ゲームコラム未満 過去ログ

2003年2月


2月8日

 はじめまして、閃光というものです。
 ゲームコラムなどを書いてます。
 覚え書きなどをアップロードしていく予定です。


2月8日

http://www.amusementvision.com/ja/garage/column/_nbugei.htm
>「今、何をすればいいですか?」
>俺なりにやるべきことを言ったつもりなんですが、結局、本人は全く納得いかなかった様子でした。
(其の十九 未来のクリエーター達へ より)

 共通した認識や、話の土台ができていないのに「ぶっちゃけ」話を求められても、困るだろうなぁ。

 ハリウッド映画でも、脚本がぐちゃぐちゃにいじられるそうだ。
 それでも最後まで続けられないものは、映画化されないとのこと。
 一人の力でできないモノを成し遂げるには、やり遂げる気持ちが強くないとできないのだろう。


2月9日

 再販制度という制度があるらしい。
 本や新聞を対象にした制度である。
 本が値引き販売できないとか、本や雑誌を出版元に返却できるのもこの制度のおかげである。
 ちなみに返却の送料は出版元が持つとのことである。

 消費税3%が導入されたとき、とある中小出版会社に大量の出版物の返却があった。
 価格表示を変えるためである。
 結局このときの損害を取り返すことができず、その会社は倒産した。
 その会社の名前は社会思想社。
「火吹山の魔法使い」というゲームブックを翻訳した会社である。

 ゲームブックのブームはとうの昔に終わっていた。
 しかしゲームブックファンにとって、社会思想社の倒産は衝撃の出来事であった。
「火吹山の魔法使い」から、ゲームブックの歴史が始まったからである。
 消費税はきっかけにすぎない。
 再販制度が、中小出版会社の命を奪ったのである。

 現在ネットによる本の流通や、コンビニやダイソーで独自の本の販売が行われている。
 私は、いろんな販売方法があったほうがいいと思う。
 そうでなければ、独占ということになってしまう。
 ゲームブックも、新しい流通・販売について視野に入れたほうがいい。
 なぜならゲームブックを支えるのは中小出版会社であり、再販制度は当分なくなりそうにないからである。

 ガープスのオンライン版が出るとのこと。
 西部劇と、近未来ハードSFの二種類あるという。
http://www.4gamer.net/news/history/2003.02/20030207120854detail.html
http://www.gurpsonline.com/
 SFはどんな世界かと思ってグーグルで調べてみると、22世紀が舞台だそうだ。
 ナノテクノロジー改造人間とか、ロボットをPCに選ぶことができる。
http://www.trpg.net/rule/GURPS/log/CP/006.html#20020312150723

 ロボットコマンドゥを思い出したのは、私だけか?


2月10日

 マーケティングに関して面白い意見があったので掲載する。
http://www.1101.com/nintendo/zelda/index.html

 私がはじめてゲームブックに触れたのは中学二年のときだった。
「運命の森」という作品だった。
 これにはじめて触れたときのことを思い出してみる。

 友人が筆記用具とサイコロを抱えて本を読んでいた。
 それは奇妙な光景だった。
 本でゲームができると聞いた。
「まさか、そんなことありえない」と私は思った。
 ルールを教えてもらい、ページをめくると魔法使いが現れた。
 魔法の道具を売っていた。
 どの魔法の道具を買うか頭をひねった。
 塔を出ると、「きみ」にしゃべりかけてくるカラスがいた。

 数パラグラフ読むだけで、私はイギリスファンタジーに引き込まれていた。
 作品が他人にどう受け止められるのか。
 面白い娯楽作品を作るには、このような調査が必要であると思う。
 今の子どもがゲームブックを読んだら、どんな風に受け止めるのだろう。
 そこにゲームブックの原点があるような気がする。


2月11日

 ずっと前からゲームブックの定義を「物語とゲームの融合」と考えていた。
 しかし私はこの定義をあやしいと思い始めている。
 とりあえず「物語とゲームの融合」という定義をそのまま使っていくが、いつか再定義する必要があるだろう。

