文字通り、『チャンバラ−ズ・バイブル』たる故・池波正太郎作品を庵主なりの勝手な解釈でご紹介していく床下です。超有名三大作品(鬼平・剣客・梅安)は既にもう先達の方々に語り尽くされていると思いますので、ここではさほどメジャーではない短編や、ちょっとした佳作などを主として取り上げていきたいです。目指せ、1週間更新(無理だって)。

※下記のタイトルをクリックして下さい。

             

  『谷中・首ふり坂』  『秘密』  『雲ながれゆく』  『賊将』  『スパイ武士道』

            

                         

 『幕末遊撃隊』 『にっぽん怪盗伝』 『幕末新選組』  『抜討ち半九郎』  『熊田十兵衛の仇討ち』 『闇は知っている』 『殺しの掟』  『まんぞく まんぞく』 『炎の武士』 『夜明けの星』に関しては、上の『過去ログその壱』をクリックして下さい。



はじめに・・『イケナミスト宣言!』

 まず、『池波作品の魅力』というのは、一体どのあたりにあるとお考えですか?『料理・風俗の描写』とか、『登場人物の人情の機微』・・等々、色々な要素があろうかと思われますが、庵主はそれらを考察する前にまず『手軽さ』を挙げてもいいのじゃないかな?と思います。勿論、『手軽=軽佻浮薄・おざなり』という事では全くありません。

 例えば、吉川英治や山本周五郎あたりの作品だと、「やっぱり全集を書斎でゆったり楽しむに限りますねえ。文庫版でちまちま読むってのは、ちょっとねえ・・・」というファンの方もいらっしゃる様です。

 逆に、池波作品はと言うと、言い方が妥当かは判りませんが、そういったある種『読者に構えさせる部分』というのが余り無く、私なんかはむしろ大袈裟な叢書版よりはむしろ気軽にページを開ける文庫版の方が池波作品の場合はその面白さがより確かに体感出来そうな気さえしてしまいます(だからと言って吉川英治や山本周五郎の作品が良くない!と言っているのでは決して無いんですよ)。極端な言い方しちゃいますと、手持ち無沙汰な病院の待合室やぶらりと入った蕎麦屋のカウンター、すし詰めの満員電車の中など、場所を選ばずにどんなシチュエーションでも自分をその作品世界にのめり込ませてくれる・・、といったあたりが、池波作品の「なまなかのものでは無い」魅力なのではないかなあ?と愚考ながら庵主は思っています。

 現在、ここに目を留められている『イケナミスト』の皆さん。庵主の思い入れが空回りする余り、若干見当違いな感想に終始しているかも知れないこのコンテンツですが、お時間が許すのでしたらチラッと覗いていって下さいね。<m(__)m>




          今回の一冊『谷中・首ふり坂』-新潮文庫版-(’00.3.5 up)


 
今回ご紹介する『谷中・首ふり坂』、準中編とも言えるボリュームの作品から殆どショートショートに毛が生えた程度のコンパクトな小品まで、なかなかバラエティー溢れた取り合わせの11作品集です。

 まず、『尊徳雲がくれ』、それにこのイケ床においては『熊田十兵衛の仇討ち』の項でもご紹介した『舞台うらの男』、この2作品ですね。申すまでもなく二宮金次郎と大石内蔵助を取り上げたこの両作品、後世において殆ど神格化されたと言ってよいくらいの評価を得た両名ではございますが、そんな世評の色眼鏡も吹っ飛んでしまうくらいに人間臭く描かれております。校庭の花壇で薪を背負いながら本読んでる、NOVAのCMにでも出てきそうなあの人が、川崎の宿場でたらし込みの女に入れ揚げた挙句に懐のものごっそり盗られた!なんて誰も考えやしませんもんねえ(^o^)。池波正太郎にかかるとこの両名、すっかりその辺にいるスケベおやじにされてしまっております。そうした罰当たりな考えを読者に自然に抱かせてしまうあたりがまた『池波マジック』といったところでしょうか?で、『尊徳雲がくれ』のラストは、ちょっと儚い余韻を残しましたね。
 
 『看板』、これは『にっぽん怪盗伝』でもご紹介した『白浪看板』とイコールです。しかしこの作品は、いつ読んでもいいですね!この物語の主人公は『夜兎の角右衛門』でも『長谷川平蔵』でもない、あの幸薄い『女乞食』である!と庵主は断言してしまいましょう。

 『恥』、これは真田信幸の側近、原八郎五郎を討とうと同僚の児嶋右平次から持ち掛けられ、その主張には同意しながらも人間としての原をどうしても憎み切れず、遂に原派に回り右平次と刃を交わす事となる藩士・森万之助の物語。森の『自らが招いた行動への責任の取り方』がラストで輝いております。全く、警察庁や公安何とけのお偉方に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいでした。

