
万葉集を編纂した「万葉歌人の代表」とされている大伴家持の人生を 参考資料(注)で辿りますと、68年の生涯のうち大凡三分の二は和歌と ともに歩んだ年月であったのですが、それ以上に全国各地方長官としての 「官人家持」の活動の方が重要であったことが分かります。 (参考メモ・その1「家持年譜」を参照願います。) (注)橋本達雄「王朝の歌人2・大伴家持」集英社(1984年12月) 山嵜泰正「人生の三視点から見た大伴家持の心象」ときじく文庫 (1985年6月)

奈良の都(佐保の里)で生まれ、少年の頃、父旅人の転勤に伴い太宰府に行 き、29歳の時、越中国守という地方長官職に赴任したのを初めとして、兵部 少輔として、難波京で防人の検閲に当たり、因幡守の時、万葉集を読み納め、 さらにはその後、薩摩守、太宰少弐などの西国の任に就くとともに、今度は引 き返して、相模守、上総守、伊勢守を歴任し、最後は陸奥において持節征東将 軍となり、多賀城でなくなりました。 こうしてみますと、家持は、西国(九州・山陰)、北国(北陸)、東国(奥 羽)と全国各地の隅々まで、渉り歩いた外勤の官人人生であったことが分かり ます。

彼は、「万葉歌人」と言われるよりは、家名の通り御門の伴人としての 「大伴の長者」であったと言われたかったと思います。 中年期までの彼にとって和歌は、趣味以上の「人生の伴侶」であったことは 確かですが、命に代えてまで護る物でもなかったのです。あくまでも命に代え てまで「祖(おや)の名絶つな」と護るものは、天皇の付き人としての「大伴 の氏と名に負へるますらをの伴」(万葉集・巻第二十・4465番歌)であっ たのです。 そして、大伴氏族の首長としての和歌は、次の訓戒の詠となります。 「磯城島の大和の国に明けき名に負ふ伴の緒心つとめよ」 (万葉集・巻第二十・4466番歌) 「剣太刀いよよ磨ぐべしいにしへゆ清けく負ひて来にしその名ぞ」 (万葉集・巻第二十・4467番歌) 家持がもっとも報国の精神を高めたのは大仏造営に当たって時宜を得た陸奥 での産金の時で、万葉集の中で、次のように「大王(おおきみ)の辺に」「言 立て」しています。「陸奥国より金を出せる詔書を賀く歌」として、 「・・・海行かば 水漬く屍 山行かば草生す屍 大王の辺にこそ死なめ 顧みはせじ・・・・ ・・・梓弓 手に取り持ちて 剣大刀腰に取り佩き 朝守り 夕の守りに 大王の御門の守護 われをおきて ひとはあらじと・・・・・・」 (万葉集・巻第十八・4094) この一首は、昭和13年に日本放送協会が信時潔氏に依嘱して作曲されてい る曲です。日本的旋律のミ、ソ、ラ、シ、レ、ミを基本として用い、戦前の日 本人には戦争に関係した悲痛な思い出につながる印象の深い曲になっていま す。


(昭和10年作曲)
「丹澤」「あづまやの」「北秋の」「沙羅」
「鴉」「行行子」「占ふと」「ゆめ」
(音楽会の例)
2001年度大阪音楽大学音楽専攻科
ピアノ声楽アンサンブル発表会
2002年2月4日(月)17:00
ミレニアムホール(大阪音楽大学P号館)
<万葉集中の家持>
「万葉歌人の代表者」家持(718〜785)の万葉集に於ける位置付けを 参考資料(注)の要点に従って次に列挙します。 (注)橋本達雄「王朝の歌人2・大伴家持」集英社(1984)p.106-108,p.241-244) 中西進編「講談社文庫・万葉集事典」講談社(1985)

1.万葉集大分類
(1)第一部 巻 1〜16 収録した和歌の分類が施され、年代順に編
纂されている。
天平16年(744)までの歌が主体。
(2)第二部 巻17〜20 大伴家持の歌日記的構成。
天平18年(746)以降の歌が主体。
2.第一部編纂への参画
(1)編纂の原形部分 巻1〜2 (持統朝・柿本人麻呂他)
巻3〜7 (聖武朝・笠金村、山辺赤人他)
(2)編纂の仕上げ 巻8〜16(橘諸兄主宰で天平16〜18年
744〜746、大伴家持、
田辺福麻呂、市原王などの共同作業)
(3)編纂の総括 巻17〜20(光仁朝・宝亀年間770〜781 位階昇進の着実に進んだ家持が
第一部の手直し、増補および全体に 渡る整備をした。)
万葉集の最後の歌は、天平宝字三年(759)一月一日因幡国庁で
の詠で、その後宝亀元年(770)までの10年間は、薩摩守、太
宰少弐で、西国の地にあり、身を入れて、「万葉集」を編纂できる
立場になかったと思われます。
3.万葉集の時代範囲
最も古い歌は仁徳朝(313〜399)の磐姫皇后、天皇を思う歌
(巻二・85〜89)で、最も新しい歌は、淳仁朝(758〜764)の
大伴家持(718〜785)、因幡国庁に国郡司らを饗応の時の歌
(巻二十・4516)となっていますから、おおよそ400年間の長い時
代の歌を集めたものです。
4.万葉集巻別の歌数と家持の詠
万葉集全歌数4536首中、大伴家持の歌数は、長歌46首、短歌
431首、旋頭歌ほか2首の合計479首(全体の10.5%)に当た
ります。 (参考メモ・その2「万葉集の部立と歌数)
後世、家持没(785)後、約120年経ってから、紀友則や紀貫之ら
が編集した初の勅撰和歌集「古今和歌集」において、紀貫之は「万葉集」
における家持に似た主たる編纂責任者の立場で、同じく全歌数1100首
中、102首(9.3%)を担当した状況に相応しています。
<家持縁りの地を訪ねて>
68年の生涯において、家持の人生に大きく係わった縁りの地を次のように 順を追って訪ねてみたいと思います。 (その1)越中国守の地・高岡 (その2)兵部少輔の職場・難波津 (その3)因幡国庁の宴・鳥取 (その4)万葉集編纂上の上司橘諸兄の里・井手 (その5)最後の官邸跡・長岡京 (その6)時節征東将軍の城・多賀

