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国士無双
諸将易得耳。至如信者、国士無双。

since 2002/06/30


*「奇魂」第七号に引き続き第八号も執筆。先着二名まで、KALから贈呈。欲しい方はKALまでその旨メールしてください。同人誌の詳細は「奇魂」へ。
2004/10/15 コラム(仮)に、「「人は何故美しくなりたいのか」レポ」「「人は何故美しくなりたいのか」二次会編」をUP
2004/7/7   毒書録に「晴れた日は巨大仏を見に」をUP
2004/6/19 毒書録に「愛か美貌か」UP
2004/6/7   コラム(仮)に「マンガの猥褻性」「「世界にひとつだけの花」について」をUP。日々雑想からうつしただけですが。今更。


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日々雑想

2005/2/5

悲しいお知らせがございます。ケータイが水没しました。自宅のトイレでうっかり「ぼちゃーん」

「うわあああああぁぁぁぁ」という悲鳴が早いか、取り上げるのが早いかで救い出したのですが、落ちた瞬間からブクブクと容赦ない音を出して水となじんでいったケータイは、その2〜3秒間で瞬時に帰らぬ人となりました。丸一日乾かして動作させたものの、もう駄目。ボタン効きません。

幸い、というかなんと言うか、今のケータイの前に使ってたケータイを持ってたので、今のケータイに代えるまでのデータは生き残っているのですが、当然その後のデータは死亡なわけで、ここ一年ぐらいの知り合いは全消去である。アーメン。電話番号とメアドは変わらずに新ケータイへ移行できたから、向こうからは連絡取れるかも知れんが、こちとら電話出るまで相手がわかんないから戦々恐々である。

それでも近くにいる人はまだいい。俺が聞き直せばいいだけだから。地元にいる友達で、ここ一年の間に「メアド変えたよー、携帯変えたよー」なんて連絡よこしてくれた人は、ホントーに偶然に出会いでもしなければ連絡取れないわけで、困ったものである。


というわけで、ケータイを買いに行った。僕はどちらかと言えば説明とか聞く方なので、電話安売り店ではなく、ボーダフォンショップにいつも行く。

「水没しまして・・・」と、言うと、今すぐにお渡しできる機種がこれしかないんですよ、と、これを提示された。

何だこれは。今持ってた(水没した)奴より新しい事は間違いないが、一シーズン前の機種ではないか?ヴォーダフォンなら今うわさの3Gケータイとやらがほしーなーとか思っていたのに、選択の余地なく売れ残りとは。

聞く所によると「今(2/1)がちょうど在庫が最悪な時なんですよ。月によって在庫が整っている時期ってのはまちまちですけど、大体毎月10日前後ならそろってる感じですね」だそうな。なるほど、最悪な時期に俺は買い物しようとしてるわけか。なかなかついてないぞ。ていうか今度買い換えるなら10日だな。


2005/1/15

あけましておめでとうとか言った方がいいのかな。今更ながら。

ほったらかしにしないで見守っていただいてる方々のために、生き続けようと思います。

ところで。いきなり去年の話しで申し訳ないんですが、秋ぐらいに、茨城県土浦市の霞ヶ浦総合公園というところに行ったんですよ。そこは、霞ヶ浦の景色を一望できたり、緑豊かでとても景観が美しかったりするんですが、ついでにこんなものがあったりします。

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ゲスト:母

見ての通り、風車です。土浦市曰くこの公園のシンボル的存在で、どうもこの風車が回ることにより、霞ヶ浦の水をちょっとづつ浄化するシステムらしいんです。僕もそれなりに感心して、霞ヶ浦の水は汚いってよく言われるからなあとか思いながら説明書き読んでたんですが。と、そこに信じられない記述が。

「動力は電気」

あまりに普通にさらっと書かれているので、うっかり読み飛ばすところだった。電気を起こすんじゃないのか、と、もう一度読み直してみたのだが、やっぱり「動力は電気」だ。家帰ってもう一回確かめてみたのだが、霞ヶ浦総合公園の風車の紹介のページにもしっかり「動力は電気」と書かれている。

間違ってる。間違ってる。絶対間違ってる。そんなの風車じゃねえよっ!! 電車だ!! 

いくらシンボルったってやりすぎだよっ!!