 『へそ五郎騒動』、これまた真田騒動絡み。藩士の山崎小五郎はおとなしいだけが取り柄の『昼行灯』、それを上司の関口喜兵衛が揶揄したばかりに小五郎の怒りの導火線に火をつけてしまう事となります。しかしそれがもとで自分でも思わぬ様な『もうひとりの自分』への自覚が心の中に芽吹いてきた小五郎、この辺の皮肉な展開は池波文学の真骨頂ですね。しかしこの山崎小五郎、『闇は知っている』の主人公と同姓同名ながら、メンタリティ−が180度違うなあ・・・(^o^)。

 『夢中男』、金貸しであった父親の仇を討たんがために四苦八苦するドラ息子・林小十郎の物語。このお話、ストーリーもさる事ながら、因業で偏屈だとばかり考えていた自分の父親が、実は陰日向から自分を支えていてくれたのだという事実を父の友人・天栄和尚から小十郎が聞かされるシーンが非常に印象深い一篇です。ただの仇討ち話に留まらず、その中に紡がれたこれまた主人公の成長のプロセス・・、内容の濃さでは『へそ五郎騒動』同様、この短編集で1、2を争う作品ではないでしょうか?

 さて表題作『谷中・首ふり坂』、なかなかテンポ良く纏められたコミカルな雰囲気すら漂う一篇です。常軌を逸した奥方の仕打ちに疲れ果て、悪友と共に谷中・首ふり坂の私娼茶屋の門を潜った三浦源太郎。そこで出会った私娼の大女・おやすに身も心も入れ込んでしまい、それが遂に奥方にバレてしまったからさあ大変!すったもんだの挙句、三浦源太郎の体内に巣食っていたと思しき疫病神を件の悪友・金子辰之助が背負ってしまったか?という辺りを彷彿とさせるくだりが何とも溜飲の下がる思いです。ラスト近くでの源太郎と彼の兄・永嶋主馬との語らいは春風駘蕩としていて、まるでやわらかな日差しを浴びたかの様な思いにさせられてしまうムードがありました。『ほろりとさせて、笑わせて・・』まるで下町大衆演劇の様なこの物語、庵主はおヒネリ投げちゃいましょう(^o^)!
 
 その他、思いつめた女の怖さというものが、これまたラストの味わい深い描写のオブラートに見事に包まれてしまったとも言える『毒』、あくまで客観的に副都心(今や『都心』か)新宿の成立過程の歴史をトレースしている『内藤新宿、お馴染み仇討ちの虚しさを描く掌編『かたきうち』等がありますが、そんな中で異質な一作が『伊勢屋の黒助』。お話自体は何のヒネリも効いていない、ただ単なる『報恩譚』としか言い様の無い短編です。何でこんなお話、池波正太郎が書かなきゃなんないの?こんなもの、『○○の恩返し』的なお子様童話と何ら変わるところの無い、全くありふれた物語にしか過ぎないでしょうが!そう、その通りなのでありますが・・・、不覚にも庵主、この話を読んで思いっきり目頭が熱くなってしまいました。おかげでおねーちゃんには「パーマ液、眼に入っちゃいましたか?」なんて言われちゃうし(この『谷中・首ふり坂』、実は美容院で読んでたんですよ)。いろんなヒネった物語を読むのに慣れちゃって、逆にこうしたストレートな作品に対しては免疫が薄くなってきているのか、妙に涙腺を刺激してくれる一作でした。人の世の悲喜こもごもを描いた作品群の中にこんな物語を紛れ込ませるなんざ、卑怯なり!新潮文庫(何が・・?)。

 ともかく、全作品中ちゃんばらが殆ど出てこない(出てきたとしても極めて印象の薄い)この『谷中・首ふり坂』、『人情もの』にも非凡な筆致を見せる池波正太郎の一面を垣間見せてくれる珠玉の1冊と言えましょうね。

※庵主お薦め名台詞

「おのれがおのれにあたえた恥は、いまさら消えるものではございませぬ」(by 森万之助 from 『恥』)

「それよ。人はそれぞれ、自分(おのれ)にてもはかり知れぬ才能を心身にひそませておるものじゃ。これはのう、やって見ねばわからぬことでな。・・・おのれの隠れたる才能を見つけ出すことが最もむずかしいのよ」
「人の世というものは、煎じつめればな、何が善い、何が悪いと決められたものではない。女に迷うて一生を終るもよし、父のかたきを討つもよし」
(by 天栄和尚 from 『夢中男』)

※キーワード:『養子』(・・・えっ?)



