
一人暮しを始めた頃は貧乏で、実家から持ってきたボロボロのベッドと布団一組のみで生活していました。築20年以上は経っているだろう木造の長屋で、部屋は4畳半。電気と水道だけでガスは通っていませんでした。もちろん風呂はなく、トイレは共同。昭和初期が時代設定の映画を撮るのにぴったりの環境です。なんと家賃は1万3千円。
ある日、NHKの集金人が来ました。集金人である初老の男性はまず私に「テレビはお持ちですか?」と聞いてきたのです。テレビを持っていない私はためらいもなく「持っていません」と言いました。すると集金人は訝しげに「そうですか。お邪魔しました。」と言いながらドアを閉めました。「本当にないのか?」との疑いをありありと顔に浮かべながら、最後まで部屋の中にテレビがないのか覗き込みながら。この一件で少しNHKへの心象が悪くなりました。
そして一年後、またもや集金人は来ました。しかしその頃には私もテレビを持っていました。友人がテレビを買い換え、古いテレビを1000円で譲ってくれたからです。テレビを持っている以上は払わなければ、と思った私は乏しい財布の中から(月給9万円弱だったのよ)素直に受信料を支払いました。これが恐ろしい結果をもたらすとは知らずに。
次の日、友人にNHKの受信料を払った話をすると、「よーそんなん払うなぁ」とあきれ顔でした。貧乏な上に、私がテレビを持っているのはビデオを見るためだけであって、放送は見ないことをよく知っているからです。放送を全く見ない私はアンテナすらつけていませんでした。つまり、物理的に見ることすらできないのです。それでも私は受信料を払ったんです。
その後、集金人は来ませんでした。いや、来てはいたようですが私自身、平日は学校に行っているし、仕事は休みがなく毎日だったので、集金人と会う機会がなかったのです。いえ、会う機会がなかったわけではありません。夜や日曜日の昼間ならちゃんと自宅にいました。しかしそういう時間帯には集金人は来なかったのです。
その後、郵便ポストに入っていた手紙を見てびっくりしました。NHK受信料の滞納を通知する内容でした。しかも滞納額は1万円を超えています。これは私に「餓死しろ」と言うに等しい額です。
当然支払えないので、無視していました。さらにこちらの都合を聞いて、その時刻に来たり、電話で問い合わせてくるような集金の努力もせず、いきなり滞納だから払え、という態度にはかなり腹が立ちました。その後も何度か督促の手紙が来ていましたが、どうせ払えないので無視し続けました。
半年ほど経った頃に、私は少しずつ貯めたお金でテレビを買い換えました。売ってもらったテレビはすでに古くて画面がにじんで映るようになってしまったからです。字幕の文字などはダブって映るので読みにくくて、字幕スーパーの洋画を見るには辛すぎたからです。買ったのは、小さな17インチのカラーテレビでした。しかしテレビを買い換えてもアンテナはつなぎませんでした。すでにテレビを見る習慣は無くなっていましたし、仕事と学校で見る時間などなかったからです。
そしてNHKの集金人はやって来ました。私はこの日をどれほど心待ちにしていたことか。ふふふ。
「あのー、もう1年以上滞納になってるんですけど〜。1ヶ月分だけでも払ってもらえませんか〜?」
「そんなこと言われても、今まで全然集金に来なかったじゃないですか。そんなお金、ありませんよ。それにテレビはビデオを見るためにあるだけで、放送は見てません。」
「いや〜そんなこと言われても、いつ来ても留守だったもんで...」
「いつ来たんですか?一人暮らしなんですから、平日の昼間なんかは絶対にいませんよ。それくらいわかりませんか?」
「そう言われても私、そういう時間しか来れないもんで...」
「そんなのそっちの都合でしょ。夜に来るとか、来たときにメモを置いていくとか、電話してくるとか、できることはいろいろあるでしょうに。」
「あ〜いえ〜今度からはそういう風にしますんで、とりあえず1ヶ月分だけでも払ってもらえませんねぇ〜ぇ」
「今、財布に千円もありません。」(これはホント。悲しかったね)
「じゃぁ〜また来ますから、それまでにお金、用意しておいてください。」(これまたホント。悲しすぎる。)
「ありませんよ。」
「いや、ある分だけでいいですから。」
ここです。もうこのタイミングが最高です。
「そんな金払うくらいやったら、テレビなんか要らんわぁっ!」
もういらなくなった古いテレビをおもむろに持ち上げ、玄関にいる集金人の目の前に叩きつけました。ブラウン管が激しく砕け散り、粉々です。
「す、すいません。失礼しました〜〜ぁ」
集金人は慌ててドアを閉め、退散しました。
実はテレビを買い換えた時、もう要らなくなったテレビが何かに使えないかと考えて、思いついた計画でした。集金人の慌てぶりは、この計画の成功を確信させてくれました。大成功です。
しかし誤算が一つだけ。テレビのブラウン管って、壊れるとすごく細かい破片になって粉々になるんですね。その後の掃除の大変だったこと....掃除機をかけてもなかなか吸い込まれない上に、畳の目の中に入り込んでなかなか取れないんです。後で足の裏がチクチクしました。
その後、NHKの集金人は二度と来ませんでした。それ以来、NHKの受信料は払ったことがありません。どうも馬鹿馬鹿しく思えて。誰か私にNHKの受信料の正しい意味を教えてもらえませんか?納得できれば、これからは払おうかなとは思っているのですが。
それでも今の受信料のシステムは努力が足りないと思う。今のご時世、人の理解と善意を基本にして成り立たせようなんて、民間だったら即倒産だぞ。