面白さの手がかり 構造と記憶


 ……主人公は塔の最下層から駆け上る。カメラは主人公を追いかける形で途中の階層を映している。そしてついに主人公は頂上へ到達する。頂上からは、これまでに通過した場所が一望できる……
 これは宮崎駿がアニメでよく使う手法のひとつである。

 主人公がよく動き回る作品だと、観客は主人公がどこにいるのかわからなくなる。そこで観客の視野を高い場所に導いて、街や要塞などの構造を教える。すると観客は、あの事件はここで起こったんだな、などと思い始める。事件と場所を関連付けし、ストーリーを再認識する、というわけだ。

 何も高いところに導かないでも、地図などを使って主人公の位置を知らせるという方法もある。
 例えばゲームの中には、プレイヤーに地図を書くように勧めているものもある。この作業をマッピングと呼ぶ。
 事件(イベント)と場所に関連性が高いと、マッピングの重要性が高くなる。マッピングは、プレイヤーによる関連付けであるといえる。プレイヤーはマッピングによって、自発的にゲームの構造を知ることができる。プレイヤーは自らの意思でジャンプして、ゲームの世界を見下ろすような感覚を味わうことができる。

 タイムトラベルものやミステリなどでは、事件と時間の関連性が重要になってくる。
 読者は本を読みつつ、平行してそれ以上のことを考える。頭の中で出来事を時系列にならべ、過去が未来に与える影響力を予測し、ストーリーの理解を深めようとするのだ。

 場所にせよ時間にせよ、それらを出来事と関連付けることは作品の理解を深めるのに役に立つ。
 逆にいえば出来事に何も関連付けることができないと、作品に深みがないという印象を持たれかねない。
 「観客は目の前で展開されるストーリー(現象)を見ながら、もうひとつ、記憶を辿りながらストーリーを類推している」と脚本家の新井一(シナリオの基礎技術 ダヴィッド社)は述べている。これを陰のストーリーという。
 観客は物語を目の当たりにしながらも、場面の一つ一つを場所や時間・人間関係などに整理している。関連付けは、陰のストーリーの工程のひとつである。

 また観客は、陰のストーリーの記憶を蓄積しているという。そうなると定番の物語などはあっという間に飽きられてもいいはずだが、作品の切り口が変わることによって、新鮮な印象を受けることがある。これは観客の記憶を編集する、ということにあたるのだろう。
 昔から現在に伝わる作品の多くは、観客の記憶を編集した再生産である。劣化コピーと呼ばれるものは、観客の記憶を馬鹿にした再生産を指すといっていいだろう。

 ゲームには陰のストーリーが存在するのだろうか。
 古くは「ゼビウス」のように、ゲームにはテキストがなくても物語性を感じるゲームがある。
 プレイヤーにはゲームの記憶の蓄積がある。プレイヤーはその記憶の中で関連付けができるものを見いだす。これによってそのゲームには陰のストーリーが成立する。
 プレイヤーの記憶を意識したゲームには、テキストがなくても物語が成立するのだ。

 観客やプレイヤーは類推や関連付けをやりたがっている。よって観客の視点と記憶を意識することによって、面白い物語やゲームを作ることができるといえよう。

 人の記憶は奥が深い。
 この研究については私の力だけでは不十分だろう。ぜひ多くの人に考えていただきたい議題である。

 まとめ

・構造を知るということは、高いところから世界を見下ろす感覚に似ている。
・観客は記憶を辿りながらストーリーを類推している。これを陰のストーリーと呼ぶ。
・観客は記憶を蓄積している。
・記憶の蓄積を編集することによって新鮮な印象を与えることができる。
・記憶の関連付けができれば、文字はなくても陰のストーリーを作ることができる。

(2002年11月13日)


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