メジャーなゲームを考察する


 このコラムは、あびきゃすというホームページで公開したコラムです。対象は家庭用ゲーム機のゲームのファンとなっています。

 以前私は“フェアプレイ”というコラムを書いた。そのなかでスポーツの歴史が、賭博スポーツから始まっていることを書いた。とりわけ仕事をしなくても生活できるジェントルマン階級であっても、賭博は魅力的なのだ。メジャーなゲームは、この 賭博性をとりいれたものが多い。
 私の考えるメジャーという定義は簡単にいうと、

・(知名度)年代性別に関わりなく広く知られていて、
・(支持層)ファンがいて、
・(商売・職業として成立)市場が大きく、プロが存在する、

 という三点が同時に成立することである。
 賭け・賭博は感じの悪い言葉だ。私はゲームに賭博性を認めても、賭博を積極的に奨めているつもりではない。年代性別に関わりなく、人を惹きつける魅力が賭博にはある。賭博性とは、

・勝ち負けがはっきりしている
・一手一手の意味が重い(ハイリスク、ハイリターン)
・目標がはっきりしている

 という条件が当てはまる最適な言葉として受け取って欲しい。
 賭博というものは、参加者の感情移入が激しく、緊張感をもたらす効果がある。そして人はそれに魅力を感じてしまうのだ(似たものに、射幸心というものもある)。勝負の結果が自分に返ってくる。このあたりに、感情移入のツボがある。
 また、メジャーなゲームの特徴は、抽象化されたルールを持っていることである。これによって、必要でない情報はばっさりと切り落とされる。情報を整理し、アルゴリズムにしたがって、ゲームの流れを読む、ということが簡単になってくる。技術が上達すれば一つ一つの行動の意味が大きくなる。
情 報の整理やアルゴリズムの適用の段階で混乱していては、ゲーム時間が必要以上に長くなり、行動の意味が小さくならざるを得ない。抽象化は、ゲームの密度を高める効果がある。

 ポーカーは、メジャーなゲームの範疇に入っていると思う。それに比べて家庭用ゲーム機のゲームは寿命が短く、年代性別に関わりなく広く知られているとは言いがたい。ではポーカーは家庭用ゲーム機のゲームより、面白いゲームであるのだろうか。

 “面白いゲームは、メジャーになるべきだ”
 “メジャーなゲームは、面白いはずだ”
 と私は思っていた時期があった。ゲームが面白くなれば、みんな面白さに気付いてくれる。これがメジャーへの早道だ、などということは、信じてみたいことがらだ。

 だが実際のところ、人が一番面白いと思っているものは、その人によって違っていると考えたほうが、自然なのではないかと思う。一番面白いと思っているゲームには、その人特有の思い出や思い入れがあって、実際のゲームの魅力をより引き立てているのではないだろうか。
 ポーカーは抽象化されていて、思い入れが入りにくくなっている。思い出はあるかもしれないが、ストーリーのあるゲームではないので思い出が共有されているわけではない。その点において、一番面白いゲームとして選ばれにくいといえる。にもかかわらずポーカーがメジャーであるというところをみると、メジャーなゲームの特徴(ルールの抽象化・賭博性)と、面白いゲームの特徴(思い入れ)が必ずしも一致していないといえるのではないだろうか。
 共通する点もある。それはメジャーなゲームも面白いゲームも、ゲームの中にプレイヤーの感情移入が存在する、ということである。
 メジャー、面白さなどを細かく仕分けて考えていった。はゲームとは何かについて解説したいと思う。

(2002年3月5日)


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