                 今回の一冊『秘密』
-文春文庫版-(’00.4.14 up)


 
突然ですが、最近妙に文庫版の池波正太郎の著作近辺が慌しいですね。新潮文庫・文春文庫共『池波正太郎フェア』という事で、新潮文庫では『江戸の暗黒街』並びに『剣客商売読本』をリリース(『剣商読本』は庵主も購入致しました。「剣商マニア必携の1冊!」なんて大袈裟な事は申しませんが、そこそこ『読ませる』本でしたね・・・)、文春文庫は『鬼平犯科帳』の第1〜3巻の表紙装丁をリニューアルしちゃっております。改訂記念プレゼントも設けておりまして、A賞が『鬼平犯科帳劇場版ビデオ』、B賞が『江戸めぐりの旅ご招待』だそうな。どっちの賞もいいけれど、庵主は残念賞の『鬼平オリジナル巾着』てのが気になるなあ・・・(^_^;)。巾着に『火盗改』なんて染め抜いてあるのかしらん?女掏模のお富さんでも手が出せそうにありませんね、そりゃ。

 というワケで(どういうワケなんだか・・・)、今回は敵討ちの追っ手に追われて浮き世を過ごすお武家あがりのお医者さんである片桐宗春の物語、『秘密』であります。
 国許の篠山藩においてほんの些細な諍いから斬って捨てた相手が、運の悪い事に藩の家老のドラ息子である堀内貫蔵。その父親の威光に恐れをなした立ち合い人たちの姦計により、理不尽な濡れ衣を着せられたまま藩を逐電せざるを得なかったこの片桐宗春ですが、ある日曲者の襲撃を受けてしまいます。この曲者たちは果たして、仇を討ちに来た追っ手なものか、それとも他の相手に宗春が襲われなければならない理由があるものか・・・?この辺のくだりは主人公が坊主頭の医師姿なだけに、ほんの少し『梅安蟻地獄』での「人違いによる(ここ、ポイントですね)」小杉十五郎からの梅安の襲撃シーンがちょっと脳裏をよぎってしまいました。
 そうした敵討ちの影に怯えながらも、徐々に「討たれてもその時はその時だ・・」と開き直るに至る宗春。宗春自身も確かに魅力的なキャラクターではありますが、それ以上に彼を巡るまわりの人間達の描写がものすごく心に沁みるものがあります。
 まず、宗春の父・宗玄に師事し、宗春を『若先生』と呼んで陰となり日向となって彼を助ける町医者の滑川勝庵とその弟子の白石又市。彼らに申し訳の無い思いを宗春が吐露する度にやっきになる勝庵の描写が幾度となく出てまいります。何でか判りませんが、そんなシーンを目の当たりにする度に『友情』というやつの温かみを感じてしまいますね!
 あと、宗春の情婦で、遊女屋勤めの後に料理屋『大むら』の座敷女中となるおたみと、篠山藩時代の宗春の恋人で今は袋物屋『吉野屋』のお内儀であるお初という二人の女。3年間江戸を離れて舞い戻った宗春に対しても変わらぬ思慕の情を抱き続けるおたみと、宗春の想い人であった頃は太り肉の武家娘でしかなかったものの、宗春逐電の悲しい事件の後に大店のお内儀におさまってから、ちょっと剣呑な考えを抱くに至るお初。過去に無意味に拘る男と違い、その過去を自分が生きてゆくための肥やしとし続ける両者の『女としての生き方』のコントラストがこの物語に彩りを添えております。
 そして、そのお初の亭主である吉野屋清五郎。些細なきっかけから宗春にぞっこん惚れ込んでしまい、遂には彼に末期の水をとって貰う仲となるこの人物こそ、この物語で最重要のキーパーソンである気がしてなりません。彼がいなければ、前述した宗春のいい意味での『開き直り』が盤石となる事は無かったのではないか?・・そう考えるに足る存在感のキャラクターでした。
 その他にも料理屋『大むら』の主・平四郎や、そこの使用人である福松・・・。彼らの様な人情味溢れる人々に囲まれたればこそ、宗春は生き延びられたのかも知れません。
 そうこうしながら、宗春の未だ見ぬ腹違いの兄のお話や、『大むら』の病弱の娘・お歌をかどわかそうとする小悪人どもの動向を含めて、物語はクライマックスになだれ込んでいく運びとなります。
 この物語、『秘密』のタイトル通り、けっこう謎めいた部分も多い作品です。小悪党の親玉・伊助やその仲間の石井浪人らも、かどわかし事件の後は殆ど現われてきませんし、宗春の素性をタテに毒薬を彼にせがんだお初の目的は一体・・という部分も上手い具合にボカされております。思うにこれらのキャラクター達は、宗春の生き様が今までの様な逃避行中心のものからもっと能動的な性格を持つに至るまでの一種の『彩り』に過ぎなかったのかなあ?という感じもいたしました。
 ちゃんばらもそこそこ盛り込まれ、サスペンス調の描写もあれば人の世の機微といったものも塗されているこの『秘密』、主人公の宗春もそうですが、まず彼を取り巻く人間群像の心中を推し量って読み進むのもひとつの楽しみ方かな?と思わせる作品でした。