「火吹山の魔法使い」をはじめとするファイティングファンタジー作品は、そもそもD&DなどのTRPGの一人遊びのために作られたのではないだろうか。
 つまりゲームブックはゲームの一人遊びから始まった、というわけである。

「火吹山の魔法使い」は売れた。
 日本でもゲームブックを作ろうという動きが起こった。
 しかし日本では、TRPG等の非電源ゲームの人口は圧倒的に少なかった。(むしろゲームブックが、TRPGの宣伝役だったところがある)
 そこで日本ではファミコンゲーム・コンピュータゲーム・若者向け小説などを参考に、ゲームブックが作られた。
 日本とイギリスでは、基盤がまるで違っていた。
 それでも同じゲームブックのカテゴリーに入っている。
 ある意味ゲームブックとは、既に面白いと認知されている娯楽の翻案の一形態であると定義できる。
 これだけ応用力があるのなら、ゲームブックの金型なんてものを作り、面白い素材を流し込めばゲームブックの出来上がり、なんてことができるかもしれない。
 ゲームブックの金型なんてものはあるのだろうか。まだわからない。

 ゲームコラムにすればよかったかな。


2月12日

 RPGのシナリオ作り
http://www.lennus.com/diary/d_2000/d_200010a.htm#20001006

 動機付けと状況。
 この二つがあれば、ストーリーやキャラは自然に生まれてくるとのこと。
 つまりドラマが生み出される、ということなのだろう。


2月13日

 今日は休日。友人と本屋巡りをした。
 帰りの車中、私がゲームブックを作りたいことと、「面白い」とは何かについて考えていると話すと、彼は感動してくれた。
 うれしいねぇ。
 何か話すとちゃんと返ってくる友人はありがたい。

 私は物語やゲームの話しをした。
 彼には、歌や音楽をなぜ楽しいと思うのか質問した。
 私は歌や音楽に興味がないほうだからである。

 そのうちにカラオケの話が出てきた。
 私はカラオケに行かない。
 でもカラオケを楽しむ人の話には興味がある。

 音や韻。彼はこれらが好きなのだそうだ。
 もちろん歌詞が心のもやもや感を整理したり、連想したり記憶を呼び覚ましたりすることはある。
 カラオケの登場によって、歌詞と曲を楽しむことのほかに表現するという新しい楽しみ方が増えたといえる。

 そういえばゲームのコントローラーとカラオケのマイクは、どちらも入力装置だといえる。
 90年代の流行りモノは、こうした入力装置を使った参加型の娯楽だったのかもしれない。


2月14日

 漫画家と箱庭シミュレーションゲームの制作者が、エンターテイメントを図式化
http://www.4gamer.net/specials/gdc2002_8.html
 私はこういうのをやりたいと思っていた。
 みたかったなぁ…。まぁ英語はわからないけど。
 物語と箱庭シミュレーションは重なっていない部分があるだけに、興味深いところだ。

 私は過去に書いたコラムの中で、次のように書いた。
・物語の登場人物にはゴールがある
・シミュレーションにはゴールよりも、理想的なモデルの発見が優先される

 主人公が手探りで仮想世界に挑戦しつつ、プレイヤー自身の考えでゴールを設定するゲーム。
 将来的には、このようなゲームが好まれるのではないだろうか。
 私はいずれゲームブックを書きたいと思っているが、こういったことも視野に入れていこうと思う。


2月15日

 柳生連也武芸帖 四巻を紹介する。
 リイド社 とみ新蔵 コミック乱連載中

 柳生連也は尾張柳生家の嫡男である。
 尾張柳生家は、柳生家の宗家である。

 江戸には江戸柳生家がある。
 江戸柳生家は将軍の剣術指南役であり、さまざまな功績もあって格式では尾張柳生家より高い。
 にもかかわらず宗家は尾張となっている。
 よって江戸柳生家は、尾張を目の仇にしている。
 そんな折、江戸で御前試合が行われることになった。
 連也は道中、江戸柳生家の刺客に襲われる。

