
五山送り火 2004.8.15.
閉店作業のために外に出していた機械を撤収しはじめたとき、通りでやたらと声を出している少年がいた。もう日付が替わり、酒気を帯びた人影ばかりが目に入るようになっていたので、声をかけないわけにはいかなかった。少年は知能障害者だった。しきりに股間を掻き、歯糞を照ら照らさせ、ネバネバはどこへいったのか訊ね、交番は何時まであいているのか訊ねた。
交番の場所を教え、帰るように忠告するまでを行うと、我々は少年が尚も英雄的行為であらゆる通行人に声をかけるのを観察するしかなくなった。笑い話にしようとして、いくらか成功し、いくらかは失敗した。
「明日、帰らはるやろ」と同僚は東の山を指差した。
「ご、ご先祖様!」と笑った。
恐らく、少年の行方を捜し心配しているヒトがいるだろう。そう、想像することはこの夜に課せられたことのように。
A conversation
with her on the Peace? 保坂和志『カンバセーション・ピース』 2004.7.29.
この小説があまりにも面白すぎるので困った。
少し興奮してます。
僕らは生活(で交わされる会話や物事)を重ねる中で何かしら考えたり思ったりすることを続けていくのだけれど、それでも非日常の出来事に直面したりした稀な体験に比べれば注目度が低かったりしますよね。たとえば、赤の他人事にしても、大きな出来事は簡単でわかりやすく、興奮しちゃいます。興奮できますよね。わかりやすいから。
だから、わかりやすいということは本当にとても大切なことで、私事ですが、私はそれがわかるのに一年半もUFOキャッチャーの前で汗を流し続けなければならなかったりしました。
ならば、生活で交わされる会話を重ねる中で何かしら考えたり思ったりすることをわかりやすく伝えていくとそれが重なっていって考えたり思ったりすることを僕らも考えたり思ったりするようになるんです。するとですね。リアルなことなのですが、物事ってのは自分で見つけ出そうという意思があればヒントや暗示や答えがバラバラに散らばっていたりするわけです。ドキドキですよね。いつでも、どこにでも、です。
はい。これがこの小説の基本的な攻撃力です。バンタム級です。
そして、保坂和志は哲学から科学からと反則技を数多く持っています。防ぎようがありません。
戦えますか? 戦いましょう!
この小説は、考え続けること自体を重ねる外側にある――のかもしれません
さて、考え続けることはチャンスをつかむチャンスに廻りあえる。
そう信じて月日を重ねてゆくしかないですね。
だから僕は口笛吹いてびっこを引き引き散歩をします。
――猫は猫そのもの、メタファーなし、だとしてだ。猫はそうは思ってないのかもしれない。猫はにゃあと「吾輩は猫であるにゃあ、小説なんて読めねぇにゃあ」と言っているかもしれない。保坂は書きそびれただけかも。
と考えながら。
源ちゃんの三部作はいいよ 高橋源一郎『ジョン・レノン対火星人』 2004.7.8.
古本屋が立ち並ぶ碁盤の目の街を一冊の本を探して歩くのは、
「…オックウ、そのもの。」
しかも値の張るような骨董本などの代物ではなく、ちょっとだけ古いという文庫本。
五、六年か、十年前までとは絶対にいかない、そこらへん前の本なんですけども…はあ…。
「…そうですか。ありませんか。すいません。ありがとうございます。」
中途半端な古さを持つ出版物が二十年や三十年前のそれより、とても手に入りにくいという事を私はこの本で初めて知ることになった。できれば知りたくなかったのだけれども。できれば古本屋の店員がもっと親切であればよかったのだけれども。
されど、あの日の会話は忘れまじ
「源ちゃんの三部作はいいよ。俺、あれがなかったら文学なんか気にかけなかったもん」
「三部作? 高橋源一郎に三部作なんかあんの?」
「あるよ」
「?」
「『さようなら、ギャングたち』『ジョン・レノン対火星人』『虹の彼方に』」
高橋源一郎の三部作。
「マジでいいよ。この三部作は」
かくして京都に見切りをつけ大阪まで足を伸ばす古本屋遠征は、三度にわたり徒労に終わり、そのつど、ギャラリーフェイクやゴルゴ13といった買わなくてもいいような古本を部屋に持ち帰るハメになる。
遠征にかかる費用と労力にため息。
乾杯、ため息。
源ちゃんの三部作。
もうお前なんか勝手にしやがれ。
ため息、乾杯。
そうして私は目の前に迫り来るアルコールの誘惑に忙しくなった。
もう五年も前の話だ。
その後、『さようなら、ギャングたち』を近所の古本屋で見つけ『虹の彼方に』を見つけ、その都度、まるで背中のイボみたいに『ジョン・レノン対火星人』を思い出しては忘れた。
――「文学」など一かけらもない
五十代になった高橋源一郎は解かり易そうにのたまうのだった。
「はぁ。やっと見つけた。」
ため息づいて講談社文芸文庫の新刊を手にする私
を私は想像だにしなかった。
彼の謂う「文学」は時代精神なんじゃないかと近頃考える。
『ジョン・レノン対火星人』は、いとしい不安定に満ちている。
才気の走らせる小説(に限らない)は未開の地を切り裂くようにスリリングだ。
駆け抜けるようにではなく訪れるかのように。
海上36000km 幸村誠「プラテネス」 2004.5.1.
