「魔法の朝食」

 結婚五年目ぐらいだったろうか。ゴールデンウィークに東北の温泉を巡った。
 宮城県鳴子温泉の鄙びた共同浴場で、のんびりと朝湯につかるのは至福のひとときだったし、二日目に訪れたランプの宿と言われる青森の青荷温泉は、ほの暗い灯りが湯気を照らし何とも言えない風情があった。翌日は田沢湖に近い温泉ホテル。広い湯船と大きな窓でゆったりとくつろげる。
 そんなのんびりとした旅だったが、翌朝急に体調が悪くなった。まったく食欲が無い。連日の移動の疲れか、温泉三昧に湯あたりしたのだろうか。
 「大丈夫? 食欲無いなんて相当悪いんじゃない?」。妻がフロントで薬をもらってくると言う。「しばらく寝てれば治ると思うよ。悪いけど、ひとりで食べてきてよ」。
 食事に向かった妻は案外早く帰ってきた。急いで朝食をとってきたのだろう。ひとりの朝食は味気ないに違いない。その後すぐ、仲居さんが薬とお粥の器を持ってきた。妻が頼んでくれたのだ。妻が茶碗に少しだけよそい、心配そうに見ている。お粥でさえ喉を通りそうになかったが、無理にひと口流し込んだ。
 お粥は魔法の力を持っている。胃につかえていたものがすっと流れていき、食欲が次第に戻っていく。小さい頃、風邪をひいたときに母が作ってくれた白粥は、どんな薬より良く効いたものだ。そんなことを思い出す。
 宿に礼を述べて発つころには、体調も戻り、心配をかけたのが嘘のようだ。「昼は稲庭うどんを食べようか?」。妻はあきれたような顔をして、ぷいと横を向いてしまった。

by mmatsu


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