エホバの証人は本当に自分たちだけがハルマゲドンで救われると考えていないのか?(後)


 さて、前編においてはエホバの証人は自分たちだけが救われると本当に考えているのかどうかについて、あるサイトの情報から検証してみました。結果、はっきりとした理解は得られませんでした。ただ、まわりくどい回答を行なうことによって質問の本質からうまく逃げているように感じただけでした。では、本当のところはどうなのでしょうか。他の資料、特にエホバの証人が独自に出版している雑誌や本などから調べてみたいと思います。

 だれがハルマゲドンで滅びそして救われるのか、その点を論じた資料の一部をここで抜粋してそれぞれ考えてみましょう。すべてを取り上げることはできませんので、適当に目立った記事を探してみました。なお、下線は強調のために当方が追加したものであり、オリジナルでは付されていないものです。

 ■ ものみの塔89年9/1号P19
「生き残って千年期に入るため,組織された状態を保つ」

・・・ エホバの証人だけが,つまり至上の組織者の保護のもとで一つに結ばれた組織となっている,油そそがれた残りの者と「大群衆」の人々だけが,悪魔サタンの支配する,滅びに定められたこの体制の差し迫った終わりを生き残るという聖書的な希望を抱いています。(啓示 7:9-17。コリント第二 4:4)彼らは,人類史上最大の患難の際に救われるとイエス・キリストが言われた,「肉なる者」を構成します。イエスは,ご自分が表わし示される日はノアの日のようであろう,と言われました。完成まで多年にわたる組織的な努力が求められた箱船の中で,わずか八つの人間の魂が世界的な大洪水を生き残りました。彼らは,一つに結ばれた家族集団として生き残ったのです。(マタイ 24:22,37-39。ルカ 17:26-30)ノアの妻はキリストの花嫁に相当し,その息子たちと彼らの妻たちは,イエスの現代の「ほかの羊」に相当します。「ほかの羊」は増加を続ける大群衆へと成長しており,現在のところその最終的な数がどうなるかは分かっていません。(ヨハネ 10:16)彼らは,生き残って,大いなるノアであるイエス・キリストの支配する千年期に入るため,油そそがれた残りの者,すなわち「選ばれた者たち」と結びついて組織された状態を保たなければなりません。「大患難」の日はそれら選ばれた者たちのために,短くされるのです。―マタイ 24:21,22。

 この資料の冒頭部分ではなんとも中途半端な表現がなされていることにお気づきになったでしょうか。「エホバの証人だけ」がという言葉が、「生き残る」という述語にかかるのか、それとも「聖書的希望を抱く」にかかるのかどちらにも解釈できるからです。この点については論じはじめても時間の無駄だと思いますので、割愛します。しかし、この資料で明らかになったのは次の点です。つまり、ハルマゲドンにおいて生き残るのは「油そそがれた残りの者」と「ほかの羊の大群衆」であるということです。では、別の資料を見てみましょう。

■王国宣教 92年12月号P7 「産出的な研究司会に取り組む」

・・・ これまで研究生は,聖書の教えを教理としてとらえ,知識を取り入れることに主な関心を向けてきたかもしれません。しかし,エホバ神が地上に一つの組織を持っておられ,新しい世に生き残ることを望む人はすべてその組織に集められねばならないということも認識する必要があります。人種や国籍を問わず,エホバの組織と交わる人々は最初から同じ教育を受け,同じように行動する一致した民として,ハルマゲドンを通過し新しい世に入ってゆきます。そのわけで,研究生はどうしても集会に出席する必要があるのです・・・

 上記の資料では弁解の余地のない表現がされています。つまり、「エホバの証人だけが救われる」ということです。はっきりと述べています。この文章をお読みになって、「エホバの証人以外の人にも救われる可能性がある」と思われる人はひとりもいないでしょう。
 では、別の資料を見てみましょう。