もう宇宙はSFなしに描けるようになったんだね。と、友人はココアをすすりながら言ったのに、「この漫画、二巻ぐらいから宮沢賢治を引用してるんですよ」と応じる。
それは、それは…と友人はしばし考え、
「負けてないんだね?」
「負けてないと思います。」
「嬉しそうだな」
「嬉しくありませんか?」
グラフィックサイエンスマガジン 追悼・竹内均 2004.4.30.
四月二十日、竹内均が逝った。
と報道が流れた。
書店に行き、あまり信じられないような気分でその報道を確認するような資料を探す私がいた。
『NEWTON』の紙面には若かりし日の竹内均編集長の写真が載っている。
「私」は
「ありがとうございました。」と云うと
「四月二十日、八十三で亡くなった竹内均」は
「ありがとう。」とニヤリと笑った。
「でも悲しいです。」
「そうかな、私はそんなに悲しくはないですよ」
「では…。私など(一度の面識もなく、また生前一度もファンらしい態度もとったこともなかったような若造)が悲しんじゃったりしてもいいんでしょうか?」
「四月二十日、八十三で亡くなった竹内均」は勝者の笑みともいうべき顔でニヤリとして見せた。
私は一時の気分で流れた涙を吹いてぽつねんとしてると不意に口笛を吹いた。
グラフィックサイエンスマガジンなんて、
なんて、なんて、サイケなんだ。
伏兵 2002.10.4.
ますます加速していく報道番組の不真面目さに食中たり気味だったんだけど、ビリー・ブランチのCDジャケットを渡してくれながら、お店のにいちゃんが「ほとんどテレビ見ぃへんな」と(先程の会話の続きに)応えて言ってくれたので、そうか、そうだね、その方がいいのかもしれないね、と正直に思って私は耳を澄ましました。
でも、結局なところ、ニュース情報は手に入れた方がいいんで、今日もポチポチとチャンネルを変えて眺めてゆくのです。
そうして、捜し物は見つかったりします。
「手話ニュース845」
こんな真摯な報道番組を今までどうして見過ごしてしまっていたのか――言い訳さえ恥ずかしくなりますわ。
詳しく、分かり易く、親切な報道。その華やかさの欠ける簡素なスタジオ風景が「この番組は内容を重視してますから」とでも言うように、いやぁ、まるで誰かさんの生真面目な風体をあらわすように映っちゃってますわ。
でも、静かに番組の放送を見つめていると、今のこのややこしい世界情勢を説明するのにとても懸命な姿が、伝わってくる。注意深く見ると、もっと伝わってくる。そうすると。そうか、これは最前線なんだ。と思いあたるはず。
手話というファクターによって、視聴者に対して、つまり受け手に対して、彼らの役割は他の報道番組とは一別した切実なものにまでなったのでしょうか。受け手の人数の大小ではなく、受け手の状況に対して応えるというカタチで、それは修練されているものなのでしょう。そして、この切実さに懸命に対処している姿を、私たちは懸命に見ることができます。私たちもやはり最前線にいるのだから、切実なのです。忘れてた。
どこの国から 2002.9.7.
ON>(音声・田中邦衛)
「先生(倉本聰)に聞いちゃいませんが、結婚からはじまって結婚で終わる、と言うのか…でしか、終われなかったと思いますよ。家族というのは、多くはやっぱりそこからはじまっていると思いますし、そう思ってもいいんじゃないかな。自然やヒトの営みというのは遠くから見れば、やっぱりサイクルだと思いますね。多くのヒトが死んだりいなくなったりしましたが、それでも繋がっている足跡は雪の上に残ったりします。もちろん、深く長く降り続く雪はそれをすぐにでも消し去ってしまうのですが、春はまた必ずくる、ということも確かなのかな」
「あ、いや、ほとんど省みられないことだと思いますよ。ヒトが演じる役柄のなかに確かにあの厳しい自然と強烈に共鳴しているものがあったとは思いますが、あの北国の風景の絵が実際にどれほど役者であったかは、見て取れるものでしょう。カメラは実際にあるものを写し出すものですが、まったく違うものも産み出すこともできます。それは救いだと思いますね」
「はい。私もそう捉えましたよ。金という問題が心にどういう作用をもたらすのか、それが今すべてにリアルな繋がりを持っていますから」
「ちょっと、違いますね。私は、誰がどうしていようと、どう考えていようと、泣いてしまうことはあると思います。感動したから涙が溢れる、というだけじゃなくてですね、もっと単純に、泣いているヒトを見ていたらもらい泣きしてしまった、というのがとても大切じゃないかと、ずいぶん前から思っているんですよ。うんと長いあいだ泣けなかったヒトが隣にいた奥さんか恋人かが思いっきり泣いてくれてて自然と泣けたというお手紙をもらったことがあるんですが、それがとても印象に残っていまして、私が役者ですからでしょうか、難しいことを言っているわけじゃないんですが、それって、目から鱗が落ちたような、うーん、なんと言ったらいいのか、涙を流すというのは今まで考えていたことよりもう少し広い、そんな気がして」
OFF>(テーマ曲・ON)
んだとこら 2002.6.9.
