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遥 な 修 行




2005/02/07
パソコンボランティア指導者養成講習会in大阪

2/3〜2/6にかけて養成講習会に参加してきました。
研修自体は4〜6でした。
さすがに大阪でしたので前泊でした。
朝9:00〜夕方17:00まで・・・みっちり・・・

かなりハードな研修でした。
研修内容は下記にUPです。

パソコンボランティア指導者養成研修会


2004/04/29
措置制度→支援費制度

現在の障害者福祉サービスの多くは、障害のある方がサービスを利用する場合、サービスの内容だけでなく、利用する施設の場所なども行政が決定をする「措置制度」となっていました。
しかし、このたび、関係諸法の改正が行われ、平成15年4月から、障害のある方が自分らしく暮らしていけるよう、自分に合ったサービスを自ら選択することが尊重され、そのサービス利用に係る費用を町が助成する「支援費制度」に変わることになりました。

サービスの利用方法

平成15年度から始まる支援費制度では自己決定を尊重するために、支援費の支給を希望する利用者が申請を町に行います。
町は介護の状況などを勘案して支給決定し、受給者証を交付します。
利用者は、自治体の指定を受けた指定事業者・施設を選択し、利用契約を結びます。
利用者は、契約した指定事業者・施設から福祉サービスの提供を受けます。
利用者は、サービスを受けた後、利用者負担額を指定事業者・施設に支払います。
指定事業者・施設は、提供したサービスの支援費を町に請求し、町は支援費を支払います。


こちらはパンフレット用の難い言葉になってます。
つまりは今までは行政が業者を指定して行っていたものを、利用者が選べるということです。
様々な業者が競合しあうことになります。
そこではきっと利用費の値段もかかわってくると思われます。
こちらの業者はいくら、こちらの業者はいくらだけれどポイントカードがあるとか・・・
要約筆記も将来は会社組織の派遣社員みたくなって、、、
もしかしたら将来、”ただいまサービス期間につき要約筆記派遣費ディスカウント中”なんてことになるかも・・・





2004/04/26
手話と要約筆記

ここのところ手話通訳と要約筆記というところで、頭を抱えています。
聴覚障害者にとってなにがいちばんいいのか?それが一番重要な問題ではありますが・・・
同じ、聴覚障害者をサポートする手段としての手話と要約筆記であるにもかかわらず、手話通訳と要約筆記はあまりうまくいっていないのが現状です(これは、もしかしたら、私の居る地域だけなのかもしれませんが)
ある手話通訳者は、というか、(多分一部であって欲しいと願っているのですが)手話通訳があれば要約筆記はいらない的な考えを持っている人が居ることも事実でして・・・
二足の草鞋をはいた私としては、非常に悲しく、淋しい現実です。
手話を学んでいく中で感じたのは、聴覚障害者の置かれる立場、環境は、我々の社会と変わらず、常に変化しています。 
手話が禁じられていた時代から、今は、授業に手話が取り入れられています。多くの人の多くの努力で勝ち取った”手話”がそこにあります。
それは非常に喜ばしいことであり、社会に”手話”というものが認められたひとつだと思っています。
しかし、健聴者(聴覚に障害のない人のことをこうよびます)の世界でも、音、文字、映像などの情報収集、あるいは伝達手段があるように、聴覚障害者の世界にも同じものがあるのが普通だと思っています。
音が手話なら文字は要約筆記ということになるのでは・・・
これはあくまで私的な意見で・・・
そうあって欲しいという願いもこめて・・・

二足の草鞋を履いたからこそ見えてきた世界もあったりします。
何が一番で、何が二番かではなく、あれと、これと、それと、その中から必要とするもの、一番適しているものを選べるということが大切なのではないかな・・・
あることから、そんなことを考えさせられた二日間でした。
今、もう一度手話の勉強を始めたいと思っています。

うー!!!まとまってないかも・・・
ここ二日でかなり煮詰まっていましたから・・・
これも修行ですかね〜!

2004/03/28
愚痴かな・・・

以前 手話通訳をあきらめたと書きましたが、簡単にあきらめたわけではありません。身を切るような思いであきらめました。
手話はセンスだと書きましたが、実際試験を受けて、落ちた理由は技術(センス)が問題ではなかったとも書いたと想います。
講習会はその時、3度目の参加でした。教本も同じでしたから、全部といっていいくらい頭に入っていました。
始めて受講される方と一緒に、3度目の私が講習を受けていたのです。私としては「できるのが当たり前」ということで、始めての受講者の邪魔にならないようにしようと想っていたわけですが。
それが「積極性がない」という評価につながったようです。
しかもその当時かなり仕事が忙しくて、まあ、いいわけですが、講習会に遅刻することも多かったかもしれません。 
それでも休むよりはと出席していましたが、それも不真面目という評価につながったようです。
はっきりいって悔しい思いでした。
前回書きましたが、「合格者」は私よりも技術的には劣る人です(これは合格した本人もわかっていることなので、あえて書きました)
その人が手話通訳として仕事をしていくと思うと、「私はなぜ!!!」と叫びたくなります。
実際には叫びませんが、悔しい気持ちは押さえようもないところまできているのかもしれません。
7年ですからね〜!そんなに簡単に諦められませんよね〜!
ちょっとだけ愚痴です。
今は要約筆記をライフワークとしていこうと思っていますが、ときどき、ふっとそんな思いがよぎったりします。
本日の要約筆記はいままでになく快調だったかもしれません。
講演者が手話通訳の資格をもっている方なので、要約筆記者への配慮のあるしゃべり方をしていただきました。
手話通訳でありながら要約筆記に対して、非常に高い評価をしてくださっています。要職にあるかたなので、非常に心強いです。
新しいパソコンのことは「日々」に書いたように、事前準備の連絡が欲しかったです!
次こそは使いますからね〜!