記述に対して大いに突っ込みを入れて帰ってきたのだった。


でも、この風車以外は結構いい公園なんだよなあ。

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この通り、景色は結構綺麗だし、圧巻はこれ。

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一見すると何だかよくわからないんですが、実はこれ、一つ一つが鉄琴の鍵盤で、

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左から順番にリズムどおりに叩いていくと、童謡「赤とんぼ」になるように調律されているのだ。

これはむちゃくちゃいい。なんつーか、うまいことやったなあと思う。ほんと、あの風車さえなければ・・・。


煙が目にしみる 2004/12/20

最近、タバコを飲み始めた。止めたのではない、始めたのだ。別にかっこつけようってんではない。もう24だし。止めた方がかっこいいくらいの年齢である。そもそも肺があんまり強くなくて、そんなにうまいとも思わなかったし金も掛かるしで今まで飲まなかった訳だが、よくよく考えると周りがみんなタバコ飲むし、恐ろしく副流煙だらけの職場なので、今更健康もクソもない。それに多少ストレスとか気の持ちようの変化とかもあったのだ。

あんまり勧められる事ではないとは言え、こういう新しい事を始めると今まで見えなかったものが見えてくる。単純にここは喫煙可能な場所かどうかとか、今まで気にも留めなかった路上喫煙禁止のマークや灰皿とかが景色から浮かび上がってきたりとか。あるいはタバコ飲みながら何か作業するのもそれなりの熟練が必要だと気付いたり、火を点けるだけでも上手い下手がある事を学んだり。それと、タバコって燃える時、音がするんだね。ジジ、ジジって小さな音だけど心地よく響く。よくよく考えれば当たり前なんだけど、タバコに効果音があるなんざ思わなかった。

何事もやって見なきゃわかんないことってある。なんかやってみることで、今まで繰り返しだった日常が、切ないほどリアルに動き出す。同じ道、同じ場所でも見えるものが違ってくる。同じ時、同じ行為でも感じる事が違ってくる。毎日めぐり合ってた同じ場面でも選択肢がひとつ増える。全体から見れば小さな行為でもそれが入った事で新鮮に感じる事がある。

まだ、同僚から「ぎこちない」だの「似合わない」だの言われるけどね。自分じゃ結構サマになってるつもりで飲んでるんだけど。どうやら周りにも小さな感動を与えているらしい。


2004/11/12

僕がこの「国士無双」を始めた頃、こういうスタイルで日記だとかネタだとか意見だとかを趣味レベルで書いていく「テキストサイト」ってのが全盛で、そういうブームに乗っかる形で僕もサイト始めたんだけども、サイト続けながら他サイトとの交流なんかをして感じたのが、やたらと同年代の人間が多いということだった。社会人や高校生もいることはいたが、大概が大学生であり、そのあまりの偏りに「何かもの思う事が一番多くて、発表したい年頃なのだろうか」などと十代最終盤から二十代前半の年頃を自分勝手に総括したものだった。

しかし社会人生活も1年半以上が経過し、それなりに会社というものに縛られる生活に対応していくと、おのずとその偏りの理由が理解できるようになった。社会人というのは忙しいのだ。しかも疲れる。学生の頃は生活の何もかもが自分主体の取捨選択で、曲がりなりにも自分のやりたい事だけできた。休もうと思えば休めたし、エネルギーの発散に困ったら、時間の制約がないからやることに事欠かない。サイト運営なんかもその中のひとつだろう。しかし社会人ともなるとそうも行かない。会社で行われる事は全て「業務」、即ち義務行為であって、それをやらなければ極端な話、給料はもらえない。しかもただやればいいってもんじゃない。品質、つまり責任を問われる。僕のように二年目以降になると後輩以下の仕事内容にもケツを持たねばならないのでよっぽど激務となる。なので家に帰ってもサイト更新する余裕なんか存在せず、ましてやものを考えることすら嫌になり、結果として社会人のテキストサイト運営者は少なくなるのである。

社会人になると忙しくて疲れる。そんな当たり前の事が実際になってみるまでわからなかった。侍魂の更新が滞った時はがっかりしたものだが、知り合いのサイトの更新が滞ったり閉鎖したりするのを見ても、今では親近感をおぼえるようになった。ああ大変なのね、そっちの実生活も、というのがネットワークの向こう側からひたひたと感じられるのである。