 ・・しかし、この5月3日で池波正太郎没後10年のアニバーサリーだったか・・・。月日の経つのは早いなあ・・・(-_-;)。

※庵主お薦め名台詞

「あの時の借りを、返して下さいまし・・・」(by.お初)

「こんなことって、あるのかしら・・・」(by.おたみ)
「こんなことがあるのか・・・、いや、あるのだなあ」(by.片桐宗春)


「惚れたはれただけが女の苦労ではございません。そうではございませんか?」(by.吉野屋清五郎)

※キーワード:『銀煙管』


          今回の一冊『雲ながれゆく』-文春文庫版-(’00.6.10 up)

 おっと!気づかないうちにこの『イケ床』、ひと月半も更新していないではありませんか!これはいけません(^O^)・・というワケで、今回取り上げるのは文春文庫の『雲ながれゆく』であります。

 このお話、滅法気の強い老舗菓子屋の後家さんであります『お歌』が主人公。冒頭からこのお歌、雨避けに入った小屋で一緒になった謎の浪人にいきなり手篭めにされてしまう!ってなショッキングな描写から幕を開ける事となります。無論、当初のうちはこの謎の浪人が憎たらしくてしょうが無く、その浪人の肌身の感触を忘れるべく何度も何度も湯殿で湯浴びして甥の幸太郎に不審がられていたこのお歌でしたが、ある日この浪人・馬杉源吾を見かけた際、三人もの無頼浪人を徒手で叩きのめした光景を目にしてから、その彼への『憎悪』がお歌の中で少しづつ変化していく事となります。そして亡夫が先代の店主であった老舗『笹屋』と、お歌に戻ってきて欲しい実家の料理屋『大村』の兄・平四郎との板ばさみに苦しむお歌。笹屋の現当主、福太郎がしっかりしていればお歌も晴れて実家に戻れるのですが、これがまた商売文句のひとつも言えない放蕩三昧の道楽者。売上低下に悩む古参の従業員に泣きつかれ、弱ってしまう彼女でした。あまつさえ顔見知りの越前藩江戸留守居役・関口理右衛門からもワケアリの浪人・三沢又太郎を匿ってくれる様に頼まれてしまい、どうにも『体が二つ欲しい』お歌でしたが、そんな多忙な中にも例の馬杉源吾の面影が彼女の中で日増しに大きくなっていく・・といった展開が前半の流れとなります。

 ここで前回紹介致しました『秘密』を申し訳ございませんが読み返してみて下さい。料理屋『大むら』で無頼にかどわかされようとして片桐宗春に助けられる引っ込み思案で病弱な『お歌』という娘がおりましたね?その『秘密』のなかの一節に、「後年、浅草・駒形の『笹屋』という菓子舗に嫁ぎ、夫が死んだ後は女手ひとつに商売を切りまわしたほどの女になったお歌だが、少女のころはいたって神経質であった」というくだりがあります。・・あのお歌ちゃんが、こんなになっちゃったんですね(^O^)!『超』が付くほどシャイな少女だった彼女が、十数年したら大番頭を叱り飛ばしたり、福太郎を張り倒したりしてしまうんですよ。確かに女性の変転ってのは、魔物に近いものがございますね(当然、兄の平四郎は父親の名前をそのまま継いで『二代目平四郎』を名乗っておるのであります)!
 しかし正直言いましてね、庵主はここまで読み進んで『時代劇版よろめきドラマかい!』なんて思ってしまいました。自分に乱暴した男を慕うなんて女、少なくとも庵主の周りには一人もいないぞ!とうとう池波文学も『ハーレクイン』と化してしまったか!・・と見当違いな感想を抱いてしまったのでありました。