 ここから、四巻が始まる。
 とりあえず一話を飛ばして、第二話から書くことにする。

 連也は猟犬に襲われる。
 連也は樹上に逃れる。
 そこに、鉄砲を持った忍者が姿を現す。
 連也、絶体絶命の危機である。

 第三話。
 連也の前に、十文字槍を持った五人の僧が現れる。
 宝蔵院の槍である。
 彼らは一列に並び、槍衾(やりぶすま)で連也に突きかかる。
 そこで次のような解説がある。
 いかなる武芸者も逃れることができないのが槍衾である、と。
 連也はかろうじて松林に逃げ込むが、逃げ場はない。
 連也、絶体絶命の危機である。

 第四話〜第八話。
 連也は病気の女を救う。
 途中医者と知り合い、連也は二人を連れて箱根を越える。
 箱根には江戸柳生家が買収した山賊が待ち構えていた。
 その数、二百人。
 連也、絶体絶命の危機である。

 連也は最強クラスの剣者である。
 しかしこの第四巻において、絶体絶命の危機に三度も陥る。
 時間が経てば経つほど、状況は連也にとって不利になっていく。
 連也はどうやってこの危機を克服するのかと、読者は引き込まれる。

 また第二話では、登場人物の犬に対する態度やエピソードが披露される。
 これらによって、人間の内面とその変化が描かれている。
 見事な娯楽作品である。
 続きが気になる方は、ぜひ手にとって読んで欲しい。

 ちなみに私は、二巻と三巻を入手していない。


2月16日

 えんため★デバイス
http://www2s.biglobe.ne.jp/~bmpload/edev/preface.html

 ノードについてはしばしば目にしてきましたが、どういう意味なのかこのHPではじめて知りました。
 今まで紹介した物語制作方法のなかで、独特の切り口をもった方法ですね。
 こういった方法はあくまで道具である、という点に同意します。


2月17日

 ベクターでソフトを調べていたら、ノードという言葉が結構出てきた。
 プログラムや物語作成の時に、よく使われる言葉のようである。
 不勉強さに、また気がついた。

 気になる記事
http://www.asahi.com/national/update/0211/005.html
http://www.asahi.com/column/aic/Mon/d_aera/20030210.html
 マンガすら読まない子どもが出てきた。
 当たり前になって行くのだろうか???

 私が子どものころ、父が本を読んでいるのを見て読書をするようになった。
 チャイクロなんて絵本も、買ってもらった。
http://www.live-lock.com/ehon.htm

 妹は子どものころはあまり本を読まなかった。
 無理に読ませようとすると、集中力が切れてしまった。
 いつから彼女は本を読むようになったのだろう。
 三国志の人形劇(再放送)を見て、三国志演義に手をつけたことぐらいは覚えがある。
 テレビやゲームでやっていることをもっと知りたいと思うときが、読書のチャンスなのかもしれない。

 もうちょっと付け足したいこともあったが、考えがまとまらなかった。


2月18日

 現在仕事がちょっとだけ忙しいのだが、こういうときに何か思いついたりする。
 面白いゲームって、プレイヤーにつぎのようなことをさせているのかもしれない。

 ひとつは、「ためる」ということ。
 もうひとつは、ためたものを「吐き出す」ということだ。
 ためるだけでなく、吐き出すこと(消費)も快感のひとつである。

 そこでもう少し付け足すと、もっと面白くなる。
・「危険」を犯して、いい質のもの(あるいは多くの量)を手に入れる
・ためたものと、たりないものを「交換」する
 まだあるかもしれない。

 ためることが停滞を生むとしたら、次のような方法がある。
 ためたものが無価値になるかもしれないという、リスクを負わせるのである。
 あんまりためていても、腐ってしまえば水の泡、というようなことである。

 ルールで説明するところを文章に起こせば、それは物語とゲームの融合といえる。
 ……な〜んてことを、考えてみた。
 もっと深く考えることができたら、コラムに書いてみようかな。


2月19日

 現在出版不況だといわれている。
 はっきりとした理由はわからないが、次のようなことがまことしやかに言われている。
・中古出版物の取引
・図書館で最新の本が公開されている
・そもそも面白くない本ばかり出版されている
・不況が長い
・物流方法に問題がある
・ケータイにお金が集まっている