■ものみの塔95年7/1号P21「回復された「地」で共に住む人々」

・・・このことはペテロの預言した「新しい地」とどんな関係がありましたか。回復された「地」に1919年に生まれたこの新しい「国民」は,エホバの油そそがれた賛美者と油そそがれていない賛美者とで構成される,全世界的な組織に発展することになっていました。この組織はハルマゲドンを通過して神の新しい世に入ります。ですから,その国民は,サタンの世の滅亡の後に存在する,義にかなった人間社会,つまり新しい地の中核を成す,と見ることができます。 1930年代の半ばまでに,油そそがれた者は,集団的には,この回復された地の中に集め入れられていました。以来,ほかの羊の大群衆を集めることに力点が置かれてきました。その大群衆は今日500万人に達しようとしています。(啓示 14:15,16)・・・

 ここでも先に取り上げた記事とよく似たことが書かれています。つまり「油そそがれた賛美者(つまり残りの者)」と「油そそがれていない賛美者(つまりほかの羊の大群衆)」がハルマゲドンを通過して神の新しい世に入るということです。しかし、この記事では新たな理解が得られると思います。それは「ほかの羊の大群衆」とはいったいどんな人のことか、ということです。
 終わりの一文には「その大群衆は今日500万人に達する」と説明されています。500万人という数を誇る集団はエホバの証人組織以外に何を意味するというのでしょうか。まぎれもなく、この「大群衆」とは「エホバの証人」のことなのです。
 それでは次の資料を検証してみたいと思います。

■ものみの塔92年 5/1号P15 
「『苦難の時』を逃れるのはだれですか」

・・・先頭に立った油そそがれた残りの者の場合と同様,ハルマゲドン生存者の大群衆の一員となることを望む人々は断固として行動しなければなりません。もし生き残ることを望むのであれば,あなたは人を浄めるエホバの言葉を深く味わい,エホバの義の規準を生活に当てはめなければなりません。また,断固として自分の命をエホバにささげ,それを水のバプテスマで表わさなければなりません。あなたが信仰のうちにエホバを呼び求めることには,エホバのために証言することも含まれます・・・

 上記の資料においても、油そそがれた残りの者と大群衆が「ハルマゲドン生存者」となることがはっきりと述べられていることに気付きます。さらにはこの記事では、生き残るためにはどうするべきかも説明されています。
 それは、エホバの言葉を学び、生活に当てはめ、バプテスマを受けること、さらには証言(伝道)活動を行なうことが条件となっているということです。エホバの証人の組織の一員とならない限りこの条件に当てはまる生活は送ることなどできやしないでしょう。つまり、ここでも「エホバの証人にならない限りハルマゲドンの生存者になることはできない」ということが、間接的に表現されているわけです。
 さて、最近のものみの塔の一つの記事でも目に止まった一文がありましたのでここで取り上げたいと思います。

■ものみの塔2001年2/15号P15「エホバの裁きは近い!」

・・・自分たちに対する裁きの執行を免れることはできません。偽りの宗教を信奉している今日の人々も免れることはできません。キリスト教世界の信者、またエホバの崇拝から背教した人々にもそのことが当てはまります。そうした人々は、今が「終わりの日」であることを認めず、心のうちで・・・

 これは、まもなく起ころうとしているエホバの裁きの日のことについて論じられたごく最近のものみの塔の一記事です。つまり、だれがハルマゲドンで裁かれる(滅びる)かということを考えるための記事だと思って良いでしょう。

 だれが裁かれると書かれていたでしょうか。「偽りの宗教を信奉している人」「キリスト教世界の信者」「エホバの崇拝から背教した人々」などです。エホバの証人は自分たちの宗教以外はすべて「偽りの宗教」と考えています。それは仏教も神道もイスラム教もどんな民族宗教も当てはまります。そして、エホバの証人以外のキリスト教すべてももちろん含まれます。たしかに今の世の中は「無宗教」の人も増えてはきましたが、ほとんどの人は何らかの宗教を持っています。つまりここでも、「エホバの証人組織に属していない人々は滅びを免れることはできない」ということを別の表現を用いて説明しているに過ぎないのです。