 脇役チェックでありますが、その三沢又太郎を匿うのにひと役買ったお歌の幼馴染みの茶店の主・徳太郎。彼は『いいひと』です!幼馴染みという事で、お歌とは何事も喧嘩まじりのざっくばらん。たまには「おれに抱いてもらいてえのか?」なんて問題発言をぶちかまし、お歌と妻のお金に「バカ!」呼ばわりされる彼ですが、それでいてお歌の難しい頼みも見返り無しで快諾するきっぷの良さ。さらにそれを恩着せがましく語らないところが『いいひと指数』120%である所以かも知れません。この徳太郎もお歌の事を、少なからず好いていたのかも知れませんね。
 もう一人忘れちゃならないのが、後半重要なキーパーソンとなる医師・滑川勝庵。『乱暴な奴・いばった奴』が大嫌いなこの勝庵、これまた『秘密』でも顔出してましたね、片桐宗春の親友として。厳しいお歌を逆恨みし、ついには命まで奪おうとしたバカ当主・福太郎が手傷を負った際にそれを治療、改心までさせてしまいます。この勝庵にかからなければ、福太郎もずっとバカ当主のままであったであろうな。・・と、そう思わせるに足るキャラクターの気骨ある町医者でありました。

 で、福太郎一派の襲撃からお歌たちを救ったのがこれまた偶然にも馬杉源吾。この一件から、ふたりの仲は急速に接近して参ります。そこでお歌が考えました手が、親の敵を追っている三沢又太郎の助太刀にこの馬杉がひと役買ってくれまいか?という事でした。何しろ三沢のターゲットである中西郷右衛門、一筋縄で討ち取れる剣術使いじゃございません。明らかに分が悪い三沢又太郎への助太刀というお歌の身勝手とも思える願いに、沈黙の剣客・馬杉の返事は『OK』!それから馬杉と三沢との邂逅を経て、この一連の『敵討ち』は最終章へとなだれ込んでいく運びとなるのでありました・・・。

 『○太郎』という登場人物がやたらと多く、下手をすればキャラクターの整理が頭の中で混乱してしまいましたが、前半までの庵主の杞憂もどこへやら、最後はしっかり『池波節』でシメたこの『雲ながれゆく』、三沢の追う仇が中西じゃなく馬杉源吾であったなら、このお話の展開もちょっとは変わってきたのかな?と思います。三沢への使命感と、馬杉への思慕の情との間で揺れ動くお歌の心理・・、こういったところも見てみたかったな〜、と思っております。そうしたあたりがあれば、物語にももう少し別の意味での『深み』が醸し出されたかも知れません。ま、何れにしましてもこのお話、大団円のチャートである『天高く』に、作者の全ての思いが凝縮されている感じが致しますね。『天高く 雲ながれゆく 草雲雀』・・この最終章の雰囲気を駄句にしますとさながらそうした感じでしょうか(タイトルとチャート名とをただ並べただけじゃんか)?最後、己れの進むべき本当の『道』を悟ったと思しき登場人物たち。中でも物語の準主役でありながらも意外なまでに透明な(生い立ちから何から最後まで一切『謎』。若い頃に唐や天竺にいた事もあるらしい・・ってなくだりが何ともモンキーマジック←?)、まるで浮世のしがらみに悩むお歌の体をすっぽりと包み込み、そして幻の様に消え去った『春霞』の様にも感じられる馬杉源吾の描かれ方が、何とも余韻を残す印象を与えてくれた好篇だった風に庵主は思いました。『秘密』の直後に読んでみたら、なお味わい深いかも・・・。

 ・・しかし、初対面の女性をいきなり手篭めにするのはやっぱり良くないと思うぞ、馬杉源吾(^O^)。

※庵主お薦め名台詞

「恩というものは着せるものではねえ。着るものだからね」(by.徳太郎)

「女という生きものは、平気で嘘をつく。いえ、それがさ、男は自分の嘘をわきまえてもいるが、女というものは、嘘をついているうちに、その嘘をほんとうのことだとおもいこんでしまうのだ」(by.平四郎)


「女という生きものは、身の上や暮らしが変わると、それに応じて、いくらでも変わることができるのさ。そこへゆくと男なんてものは、早々と、うまく変わりきれねえ。だから女は魔物だというのだよ」(by.徳太郎)


※キーワード:
『思慕』


                 今回の一冊『賊将』-新潮文庫版-(’00.7.26 up)

 
え〜、今回の一冊賊将』は、計6話の短・中編から構成されます物語です。今回ご紹介するのは新潮文庫版ですが、角川文庫からも同じタイトル・同じ収録内容でリリースされておりまして、こちらの表紙は蓬田やすひろ氏による『栄養失調気味の島田順司』風の侍がこちらに目線を送っている・・という絵になっております(新潮版は村上豊画)。どちらも内容的には変わりございませんので、お好みの方の文庫をセレクトなさっては如何でしょうか?

