ゲームブックにしかない魅力を見つけよう(その1)


 80年代の後半に爆発的に売れたのはなぜだろう。
 そしてその方法がそのまま今回も通用するのだろうか。
 ターゲットをどこの層に合わせればいいのだろう。
 いくつもの疑問が浮かぶ。
 その疑問に、私は何一つ決まった答えが出せないでいる。
 80年代のブームは、小学生から高校生ぐらいの年代層で起きたと思われる。
 イアン・リビングストンのインタビューによると、自分で展開を選べる物語が、これまで日本になかったという見解を示している。
 できれば創土社版のソーサリーにはスティーブ・ジャクソンのインタビューを入れてもらいたいと思っている。実現したら、これだけで欲しくなる人が増える。付加価値は購買意欲を高めるからだ。

 現在ハリー・ポッターと指輪物語のヒットによって、ファンタジー物語が見直されている。
 この二つは映画にもなっていて、多くの人の目を集めている。
 書店には、ファンタジー文学専用のコーナーも置かれるようになってきている。
 ファンタジーブームはきているのであろうか。
 いや、結論から述べるとそれは非常に疑わしい。
 この二つのイギリス産のファンタジーが飛びぬけて注目を浴びているに過ぎない。
 本当にファンタジーブームがきているのであれば、国産のファンタジーの売れ行きがもっと目立つはずである。
 これは、限られた本しか注目されていないということを示しているのであろう。
 とりわけ深刻なのは、書籍売り上げが恐ろしいほど落ち込んでいるということだ。ファンタジーが注目されているからといって、売り上げ向上を期待しないほうがいい。
 いやむしろ、残念ながらファンタジーというジャンルは一般人にとって、おなじみでないというのが現状だ。
 日本とヨーロッパでは価値観・生活感・歴史が違うため、ファンタジーが根付きにくいというところがあるのであろう。
 ゲームや映画だったら受け手に映像を強制的に見せることができる。
 しかし本でそういうことはなかなか難しい。ファンタジーは仮想の世界である。読み手にとってなじみのあるものと、神秘的な雰囲気のバランスが難しいということもあるのだろう。

 日本における、ファンタジー世界のなじみのなさは弱点であるかもしれない。しかしこれはこれで受け止めて、長所にもっていくことも出来なくはない。
 ファンタジーはなじみがない→忘れられやすい→再登場すればそのたび新鮮に映るなどと考えれば長所になる。
 イギリス産のファンタジー小説が好調なのだから、イギリス産のファンタジーを参考にとって考えてみよう。
 指輪物語やハリー・ポッター(私の一存でシャーロック・ホームズも含める)で有名なイギリス産のファンタジー小説には、日本には見られない独特の濃さがあったりする。拙い表現で申しわけないが、例えば設定重視、しかし作品の中で軽く触れる程度という傾向が強い。読者は作品に浸るたび読者側から補充しようとし(つまり思い入れをつくり)、何かを発見するたびにある種の達成感と優越感に浸ることが出来るのだ。
 国産のファンタジー作品がいくら日本の読者の好みに合わせて作られたのだとしても、イギリス産のファンタジーは比較することができない。この点が、マーケティングが万能といえないところである。私は以前マーケティングは万能な調査方法だと思っていたが、今は商品の性質によるのではないかと思っている。既存のものの魅力を測るのにマーケティングは有効である。しかし比較できないものは、マーケティングで数値を表すことができないのだ。
 いったんゲームブックが市場から消えてしまった以上、巻き返しには工夫が必要だ。他の媒体とは比較できないゲームブックの魅力について考える必要があると私は思っている。
つづく

(2002年6月7日)


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