2004/03/19
「守秘義務」
これは手話でも、要約筆記でもかなり需要な部分です。
手話も言語通訳ですし、要約筆記も通訳ではありませんが、かなり個人的な部分に立ち入ることが多いです。
さきほど”日々”で叫んできましたが、「守秘義務」のとらえ方はかなり微妙な部分があります。
聴覚障害者とかかわって「守秘義務」というてんで一番驚いたのが、
結婚式に招待されて、数日後「先日はいい結婚式でしたね」とか「先日はごちそうさまでした」とか人中では言ってはいけないということです。(これはもしかしたら、私の地域だけのことかもしれませんが)
それが守秘義務違反になる理由というのが、結婚式に招待しない人が聞いたら困るからというものでした。 
これは私にとってかなりびっくりした部分でした。
多分、普通の友人としてだけならそうは言われなかったと思いますが、手話通訳者になる勉強をしていたときでしたので。
聴覚障害者には独自の文化があると教えられました。 同じ日本人ではありますが、ある意味違った文化を背負っています。(背負ったという言い方は適していないかもしれませんが)
例えば、「人を指差してはいけない」と子供の頃から教えられましたが、手話では人を指差すのが「あなた」なのです。「あの人」もその人をさします。「彼」もその人を指差して示します。
肩をたたく。へたするとセクハラ!!!と間違えられそうですが、聴覚障害者のせかいでは、人を呼ぶ時には当たり前の行為です。
この行為、実は慣れるまで結構大変でした。
慣れていないので、最初は突然肩を後ろからたたかれて、かなりびっくりしました。自分が相手を呼ぶ時も「肩たたき」するのですが、最初はかなり抵抗がありました。今は当然のこととして行うことができますが。
そんなこんなでかなり聴覚障害者と共に歩んできたつもりの私です。それが・・・
「守秘義務」に関してはそれぞれの見解があるので非常に難しいところではあります。
手話通訳からは足は洗いましたが、要約筆記のせかいでもやはりこの問題は続くのだとしみじみ感じました。
要約筆記で入力した文字は保存されます。
また、ノートテイクした紙も残ります。
それを欲しい人に渡していいのか?!
これも非常に大きな問題のひとつです。

知り合いからメールをいただきました。
写真をH.PにUPしてほしいということです。(ここではありません)
私としては顔がはっきりわかる写真は、できればUPしたくないのです。その話から「守秘義務」に関する見解の相違が見えてしまって。メールの返事をかけばケンカになりそうなので、ちょっと困ってます。もう少し落ち着いたら話し合ってみようとは思っていますが。

先日、手話通訳の認定試験がありまして、友人2人から「合格」と「不合格」のメールをもらいました。朝「不合格」のメールで、夜「合格」のメールでした。
「残念でしたね、また来年頑張ってね!」から「おめでとう!!!」の1日でした。

2004/03/16
修行なんてたいそうなタイトルですが、
本人のライフワークとして考えているのが要約筆記です。
要約筆記って何という方も多いのではないかと思いますので、ちょこっと説明を。
聴覚に障害をお持ちの方をお手伝いするものです。
講演会や、大学の授業、イベント、旅行などなど、聞くことに不便を感じている方のために、言葉を文字にしてお手伝いするというものです。平たくいうと字幕をつけるみたいな感じですか。 
聴覚に障害を持つ方と接するきっかけは、あるテレビドラマでした。超有名な「愛しているといってくれ!」です。
豊川さんの大ファン私は、彼の手話を字幕なしで理解したい!!!と手話の勉強を始めました。一応、手話通訳を目指していましたが、 手話にはセンスというものが必要でして、5年頑張りましたが、ダメでした。最後の試験では技術は合格だといわれたので、まあ、ここまでということで通訳の修行からは足を洗いました。
もちろん、コミュニケーションの手段としての手話の勉強は続けていこうと思っています。
で、なぜ要約筆記かというと、以前の要約筆記は「手書き」でしたが、私が最後の手話通訳の試験のための講習会を受ける年に、パソコン要約筆記の講習会がはじまりました。
独自にブラインドタッチの勉強と、パソコンが好きだということで、こちらの講習会も受けることにしました。
どちらも聴覚に障害を持つ方のための物であることにかわりはありませんし、はっきり言うとボランティアではありません。
派遣という形できちんと報酬をいただきます。そのためには日夜修行(?)という意味でタイトルを「修行」としたわけです。
講演会などで、講演者がしゃべっていることをその場で入力してスクリーンに映します。
手話を字幕無しで読み取りたいと思った私が、字幕を作る方にまわってしまったわけです。
手話や要約筆記について、現場であった辛いこと、嬉しいこと、そんなことを書いていきたいと思ってます。
パソコン要約筆記の様子が”アトリエ”にUPしてあります。よかったらのぞいてみてください。