参考メモ・その1 家持年譜
| 西暦 | 邦暦 | 家持 年齢 | 事暦 | 関連事項 |
|---|---|---|---|---|
| 718 | 養老2年 | 1 | 平城京(佐保の里) | 父中納言旅人 |
| 728 | 神亀5年 | 11 | 太宰府へ同行 | 父旅人太宰府赴任 |
| 732 | 天平4年 | 15 | 初作(鶯・雉の歌) | 山上憶良没 |
| 734 | 天平6年 | 17 | 内舎人(自進出身) | |
| 740 | 天平12年 | 23 | 行宮での詠 | 東国行幸に従駕 |
| 745 | 天平17年 | 28 | 「万葉集」 第一部編纂 | 紫香楽京遷都 平城京還都 |
| 746 | 天平18年 | 29 | 越中国守 | 弟書持没 |
| 752 | 天平勝宝4年 | 35 | 橘諸兄宅宴歌 | 大仏開眼供養 |
| 754 | 天平勝宝6年 | 37 | 兵部少輔 | 遣唐副使大伴古麻呂、 僧鑑真を伴って帰朝 |
| 756 | 天平勝宝8年 | 39 | 難波行幸に従駕 | 大伴古慈悲・ 淡海三船事件 |
| 758 | 天平宝字2年 | 41 | 因幡守に左遷 | 橘奈良麻呂の変 |
| 764 | 天平宝字8年 | 47 | 薩摩守に左遷 | 恵美押勝 (藤原仲麻呂)の変 |
| 767 | 神護景雲元年 | 50 | 太宰少弐 | |
| 774 | 宝亀5年 | 57 | 相模守兼上総守 | 万葉集編纂 仕上げ作業に関与 |
| 776 | 宝亀7年 | 59 | 伊勢守 | 同 上 |
| 780 | 宝亀11年 | 63 | 参議兼右大弁 | 同 上 |
| 782 | 延暦元年 | 65 | 陸奥按察使鎮守将軍 | |
| 784 | 延暦3年 | 67 | 時節征東将軍 | |
| 785 | 延暦4年 | 68 | 多賀城で没。 | 藤原種継没 |
参考メモ・その2 万葉集の部立と歌数
| 部区分 | 巻番号 | 部立 | 長 歌 | 短 歌 | その他 | 合 計 | 家持歌 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 第一部 | 1 | 雑歌 | 16 | 68 | 0 | 84 | 0 |
| 2 | 相聞・挽歌 | 19 | 131 | 0 | 150 | 0 | |
| 3 | 雑歌。譬喩歌・挽歌 | 23 | 229 | 0 | 252 | 21(長歌3) | |
| 4 | 相聞 | 7 | 301 | 0 | 309 | 61(長歌0) | |
| 5 | 雑歌 | 10 | 104 | 0 | 114 | 0 | |
| 6 | 雑歌 | 27 | 132 | 1 | 160 | 9(長歌0) | |
| 7 | 雑歌 | 0 | 324 | 26 | 350 | 0 | |
| 第二部 | 8 | 四季の雑歌・相聞 | 6 | 235 | 5 | 246 | 51(長歌2) |
| 9 | 雑歌・相聞・挽歌 | 22 | 125 | 1 | 148 | 0 | |
| 10 | 四季の雑歌・相聞 | 3 | 532 | 4 | 539 | 0 | |
| 11 | (*1) | 0 | 480 | 17 | 497 | 0 | |
| 12 | (*2) | 0 | 383 | 0 | 383 | 0 | |
| 13 | (*3) | 66 | 60 | 1 | 127 | 0 | |
| 14 | (*4) | 0 | 238 | 0 | 238 | 0 | |
| 15 | なし | 5 | 200 | 3 | 208 | 0 | |
| 16 | 有由縁併雑歌 | 8 | 92 | 4 | 104 | 2(長歌0) | |
| 第三部 | 17 | なし | 14 | 127 | 1 | 142 | 80(長歌9) |
| 18 | なし | 10 | 97 | 0 | 107 | 69(長歌10) | |
| 19 | なし | 23 | 131 | 0 | 154 | 104(長歌17) | |
| 20 | なし | 6 | 218 | 0 | 224 | 78(長歌5) | |
| 合計 | 20 | ーーー | 265 | 4207 | 64 | 4536 | 479(長歌46) |
(部立)(注1)旋頭歌・正述心緒・寄物陳思・問答・譬喩 (注2)正述心緒・寄物陳思・問答・羇旅発思・悲別歌 (注3)雑歌・相聞・問答・譬喩歌・挽歌 (注4)東歌・相聞・譬喩歌・雑歌・防人歌・挽歌