 表題作の『賊将』、これは薩摩藩の剣客『人斬り半次郎』こと桐野利秋の半生を綴った物語です。『突撃あって防禦なし』との果敢な太刀筋で知られる示現流剣法においては薩摩藩随一の使い手であり、それゆえに新選組や見廻組から蛇蠍の如く恐れられた中村半次郎時代の彼と西郷隆盛との出会い、そしてその西郷が維新後の新政府から徐々に敬遠されてゆき、果ては『征韓論』を巡っての新政府軍との衝突、そしてその『西南戦役』の果ての壮絶な死。・・といった一連の流れを情感を込めてトレースしております。『西郷vs.大久保』、司馬遼太郎の『翔ぶが如く』でもクローズアップされている『情の人・西郷、理の人・大久保』という位置付けが当作品でも所々に垣間見られますが、こちらではあくまで西郷隆盛に重点を置いた描写を展開する事により、桐野利秋という人物像をより明確に浮かび上がらせている感じがいたしました。『情と情とが絡み合う事により初めて、血の通った政(まつりごと)が運営されてゆく』・・そうした考え方が盟友・大久保利通を初めとする新政府に却下されてしまった時点で西郷は恐らく、自分の死地を求めていたのでありましょう。そうした西郷の判断が果たして正しいものであったかは歴史の裁断を待つより他はございませんが、おそらく熱血漢・桐野利秋は西郷の思惑に一抹の懸念を抱いていたとしてもやはり最後まで行動を共にしていたかも知れません。噴煙たぎる桜島を彷彿とさせるそうした桐野利秋の熱い心情が余すところなく描写されているこの『賊将』、新潮文庫の長編『人斬り半次郎』でもハイ・コンプリート・バージョンとして池波正太郎がその人物像を完璧に描ききっております。
 
 『応仁の乱』、こちらは当『賊将』収録中最長の作品。ボリューム的には長編といってもいいくらいの物語です。自らあがいてみてももはやどうしようもない政争の荒波にもまれ続け、遊蕩の道へと走ってしまった足利八代将軍義政。それにその妻の富子や山名持豊、そしておそらく義政と最もメンタリティーの座標が近い細川勝元。・・大まかにこの四者の思惑が錯綜してこのお話は展開されて参ります。足利将軍家存続のために陰で姦計を弄しながらも義政を立て続けた策士・富子が、もはや諦めかけていた一子・義尚の誕生を見てしまってからと言うもの、生来の勝気さの上にさらに『母となった』女性の気丈さをも伴って、軟弱な夫の義政に牙をむく・・といったあたりに『変転する女性の恐ろしさ』という池波文学全てに流れるコンセプトをすでに包含している様子が伺えますね。山名のふてぶてしさ、細川の強靭さに鎧われた中の繊細さ、そして義政の弟・義視の軟弱さと、登場人物の決して少なくないお話の割に、各人のキャラクターが明確に立っている感じがいたしました。『庭石』のエピソードが複線となって紡がれる『戦の世』の無常観・・・、あたら将軍にされたお陰で心ならずもあれほど愛でていた京洛の殆どを灰燼に帰す『応仁の乱』の引き金を引く立場となってしまい、後世までも暗愚と罵られるに至った義政ですが、仮に彼が将軍ではなく『文化を担う者』としてその生を与えられたならば、彼の技量を十二分に発揮出来うるステージを得た存在としてその人生を全う出来たであろうに・・・との思いを抱かせる作品でありました。

 『刺客』、お馴染み原八郎五郎vs.恩田木工との暗闘の渦に呑み込まれてしまう松代藩士・児玉虎之助の物語。愛し合っていながらも無理矢理引き離され、果ては嫁ぎ先から石もて追われた果てに自害するに至った児玉の想い人・以乃。その形見の手鏡が重要な意味を持つアイテムとして物語中盤、クローズアップされて参ります。ひょんな事から愛娼宅で初めて鉢合わせしてしまう児玉と原とのツーショットが、ともすれば暗いトーンを伴いがちなこの作品において、ちょっとした息抜きの効果を醸し出しております。この作品でも原八郎五郎と恩田木工の描かれ方が『水と油』と言われながらも、『どちらがいい悪いと言うワケではない』描写に深いものを感じてしまいますね。
 若い頃は無頼の限りを尽くし、現在は火付盗賊改方の長官である徳山五兵衛。盗賊・日本左衛門捕縛に尽力するなどその苛烈な活動振りから、ちょっと長谷川平蔵とのキャラかぶりを想起させられてしまうこの男が、真夜中に熱中する密かな趣味というのが、何と男女の交歓を赤裸々に表現する『秘戯画』描き!そうした奇異な趣味を持つに至る理由を、若き日の彼の無頼生活に遡って描く物語が『秘図』。傍から見ると『すけべオヤジの手なぐさみ』としか思えないこの趣味でありますが、それには深い深いワケがあったのでありました。これも新潮文庫版『おとこの秘図』という長編として別にリリースされております。

