
アッテンボローの「伊達と酔狂」に関する個人的考察
アッテンボローといえば、「それがどうした!」と「伊達と酔狂」だろう。
私の大好きな言葉だ。
この「伊達と酔狂」で戦争(正確には「革命戦争」)をやっている!と公言しているダスティ・アッテンボロー氏の「伊達と酔狂」っぷりについて、勝手に考察してみたい。
アッテンボローの男気を語るには、いかに彼が「伊達と酔狂」か、を語るに尽きる!と思うのだ。
ふっふっふ・・・・・・しびれるねえ・・・・・・
1.軍人になったワケに見る「伊達と酔狂」
ダスティ・アッテンボローは、軍人になどなるつもりはなかったらしい。
彼の父親は「取材能力と問題意識に優れたジャーナリスト」だったらしく、その影響を受けてか、ダスティ少年はひそかにジャーナリストを志望していた。だが、父親と、その義父(つまりアッテンボローの祖父)との間の約束、「男の子が生まれたら軍人にするのだー」のため、父親に説得されてしぶしぶ士官学校を受け、合格してしまう。肝心の志望大学には落ちてしまったため、アッテンボローは軍人としての道を歩むことになったのである。
以下、本文より
――「ちょっと待て。すると親父は、最初から、生まれてくる子供を犠牲にするつもりで、自分の幸福を追求したんだな」
「そういう表現もできるな」
「他に表現のしようがあるか!何という親だ。おれは絶対、軍人になんかならないからな」
「そんなことをいうと、祖父さんが化けて出るぞ」
「化けて出るなら、親父に対してだろう。俺が祟られたり怨まれたりする筋合いはない」
息子が断言すると、父親は、肺の内部を真空にするような大きな溜息をついた。
「なあ、ダスティ、夢と未練を遺して死んでいった老人を、哀れとは思わんのか」
「だったら親父が軍人になればいいだろう。おれの知ったことじゃないや」
ダスティ少年がさらに突っぱねると、父親はまたも作戦を変更した。
「いいか、ダスティ、お前が我を張って軍人にならないとしたら、死んだ祖父さんも生きている両親も不幸になる。だが、お前が軍人になれば、お前ひとりが不幸になるだけで、周囲はみんな幸福になれるんだ。差し引き大きなプラスで、めでたしめでたしじゃないか。そのくらいの道理が、どうしてお前にはわからんのだ」
「わかってたまるか」
「ダスティ、お前はいつの間にそんな非情な男に育ったのだ。父さんは悲しいぞ」
「中年男が泣きまねをするな!うっとうしい!」
――(徳間書店「銀河英雄伝説外伝4」より)――
と、まあ、こんな会話を繰り広げながら、ダスティ少年は結局軍人になったのだ。(それもとびきり優秀な!)
この会話でもわかるように、彼はかなり父親のことが好きである。(ん?)
突っぱね方がなんともかわいいではないか!!ちょっとすねたような顔まで想像できてしまう。(ふふふ・・・)
うんうん、父親みたいなジャーナリストになりたかったんだねえ・・・・・・。後々まで、「革命戦争の回想」だかいうノート(メモ?)を常に携帯してるわけだし。だがまあ、彼は妥協(?)して士官学校に進み、父の望みを結果的にかなえたのだ。
ぶつぶつ言いながらも着実に武勲を重ねて20台で提督にまでなってしまうとは!!
ヤンといい、アッテンボローといい、不純な動機(まあ、アッテンボローの場合は「義理と人情」って感じだが)で軍人になったものがその後の同盟軍を支えたっていうのは、かなり面白い。人間、どこに才能があるか、わからんもんだな。
あ、話がずれてしまった。そうそう、アッテンボローの「伊達と酔狂」っぷりだったな。
これはもう、軍人になった動機がこうなんだから、その後の彼の軍隊内での働きは、「伊達と酔狂」が背骨になっているに決まってる。
いくら「義理と人情」でなった職業とはいえ、手は抜かない!!
軍人になった以上、やることはやるのだ!!(やらんでもいいことも、時々やる。「・・・困ったものだ・・・」←某ムライ氏)
でも、「革命戦争の回想」ノートは手放さない。
ふふふふ・・・・・・好きだなあ、アッテンボローのこういうところ。まさに「伊達と酔狂」だ。
で、多分、「その後の銀河英雄伝説」でも、バーラト星系の自治政府の為に奔走しながら「革命戦争の回想」を執筆するんだろうな。
「伊達と酔狂」は貫いてこその美学なのだ!!
つづく・・・?