寄生獣

はすぴーは中学時代と大学時代にはよくマンガを読んだけど、社会人になってからは

ほとんど読むことはなくなった。(本当は読みたいのだけど、暇と金がないだけでして)

そんな中でも特にお薦めしたいのが、「寄生獣(岩明均著 講談社刊)」という作品だ。

はすぴーと「寄生獣」との出会いは近所の床屋であった。混んでいて順番待ちをしている

時に何気なくこのマンガを手にとったのだが、ぐいぐいと引き込まれていくストーリー展開で

全10巻あるうち3巻目まで読んだところで、自分の順番がまわってきてガッカリした。

このマンガの続きが読みたくて、まだ髪の毛が短い2週間後、しかも店が混んでいそうな

時間を見計らって床屋にいったくらいのお薦め作品だ。(笑)

捕食シーンや人間ミンチ事件はちょっとグロい感じであったり、物語もドロドロした部分も

あるのだが、環境問題、哲学、心理学的なことに思いをはせてしまうような漫画だと思う。

ぜひとも床屋で順番待ちの際には、「寄生獣」を読もう。。。(どこの床屋だちゅうの?)

 

【あらすじ】

ある夜、宇宙からパラサイトという小さな寄生生物が降ってきた。その寄生生物は人間の

脳を乗っ取って肉体を操り、他の人間を主食とするのだ。

平凡な高校生活を送る泉新一(主人公)にも1匹が寄生しようとしたが、新一を襲った

そいつは脳を奪うことに失敗し、不本意ながら右腕に寄生することとなった。

 

新一は周囲の人間に真実を打ち明けることもできずに悩んでいたが、やがて新一と

寄生生物は友情に近いものを感じるようになり、右手の生物を「ミギー」と名付け、

自身の平穏な生活のために、ミギーを人間社会に馴染ませて共存していこうと努力する。

しかし、新一・ミギーの前に他の寄生生物が現れ始め、次々と攻撃を仕掛けてくる。

新一は愛する母親や恋人をパラサイトに殺され、苦悩しながらもミギーと協力しあい

敵に戦いを挑む。

寄生生物であるミギーは、宿主である新一が死ねば自分も生きてはいけない。

だから戦うのであって「人間を殺す奴らをこのまま放ってけない」と悩む新一の気持ちを

理解することができない。逆に「私の仲間はただ食っているだけ。生物なら当然の行為

じゃないか」と冷たく突き放す。

従来のマンガの多くは「人間を襲う者=悪」であり、善悪の区別がはっきりしていたが、

この「寄生獣」においては、善と悪との境目が曖昧になっている。

しかも人間を食うほどの攻撃力を持った「寄生獣」は実はある意味ではか弱い存在で、

人間が死んでしまえば、自分たちも死に絶えてしまうのだ。

ひとつの身体に5つの生物が寄生し、「寄生獣」の中でも最も優れた戦闘力を持つ「後藤」

という相手が登場する。こいつはとてつもなく、強いのだが、最後は人間が捨てた

ゴミ山の毒にあっけなく倒れてしまう。

瀕死の重傷を負いながらも生きようともがく後藤を見て、新一は動揺する。

「人間に害があるからといってその生物に生きる権利はないのか?」

新一は迷い、一度はそのまま立ち去りかけるが、途中で振り返る。

もしまた後藤が復活すれば、また新たな犠牲者がでるだけだ。そう考えた新一は

逃げることをやめ、自分と家族と恋人を守るために決着をつける。

 

はたして「寄生生物は何のために生まれてきたのだろうか」。このセリフは作品の

中で登場人物が幾度も口にする。強いが一方ではか弱い寄生生物は見方によれば

人間と非常に似ている。我々も地球に寄生して生きているようなものだ。

地球を滅ぼす強大な力を持っているが、地球が存在しなければ、我々は生きては

いけないのだ。そのことを「寄生獣」というマンガは教えてくれたような気がする。

人間の敵である寄生生物もまた、この地球の同居人なのである。

「あいつらは敵だったけど、広い意味では仲間なんだよなぁ、、、」と新一は結論している。

お互いに助け合ったり、時には食糧にしたりして、この地球は成り立っているということだ。

誰が偉いとかどれが正しいとか、すべてが善悪にはっきりと区切られているわけではない。

物語の最後で、生き残った寄生生物たちが人間との共存を模索しはじめた。

私たち人間も、この地球との共存をもっと真剣に考える時にきているのではなかろうか。

 

 寄生獣 全10巻(講談社 アフタヌーンKC)

  雑誌アフタヌーンに1990〜1995年頃連載

         

 


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