 そもそも出版物だけでなく、CDやゲームソフトも売れていないという。
 音楽CDの売り上げはバブル期以前に戻ったという。
 まだバブル期の売り上げをあてにしていたのか、と私は思ってしまった。
 そういう話を聞くと、いつを基準に売れないといっているのか、わからなくなってくる。

 そして困っているところが書店なのか出版社なのかもよくわかっていない。
 書店や出版社などが内情について黙り込んだまま、誰かに責任を押し付けようとしているような気がする。


2月21日

 テレビゲームであれボードゲームであれ、対戦ゲームには勝利条件というものが提示されている。
 プレイヤーが勝利条件を満たせば、そのプレイヤーの勝ちである。

 プレイヤーは勝ちたいから、ゲームをするのだろうか。
 それはそのとおりだと思う。しかしそれだけでは不備だと私は思っている。
 はっきり言えば、プレイヤーは報われたいからゲームをするのだ。

 あるゲームを初めて触った時。
 おっかなびっくりトークン(ゲームの駒)を操る。
 それはそれで楽しい。

 その次は、何をすれば新しいことを体験できるか考えていく。
 いろんなことを試しているうちに、ゲームの勝敗が決まっていく。
 それでも楽しい。

 ゲームというものは、達成感を楽しむところがある。
 勝利すれば達成感が大きい。

 しかし、勝利に至る道筋をコントロールできない人にとっては、勝利条件はゲーム終了の合図に過ぎない。
 ためたり吐き出すことによって、ゲーム中の行動を広げていく。
 ゲームが展開していくことが、単純に面白いのだ。
(とりわけためることは、簡単に達成感を味わう方法のひとつである)

 ゲームの勝利条件はまだまだ先のゴールであり、それよりも近場の達成感を味わうことをプレイヤーは欲っしているのではないだろうか。
 自分なりに勝利までの道程を見つけることができるようになったら、そのゲームのベテランになったといえる。

 勝利までの道程は、失敗と試行の繰り返しである。
 しかし確実に、プレイヤーは自分が成長していくことを知る。
 これもまた、ゲームをする動機となっていく。

 面白いゲームには、さまざまな配慮がなされていると思って間違いないだろう。


2月22日

 小島秀夫のゲームの作り方
http://www.1984.jp/game/bn021210.html
“システム、ルールこそが「触って面白いメディア」であるゲームの本質”

 Xbox Live
http://www.1984.jp/game/bn030204.html
 ボイスチャットは面白いと思う。
 ただ、こんな話を聞いたことがある。
 これはXboxではなく、パソコンのオンラインゲームの話である。
 そのゲームの売りは、ボイスチャットしながらチームで航空戦闘ができることである。
 しかし航空機は地上に残り、ボイスチャットだけがひんぱんにおこなわれたということだ。

 ゲームをやっているとストレスが生じる。
 そのストレスの解放が、達成感などの快楽につながる。
 ストレスを引き受けるよりも会話の楽しさに興じると、ついついゲームより会話を選んでしまうかもしれない。


2月27日

 ボードゲーム天国(竹内書店新社 2800円)を買ってきた。
 読んで字のごとく、ボードゲームの本である。
 まだ全部は読んでないが、ある記事に眼を奪われた。
 「火吹山の魔法使い」ボードゲーム版が紹介されていたのである。
 ウォーロックで記事を読んだことはあるのだが、カラー写真で見るのは初めてだ。

 1986年発売で、現在入手困難。
 しょうがないな。

 27日は真三国無双3の発売日。
 購入できたら、ゲームコラム未満をかけないかも。


2月28日

 消費税込み価格表示に出版業界が猛反発
http://www.asahi.com/culture/book/K2003022601106.html

 一般の商品と同様に、店頭で表示価格を変えればいいだけの話だと思うのだが。
 なぜ本だけこういうことが起きるのか、根本から考え直すべき。
 この人を見習って欲しい。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0722.html


・近況
 真三国無双3購入。
 呂布に散々に敗れる。


2003年3月

ゲームコラム

TOP