 では、「無宗教」の人は救われるのか、という疑問も生じることでしょう。しかし、エホバの言葉を学び、実践し、バプテスマを受け、エホバの名前を呼び求めない限り救われないのあれば、どうして「無宗教」の人が救われる余地があるというのでしょうか。どんなに都合よく解釈しても、エホバの証人以外の人が救われる可能性があるという結論には至りません。

 というわけで、幾つかの資料に加えてごく最近のものみの塔の記事も取り上げてみました。しかし、相変わらずエホバの証人の信じていることは十数年前、というよりも百年以上前からまったく変わっていないようです。

エホバの証人だけがハルマゲドンを生き残る

 ということです。そして、それを信じているべきであるということです。
 しかし、調べれば調べるほど巧妙な表現を多用していることに気付かされます。「エホバの証人だけが生き残る」という表現はほとんど見つからないからです。さがすことができるのは「大群衆が生き残る」「ハルマゲドンを通過する何百万という人々」「救われるためには偽りの宗教から出る必要がる」などなどです。遠まわしに表現はしていますが、結局は「エホバの証人でなければ救われないよ!」と言いたいのです。だれが、どんなに弁解しようとこれは事実です。この記事をご覧になった皆さんはそう受け止められたのではないでしょうか。

 現役エホバの証人の多くは「自分たちだけが救われるとは考えていないし、そのように宣べ伝えたりはしていない」と弁解することでしょう。しかし、その人たちは組織の方針や教理をよく分かっていないだけなのです。間違った解釈をしているのかもしれません。しかし、明らかに協会の出版物には「エホバの証人組織に属する人だけがハルマゲドンで生き残る」と書かれています。もう一度、教理を勉強し直す必要があるのではないでしょうか。

 「証人以外が滅びるとは宣べ伝えたりしない」と言う証人も、何が言いたいのかよく分かりません。だれでも、そんな独善的な音信を前面に出して布教活動など行なわないでしょう。それはどの宗教でも同じです。事実、エホバの証人たちは伝道活動において「自分たちが救われる」とはめったに語りません。しかし、語らないからそれを信じていないということにはなりません。明らかに出版物にはそう信じるべきであることが説明されていますし、そのように信じない人は組織の提案に従っていないことになります。実際、ほとんどのエホバの証人は「自分たちの組織にいる人々だけが救われる希望のある人」と信じています。というわけで、証人たちがたとえ言い訳しようともそれを鵜呑みにしてはなりません。

 これまで、あるサイトの情報やエホバの証人が独自に出版している雑誌の記事等を通して、「はたしてエホバの証人は本当に自分たちだけが救われると考えているのか」というとても興味ある点を検証してみました。その結果、より多くのことが理解できたと思います。そして、明確な答えも得ることもできました。最後にもう一度まとめてみましょう。

 エホバの証人は外部の人々に対しては自分たちだけが救われるとあまり語ろうとしないということ。その背景には出版物の中で間接的(遠まわし)表現が多用されていること。しかし、「エホバの証人だけがハルマゲドンで生き残る」という教理を有していることは間違いないということです。

 私はこの結論をあくまでも貫きます。それでも、異論があるという方はもう一度エホバの証人の出版物をくまなく調査なさってください。

※追記:判断力のない小さな子供や精神病の人、どうしても王国の良いたよりを聞くことのできない(エホバの証人の布教活動が及ばない)地域に住む人々などは裁きの日にどうなるかについては、エホバの証人は次のような解釈をしています。それは、「憐れみ深いエホバであれば、そのような人に愛ある措置を講じられるに違いない」というものです。もし、この解釈が事実であればエホバの証人は宣べ伝える活動などしないほうが良いのではないでしょか。何も知らない人が多いほど、救われる人も増えるのではないかと思うのですが・・・。音信を聞くことがなかった人のほうが、神の憐れみを受ける可能性があるからです。エホバの証人の戸別訪問を受けて、一度でも断った人は、それ以降エホバの証人になろうとしない限り「滅びる人」と判断されるのです。恐ろしいことです。


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