僕自身も、だいぶ時間無い上に疲れちゃってる人の中の一人である。仕事前は毎日憂鬱になり、それでも一応仕事中は無理矢理アドレナリン出して何とかこなすのだが、仕事が終了するともうその日は考える気力がうせる。強引に考えすぎると何らかの創作行為にふけるという事ができなくなる。結果更新できない。休みの日は休みの日で仕事の疲れをとるということに終始し、車を買ってからは例えば何らかの土地に旅に出ることなども最近は増えたのだが、それでも一日二日の休日は復旧にしかならず復興はできない。結果的にネタはあるのに更新する気力or時間がないという状態で、また次の出勤を迎えるのである。全くもってサラリーマンの「街の声」のようないい加減な意見なんかを馬鹿にできないのである。

というわけで、今後、月一回くらいを更新の目安にして行こうかと思う。多分自分の気力・体力と折衝して更新できるのはこのくらいがいい塩梅だと思う。もともと無かった枷を外すような気分だが、ちょっとでも僕の中に余裕が生まれるなら、今よりもっとマトモな事が言えるのでは無いだろうか。


2004/10/16

「続く」とか言ってひと月もほったらかしてすんまそん。急に忙しくなったのだよ。風邪ひいたり、会社で試験があったり、車上荒らし未遂に遭ったり、休日減らされたり、こんなこと普通ひと月で起きないよってくらいバタバタしてたら、サイトトップで小旅行話のうのうと続けるにはあまりにも違和感のあるブランクができてしまいました。ほっとくのもなんなので、近日中にコラムにまとめて一気に出します。全部で五、六章くらいあるのよ、これ。


時間が欲しい。ただ時間が欲しい。別に何かをするわけではないのだが、何もしない時間がほしい。


転勤が近そうな予感。う〜ん、よろしくないぞ。


2004/9/16

小旅行に出る。その二。いきなり寝坊。

友人Kの現住所は下赤塚で、五月に一度だけ行った事がある。僕はその家の近くまで車で行くつもりだったが、「いいよ、KALの来易い所で。僕も電車で知らないところ行きたいし」って、よほど遠くに行きたいんですか、という感じだったので、和光市駅で待ち合わせに決定。ここなら東京外環と東武東上線が交差して都合がいい。

当日朝9時ということだったのだが、友人kから「電車の都合で遅れる」と9時ごろにメールが届いたとき、僕はなぜか家にいた。つーか、メールで起きた。うおおおぉっぉぉ、寝坊ではないか。急いで謝辞を送ると「KALらしいなあ」と友人Kは大いにあきれ、そのまま東武東上線埼玉旅情編を満喫していた。僕が10:30に和光についた時、彼はなぜか上り線から現れ、「いやあ埼玉って意外と田舎だねえ」と、すっかりお気に召したご様子で、どうも本当に日常から離れたかった模様である。

続く。


2004/9/12

小旅行に出る。その一。脱力のシンパシー。

地元から東京に出てきて就職した高校時代の友人K氏が、俺のケータイにメールをしてきた。

「今の仕事がひと段落して休みが取れるから、カルの車でドライブ行こうぜ。」

実のところ車を買ってから当てのないたびを何度かくり返しては来たのだが(サイトには載せてないが、実は高崎白衣観音にも行っている)、その全てが一人旅であった。思いつきで旅に出ること、そして結果的に行き先がいつも緩い微妙スポットであることを考えると、それも仕方がないのだろうと思っていた。しかし別に好きで一人でいるわけでは無いわけで、誰か気の置けない奴と旅をできるならそれはそれで楽しい。そういうわけで、僕は友人Kの誘いを快諾することにした。

ただひとつ気がかりなのは行き先だ。僕はもう、圧倒的に微妙スポットに行きたいのだが、その意向を押し通して旅中の関係まで微妙にしたくは無い。そうなってしまうと本末転倒である。ところがK氏にそれを問い合わせると、

「特に行きたいところもないから、カルの行きたいところでいいよ。微妙スポット?なるほど面白そうやねえ。」

などと、すばらしい事を仰る。さすが僕の高校時代からの友人である。社会人同士の表面上の付き合いとはシンパシーの感じ方が違う。こうして、僕と友人Kとの脱力サファリが決まった。

つづく。