エッセイ
♪ちょっとライトに♪
双樹のパソコン史 全6回
第1回目 パソコン購入
この歳まで「自分」をやっていれば自分の得手不得手は大体見えてくる。
不得手は、乗り物(靴ひもを結ぶ為に下を向いただけで車酔い出来る)、地図、モノの形や人の顔を覚える事、運動一般。
得手の方は頭を絞らないと出て来ない。人の1.2倍〜人並みの努力をして人並みに及ばないモノを「不得手」と感じるクセに、「得手」とヒトサマに言うには、せめて通知票にして4か5でなくては言えないからだろう。
モノに対する思い入れだとか、好き嫌いの激しさだとか、そのテのパワーなら結構ある方だと思う。それに小食ながら胃の強さ。
・・・・・・後・・・ナンだろ? 情けないぞ、自分。機械に関する自信は結構あった。というか、機械に長時間飽きずに向き合えるから、最後には何とかモノに出来るだろうという自信があった。
そんな「自称 機械に自信アリ」の私がパソコンを買ったのは、
同人用にワープロを買おうと思った
→チラシを見た
→欲しいワープロと変わらない値段でマッキントッシュの特価品があった
→マッキントッシュを買った
→つもりだったが、家に届いたのは富士通の互換機だった
→「そういえば、マッキントッシュとかWINDOWSって何?」
→「ま、どーせ分かってなかったんだから、windowsでもいっか♪」
という、今から考えると鼻血が出そうな運びだ。それでも「こんなん触ってるウチにナンとでもなる。だって私はワープロを使えたんだもの☆」とレベルの違う自信を持ちながらも、パソコンと周辺機器の電源のON OFFの順序を理解したのは、1週間後くらいだったと思う(USB端子になる前は、周辺機器の電源を入れてから本体の電源を入れないと、周辺機器を認識してくれなかったの)。
当時は、会社でも学校でも、パソコンが普及してなかった。だからパソコンと言えば、小さい頃、株師のおじさんの所で触って大騒ぎになったり、買う1年程前に理工系の従兄弟の家で勝手に触って叱られた記憶しかない。私の中では「パソコン」というのは、SFの世界が原産地で「専門家だけが扱える、素人は触ってはいけないカッコイイ物!」だった。30万出して自分のパソコンを買って、これからは煮るも焼くもワタクシの気持ちひとつ と思うと、「お金ってイイなぁ」とハラの底から思ってしまった。あの時のワタシは、時代劇の悪徳商人の顔になっていたと思う(笑)
写真撮っときゃよかった。パソコンの画面に何が映っているのか、どこの階層に何があるのか(当時はこんな難しい言葉では考えてなかったが)、今パソコンが何をしてるのか、全てが分からなかった。ホントを言うとクリックの意味さえ分からなかった。
それから一太郎で手紙を書いたり、手紙に画像を貼り付けてカラープリンターでプリントしたり、やっとワープロ機能を使えるようになったのが1ヶ月後くらいのこと。
そして友人の紹介で、パソコン通信を始めた。インターネットとは違って、200人くらいのメンバー制の所だ。15回線(15人が同時に繋げる)で個人経営としては大規模な所だった。
CGというものに興味があったので、そこのネットの人の描いたCGをダウンロードした。必要に迫られれば解凍のDOSコマンドも何とかクリア。
調子づいて、CGを描いだりアイコンや起動画面を作ってみたり。それから、一日4時間程のチャット生活が始まった。
_______「1994年のチャットルーム」に続く