心の垣根を取り払え!


 2002年11月17日横浜アリーナで、W-1というプロレスイベントが行われた。
 26日にはフジテレビ系列で放送された。番組名にボブ・サップが入っているあたり、プロレスをあまりよく知らない人にも見てもらおうという意図が見受けられた。
 会場には見慣れない電光掲示板が用意されていた。試合の最中、この電光掲示板を使ってこれまでにない演出が行われた。

 その演出は、小島聡 馳浩 組対 マーク・コールマン ケビン・ランデルマン 組の試合の最中に行われた。
 小島選手が会場を見回すと、電光掲示板から「いっちゃうぞ ばかやろう」という文字が表われた。小島選手はそのとおり叫ぶと、コーナーポストから飛んでエルボードロップを繰り出した。

 プロレス技には、二種類の時間の使い方がある。
 ひとつは一瞬のひらめきで技を繰り出すものである。ボブ・サップ対グレート・ムタの試合において、プロレスファンとプロレスをはじめて見る人が、同時に驚きの声をあげていた。

 もうひとつは、観客の期待を煽る技である。プロレスファンは記憶を蓄積し、想起(思い出すこと)しながらプロレスを観戦している。プロレスラーの動きの一つ一つがプロレスファンの記憶を刺激する。これは、プロレスの楽しみかたのひとつである。

 小島選手がアピールすることによって、プロレスファンはダイビングエルボードロップを期待する。ファンの熱気が高まってくる。
 しかしプロレスをよく知らない人にとっては、記憶の蓄積がないのでこの種の楽しみを享受することができない。
 そこで電光掲示板の登場である。ここに何らかのメッセージを表わすことによって、「次に何か起きそうだぞ」というメッセージを観客に与える。これによってプロレスをはじめて見た人も、プロレスファンとともに歓声を上げることができる。
 また実況席では、浅草キッドの二人がリアクションをとっていた。そこからテレビの視聴者は、プロレスを見慣れなくても見所がわかるというわけである。

 プロレスの記憶の蓄積はプロレス観戦の醍醐味であるが、同時に初心者にとって障壁になる。W-1には過剰な演出も多く見られたが、初心者とファンの垣根を少しでも取り払おうとしたところに意義がある。また選手の一人一人を知っていたとしても、今までに見たことがないカード(試合の組み合わせ)が多かった。その点においても、初心者とファンの差が縮まっていた大会だったといえる。

 発展したスポーツや娯楽には、初心者の受け皿が用意されているものである。私はこれまで、初心者のスキルを上げることが求められているのだと思っていた。
いや本当に必要なのは初心者とベテランの差を縮めることである。既にベテランは楽しみ方を心得ている。その楽しみ方を壊さない範囲で、初心者も楽しむことができるように工夫する必要があるだろう。ではどのように工夫すればいいのだろうか。

 私は面白さを生み出す方法のひとつが、想起であると確信している。
 物語で例えるとクライマックスシーンに、どれくらい読者・観客が想起するかで、面白さを計ることができる。だから物語の制作者は、クライマックスに直結したエピソードをたくさん盛り込むべきである。
 競技観戦だったら、競技者のエピソードや過去の成績を観客に想起してもらうことによって、熱中の度合いが違ってくる。ちなみにマーク・トゥエーンによれば、競馬を成り立たせているのは意見の違いだという。
 茶道や相撲には一定の作法がある。その一つ一つの動作に意味があるといわれている。これも参加者や観客の想起を誘うのであろう。
 数を上げればきりがないのでここまでにしておく。

 何かを存続させるためには常に新しい血が必要とされている。参加しやすい環境を作るには、権利や保護だけでは充分ではない。
 はじめて見る人にも想起できるような仕組み・段取りを考えよう。この方法は初心者とベテランの差を縮める、最適な方法のひとつである。

(2002年12月1日)


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