 他には『黒雲峠』、これは『抜討ち半九郎』でご紹介した『猿鳴き峠』の改題版です。あと、『将軍』は、日露戦争でのいわゆる『203高地の攻防』の陰に隠れた乃木希典将軍の苦悩を描いたお話です。自ら戦役で2人の息子を戦死に至らしめられながらも、親の情を殺して「よく戦死してくれた・・」と語らざるを得なかった立場の乃木、そして旅順攻略が遅々として捗らなかった苦戦時には彼の妻が守る家に罵倒の限りを尽くし、戦役が勝利するや否や掌を返したかの様な歓喜を以って乃木将軍を迎え入れる民間人たちの調子のよさ、そして何よりもロシアの敗将・ステッセルに対し、武人として、そして人間として最大限の礼を以って接し、それに恭しく答えるステッセルの描写が心地よい思いにさせてくれる好編です。それは確かに『数多くの将兵たちの血涙の上に築かれた奇麗事の楼閣』と言える部分もあるでしょう。しかし、お互いに大事な将兵を失ってしまった心中を察し合えばこそ、そうした行動を取り得たのではないか?という部分があるのもまた事実です。BC兵器やミサイル飛び交う今流行りの戦争ではおよそ為し得ないこの『敵将同士の交流』、確かに庵主も戦争自体を賛美するワケでは決してありませんが、そうした古き良き時代だからこそ帰結し得た一種の『寓話』と言ってもよい性格の作品だったのではないか?と庵主は思います。乃木とステッセル、お互いに地獄の持久戦を耐え抜いて雌雄を決したこの両者を見ておりますと、昭和44年夏の甲子園大会決勝戦において延長18回まで死闘を演じ、それから30年以上を経た現在でも集い、お互いの敢闘を称え合うという愛媛・松山商高と青森・三沢高校のナインを彷彿させられてしまいます。そう言えば、敗れた三沢のエース・太田幸司も半分ロシア人の血が入ってるもんなあ・・・(それは関係無いか)。

 この『賊将』、ご覧の通り古くは室町時代(『応仁の乱』が1467年)から新しい部分では明治末期(『日露戦争』が1904年)に至るまで、およそ450年間に渡る長いスパンの作品群が綴られております。各時代時代の五線譜に描かれた『池波節』の微妙な『アヤ』の変化を読み取るのもまた一興かと思われますが・・・。

※庵主お薦め名台詞

「決心というものは自信がなくては成り立ちませぬ」(by.日野富子 from『応仁の乱』)

「武士も町人も、その家を継ぎ守る事によって世は成り立ってまいる。その為にはまずおのれを殺すことが第一じゃ。殺すことによって生きる。これが大切じゃと思え。これからは醒めた夢を追うなよ」(by.徳山重俊 from『秘図』)

「官軍も賊軍も、人間、骨になってしまえば同じごわす」(by.西郷隆盛 from『賊将』)



            今回の一冊『スパイ武士道』-集英社文庫版-(’01.1.1 up)

 いやあ、しばらくこの『イケ床』も更新してませんで、申し訳ございません<m(__)m>。何せこのコンテンツの最終更新が去年の盛夏、今はもう新年でございますよ!情けないやら、恥ずかしいやら・・・(^_^;)。
 で、今回俎上に乗せますのがこの『スパイ武士道』でございます。ん・・?『スパイ』・・・。時代小説のタイトルに横文字が入ると言うのも、少なくとも池波文学にしては珍しいですね。内容から考えると『隠密武士道』とかいうタイトルにした方がしっくりくるのかも知れませんが、敢えて横文字を使った事によってインパクトが増した部分も否定できません。実際、この小説の目玉が『諜報活動』なのですから、確かに的を得たタイトルには変わり無いですけど・・・。

 時は江戸期。舞台は生産物の大半が米と海産物・・といった石高十万五千ばかりの北国の小藩・筒井藩の江戸屋敷。この藩の勘定方である七十石三人扶持という齢二十半ばの貧乏侍・弓虎之助がこの物語の主人公です。・・とは言うもののこの虎之助、藩内には敵を作らず、専ら揉め事を避けて通るその温厚な性格ゆえ、藩内の誰からも好ましく思われている(言葉を替えれば「毒にも薬にもならない『いいひと』」)人物なのでありますが、その正体は弓家先代の遥かに以前から筒井藩に潜り込んでいる武芸・忍術に秀でた公儀隠密なのでありました。その虎之助がある日、私娼のお千と楽しんだ帰り道にバッタリと藩侯の覚えも高い切れ者・堀内左近とばったりと出くわしてしまうところからこの物語は幕を開ける事となります。そして時折姿も見せずに公儀からの指令を虎之助に下す『声』の命に振り回され続ける虎之助。ある時は「藩の隠し金八万両の在り処を追え」、またある時は「堀内左近の悪政を助けよ」、そしてまたある時は・・・。という風に、およそ理不尽なその命に内心忸怩たる思いを抱いて従い続ける虎之助でありましたが、その左近が刺客に襲われてしまってからと言うものの、状況はかなり錯綜の態をなして参ります・・・。

