
なぜ、アッテンボローなのか?
同盟軍といえば、ヤン・ウェンリー、第13艦隊(ヤン艦隊)といえば、お祭り好き、お祭り好きといえば、アッテンボロー。
「銀河英雄伝説」を初めて読んだ当初、私のアッテンボローに対する印象は上記のようなものでしかなかった。
だが、私の深層心理にはすでに、アッテンボローがすり込まれていたのだった…
―あれは、銀英伝を読み始めて間もないころ・・・・・・私は夢を見た。夜見る、アレである。
夢の中で私は、すっかり銀英伝の世界の人物になっていた。宇宙戦艦に乗って、星の大海をわたっていた。(詳細不明。)ふと隣を見ると、着飾ったカリンが誰かに向かって敬礼をしていた。(理由不明。)その視線の先に、にこやかに笑っているアッテンボローが立っていた・・・・・・(その後の様子不明。)
目覚めた私が真っ先にやったこと・・・・・・それは、なんと舌打ちだった。(・・・・・・・。)
当時の私は、断然帝国びいきだった。特にラインハルトとロイエンタールに夢中だった。
それなのに、初めて見た銀英伝の夢が同盟の、しかも脇役だったことが悔しかったのだ・・・・・・。(・・・単純・・・)
思えば、あの時から今日の事態は運命づけられていたのかもしれない。(勝手な思い込み)
気が付けば、あんなに夢中だった帝国軍からも一歩ひいていて、いつの間にか「伊達と酔狂」という言葉が私のツボをくすぐっていた。
そう、アッテンボローといえば「伊達と酔狂」なのである!!
彼の「伊達と酔狂」っぷりはみごとだと思う。
ま、「伊達と酔狂」っぷりがいかにしびれるか、ということは別の項で述べるとして、ここではアッテンボローの魅力について語ってみよう。
アッテンボローの魅力、それは毒舌とは裏腹の彼の真面目さ、だ。
アッテンボローが真面目?と疑問符がつくところだろうが、私は彼はすごく真面目だと思う。
なぜ、そう思ったか、それは、彼は、ヤンに対して、言い換えればヤンの思想に対して、ずっと誠実だったからだ。
口を開けば喧嘩を売ってるような感じだが(まあ、実際売ってるんだろうけど・・・)、バーミリオンでも、ヤンの退役後も、ヤンが暗殺されたときも、イゼルローン共和政府でも、そして、おそらくカイザーラインハルト亡き後のバーラト星系の自治政府でも、彼は常にヤンの(ヤンの思想の)サイドにいた(いる)。
もちろんヤンの思想=アッテンボローの思想ではない。アッテンボローのほうが、より現実主義だと思うし、「戦闘的過激的急進派」(自称)だ。
でも彼は知っていたんだと思う。つぶれかけた民主共和制を存続させるにはヤンの思想が必要だと。
これが、私がアッテンボローを真面目だと思う理由だ。
私の好きなヤン亡き後のイゼルローンでのシーンがある。
本文より
「よく六〇万人以上も残ったものさ。物ずきの種はつきないものだ」
と、紙コップからたちのぼるコーヒーの湯気をあごにあてながら、アッテンボローが感心したように言ったことがある。彼は、ユリアンの指導力を確立するために奔走しており、その日も、「ヤン提督さえ生きていれば、残留してもいいのだが」と言う民間人の有力者を「鄭重に」たたきだしたのだった。
「あんな不覚悟なやつに、いてもらう必要はない。立体TVの三文ドラマだったら、視聴者が泣きわめけば、死んだ主人公が生きかえるだろう。だが、おれたちが生きているのは、それほどつごうのいい世界じゃない。失われた生命は、けっして帰ってこない世界、それだけに、生命というものがかけがえのない存在である世界に、おれたちは生きているんだからな」
「名演説、名演説」
と、同席していたオリビエ・ポプランが拍手した。
「アッテンボロー中将は世が世なら、あのヨブ・トリューニヒトの後継者になれますな。軍服なんぞ着せておくのは惜しい」
「ありがとうよ。おれが元首になったら、お前さんにトリューニヒト記念賞をくれてやるよ」(徳間文庫「銀河英雄伝説・回天篇」)
銀英伝の世界はまさに乱世。そんな中で自分の思想に正直に生きる、って言うのは大変なことだと思う。もちろん、帝国にもそういう人は決して少なくない。けど、彼らとアッテンボローが違う点、それは「どんなに真面目でも死んでも他人には真面目に見せない」ところだ。(あ、でもヤンファミリーには多いな、こういう人・・・)
そう、これこそ男気!!ってものだ。
きっと、「その後の銀英伝」でも、彼は現実と妥協しながらも、絶対根本は変わらないんだろうな。
そんなアッテンボローに私はたまらなく惹かれるのだ。
あ、アッテンボローのことになると、なぜか真面目に語ってしまうなあ・・・・・・(プラトニック・ラヴだから?←馬鹿)
なんか、書いていたらもう一度アッテンボロー中心に銀英を読みたくなった。読むとするか・・・
つづく・・・?