別の問題が彼らに生じてしまいます。開拓奉仕をしている人たちは、毎月70時間というノルマがあるために必死なのです。(ノルマといっても達成できないことによる罰則があるわけではありません) 

  ここで、少し戻って根本的な疑問について考えてみましょう。なぜ彼らは年金を払おうとしないのか?ということについて。 理由はいろいろとあるでしょうが、以下の点が大きく関係していることに違いないはずです。それは・・・

 「自分たちが65歳を迎えるころには『ハルマゲドン』が来ているに違いない。ならば今、年金を払っても将来もらえることはまずないだろう。だから年金なんて、払っても仕方ないし無駄なことだ。

 というとてつもなく自分勝手な解釈です。

 もちろん、エホバの証人でなくても怠惰に年金を納めようとしない人がいると思います。年金制度の将来を疑い、払おうとしない人もいるのはたしかです。しかし、中には働きたくても働けない、十分な収入を得たくても得られない人もたくさんおり、年金を払いたいという思いを実現できないでいる人もいるはずです。

 ところが、エホバの証人の場合(特に開拓奉仕者)、事情はまったく異なります。彼らは働こうと思えば働けます。そして、年金を払おうと思えば払えるのです

 では、なぜそうしないのか?それは自分たちの宗教的活動が一番大事だと考えているからです。その活動に熱を入れるあまり、働いて年金を納めようとしない傾向にあります。先述したように一部の人は、働くことをセーブしてまでも年金を免除してもらおうとするありさまです。 「終わりが近い」という思想により、「もらえるはずがないものを払うのは無駄である」という考えまで生まれています。

 エホバの証人は法を守り、そして税金を払う善良な市民であるとアピールしています。たしかに「年金」を収めないことが違法になるわけでありません。しかし、現在納められている年金によって、老人たちが生活を送ることができるのも事実だと思います。払わないことによる「しわ寄せ」が社会のどこかに生じているのではないでしょうか?これから高齢化社会へと加速していくこの日本ですが、故意に年金を納めようとしない彼らの姿勢は、大きな社会問題に発展しかねません。

 「自分たちさえ良ければそれで良い

 エホバの証人たち自身はそう考えていなくとも、周りからはそう見られてしまっても仕方ないでしょう。彼らが本当の宗教か、そうでないか・・・この年金未納の問題を取り上げてみても答えは明白だと思います。

 さて、この問題にはさらに深刻な結果を招く要素を含んでいることにお気づきでしょうか?実は年金を納めていないエホバの証人たち自身の将来のことです。

 彼らはまもなく楽園が来るという希望を持って、質素な生活を送るよう心がけているために大した貯金もありません。貯金を切り崩して、宗教活動に打ち込む信者も存在するぐらいです。さらに、終わりが近いと考えるためか若い夫婦の中には子供を作ろうとしないケースも見られるようになりました。結婚せずに宗教に一心でありたいと考える若者もいます。

 そうすると、「貯金はない」「年金を払っていないため将来十分な年金が受け取ることができない」そして「子供がいないために年老いてから養ってもらう人材がいない」・・・と、将来の生活に対してかなりの不安要素を抱えていることになります。

 本当に「ハルマゲドン」が起きれば、何も問題ありません。信じるのはもちろん自由です。しかし、万が一起きなかったら・・・。聖書の解釈や計算などに間違いがあったら・・・。今、彼らは相当なリスクを背負って生活していることになるわけです。これまで聖書の解釈はたびたび変更されてきました。1975年の終わりも外れました。

 「では、今回もまさか・・・?」 そのように彼らは考えてくれないでしょうか?

 現在、世界中で布教活動が毎日のように熱心に行なわれています。ある国では顕著な形で信者が増加していることでしょう。しかし、この日本では良くて横ばい、実際はマイナス傾向にあるようです。正規開拓者の率がもっとも高いと言われるここ日本においても、彼らの活動はまったくといっていいほど実を結んでいないことになります。

 私としては、そこまで正規開拓者にこだわらなくてもいいのではないか・・・そう考えてしまいます。それよりも、余裕があるならもっと働くあるいは定職に就くように努力してみてはどうかと思います。そうすれば、年金を払うことで社会的な責務を果たすことができるはずです。その上で、「集会に行く」「奉仕に行く」というのは本人の自由です。

 高齢化社会や不安定な年金制度、失業率の増加、そしてこの不景気・・・と将来に対して不安なことばかりです。「楽園」に逃げ込みたい気持ちも分からないことはありません。しかし、彼らも社会の一部です。パラダイスにおもいを寄せるのは勝手ですが、社会の一員として現実的な行動も必要だと思います。

 ほとんどの開拓者たちは仕事やその開拓者という立場を調整すれば、年金を払うことは十分可能です。やはり「払えるものは払いましょう。」


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