 このお話、虎之助も魅力的ですがまず藩侯の寵臣、堀口左近の変転に目を奪われてしまいます。藩侯の持つ権限の殆どを掌握して後も、『民あっての藩』の理念の下、国許が水害に遭った際にはそのリカバリーたる大規模な治水工事に細心の措置を講じ続け、彼に不快感を抱く藩内の年寄り連中の心を徐々に解きほぐす忠勤振りにして、藩の逼迫した財政が身に沁みているがためにその役職には到底釣り合わぬ質素な暮らしを続ける左近。そんな彼を以前はいぶかしく思っていたにも関わらず、徐々にその人品に対して公儀隠密の仕事云々抜きに惹かれてゆく虎之助・・・。しかしそんな左近も徐々に享楽の味を覚え、どんどん堕落してしまいます。勢い、彼を信頼し続けていた藩侯もその彼に引き摺られるかの様に放蕩三昧。せっかく反対派の動向もおとなしくなったにも関わらず、その振る舞いはまさに自分の首を自ら締め付けているかの様。「人というものは、おのれが転落していく状態に全く気づかぬものだ・・」と思う虎之助。藩を思う忠臣なれば、ここで左近を諌める言葉の一つがあってもよい筈の虎之助なのでありますが、そこは公儀隠密、『出る杭は打たれる』ような真似は絶対に避けなくてはなりません。そのあたりの『公儀隠密としての使命』と、『人間としての感情』との間で揺れ動く虎之助のジレンマが、お話の焦燥感を煽っていた感じが致しました。あと、左近の妹で後に虎之助といい仲になってしまう正江もまた、兄譲りの変貌を見せてくれるキャラクターとして印象深いです。当初は女として生きる事に絶望し、虚無感の真っ只中に身を置いていたと思しき彼女が、年を経て虎之助と再会してからと言うものの、何とも鬱陶しいばかりの媚態の限りを虎之助の前で展開致します。挙句の果てには兄の危急を知るや否や虎之助に、反左近派の重鎮・国枝兵部に何とか取り入ってくれと頼む変わり身の早さ!『タガの外れた女性のしたたかさ』を思い知らせてくれるひと幕でございました。
 そしてさらには反左近派の急先鋒・高田十兵衛の意外な正体や、『居眠りの老いぼれ猫』筒井理右衛門の老獪さもまた、作品世界を広げる要素となっている感じがいたしました。

 この『スパイ武士道』、「派閥間の諍いの波に揉まれ続ける虎之助の姿は、現在に生きる企業戦士にも通じる云々・・」という見方も勿論出来ましょうが、現在などとは道徳観や倫理観も異なり、何よりも生死の境が今よりももっと身近に彼らのすぐ側に息を潜めていたこの時代、そうした掛け値無しの『命懸け』のステージで生き続けねばならない彼らの『あがき』にただ身を委ねて読んだ方が本質が判りやすいのではないかな?と思います。俯瞰した視点で冷静な論評を下すのもよいのですが、何よりも時代小説の楽しみ方と言いますものは、『登場人物になりきって、その時代時代の風をその身に感じる』事だと庵主は思っておりますもので・・・。とにかくこの『スパイ武士道』、『時代劇のA・S・B(Aはaction、Sはsuspense、Bはbracing)』が十二分に盛り込まれた作品です。庵主お薦め!

 ところで、虎之助に始終つきまとう『声』の配下のもう一人の女忍びの正体、あれは一体、誰だったのでしょうね?本当にお千じゃなかったのでしょうか?だとしたら、もう一人の女性キャラと言いますと、やはり・・・?だとすると、ラストの余韻も全く変わったものになってきそうな気がします。うう・・・、「わたしの顔を、虎どのは、何度も見ているのじゃぞえ。ふふ・・・」というあの謎めいた台詞が頭から離れないっす(^_^;)。

※庵主お薦め名台詞

 「弓よ。藤野川の治水工事に働いていたころの二人にもどろうなあ」(by.堀口左近)

 「人間の世界というものは、いかなる場合にも『相対』の世界なので、白と黒があり、善と悪があり、富と貧があり、男と女があるのだ」(by.作者ト書)