「詩」と聞いて、だいたい想像するイメージは抒情詩で、しかもギョウカイ側でもそれが実際に正統だったりする。メジャーってヤツだ。
んでだな、これは完全に「わたくし(私)の感情の表白」っていうヤツだ。だまされるな、全部それだ。
したがってだな、基本的な感覚をもっている人間ならな、何百ページとかになる「詩」の本なんてゼッタイ最後まで読めるねぇんだよ。
いや、マジで。他人様がどうこう思おうがオレが知ったこっちゃねぇだろ、フツー。おいおい、ストーキングが趣味とか言うなよ、マジ。
んでよ、例え話をするとしてよ。そ、例えばのお話をするとよ。オメェが人生なんてものに辟易してよマジで彼女が親友に寝取られたりとか母親が実はバァサンだったりとか三十年勤めた会社が負債で潰れたりとかしてよマジblueになってよああもう改宗したりとかするようによクソ生真面目に詩なんてものを読んじまってjesusにもハマったりしちまったとしてよ、そう、例えばの話だって言ってんだろタコ。
んで、その読んじまった詩の善し悪しってのが気になりだしたとする。まだ例え話の続きだってコラ。
お。そそ。わかってきたじゃねぇかオメェは。そう、つまり価値基準がどんなかってヤツが気になりだしたってわけだ、その詩の、な。
んで、そこで「岡井隆」が言うにはな…ああ?…知らねぇ? んじゃ、どっかのオピニオンリーダーが言うにはだな。うるせぇぞコラ。オピニオンリーダーってのは召還魔法で生け贄三体消費して出現させる“キラ”カードキャラみたいなもんだ。ああ、そう、結構強いってわけよ。
んでそいつが言うには、「作者の体験した諸事情がいかに迫真性をおびて表現されているか」っていうのが評価の基準になるって言うのよ。
おおっと、オメェはインテリだな。それそれ、私(わたくし)性ってヤツ。つまりだレコードプレイヤーとかの、ダゴうんちくだと、高忠実度(Hi,Fi)ってのが基準になるってヤツさ。んで誰だオメェ、ま、いっか。
それでだな、実際にはだな、その忠実ってのがクセモンでよ。実はだな、その詩に書かれてるのがまるっきしほっとんどがウソなんだってことが本当だったりするんだなコイツが。ああ? 訳わからんだと最後まで話を聞けよイッパンジンとして。
てめぇ、人間様が正直に何百ページ分も詩なんかが書けると本気で思うのか、フツー。
つまりだな、大概はみんな本当のことのように見えるように巧いウソついて詩書いたってわけよ。そうしなきゃ金にならんだろ。んで、ウソがどれだけ巧くつけるかっていうのが凄さの基準なわけだ。ウソの品評会ってわけだな、つまり。これイッパンジョウシキよわかってる?
アホ。良いわきゃねぇだろ。ウソつきは針千本飲まされるだろうがトグログソ。
ああ、だからオレが嘘つきだって? おいおい、オレがいつウソついた? オレは正直だ、オレとオマエとの中でなんでウソなんかつくかよ。オレはオメェのユニホーム借りるときに「ちゃんと返す」ってちゃんと言っただろうが。ちゃんと返しているだろこんな風にちゃんと。なんで泣く。泣くなボケ。破れ、聞こえねぇなタコ。ビール臭い、なんだそりゃ、ウソなんて何も付いてねぇだろコラ。ユニホーム交換するのがジョーシキだろワールドカップなんだから。
ああ、なんだオメェさっきから。部外者だろが、かんけぇねぇだろ、何、純文学? Oh,my goddess。んなもん、一緒だろコウジエンニヨレバ。
ああ、オレが嘘つきだって? なに言ってんの、例え話っていっただろ、さっきちゃんと。
あ、バカ。怒んな。怒んなよ、オメェ強いんだから。強いんだから怒んな。怒んなくてもいいだろ、ちゃんと。
It was like so,but wasn't 2002.5.14.
――言ってみればこんな話だが、本当はそうじゃない。
しかし、それでも私たち兄弟はお話を聞かせてもらいたくて駄々をこねるのだった。駄々をこねられるととても困るのを私たち姉妹は殊の外よく知っていたのだ。
――ながながと溶け溜まりしもにおい無いミシガンの風街の奥まで
――まだ高い方だと言いし少年はコカイン5$ナイフで稼ぐ
――街の灯のトークトークに蟻に似たすべてが動く地平が見える
――金で買う自由の他に何もない世界で光るコインと紙幣
――労働が夕陽に負けて.com電車の中の空腹調べ
私たちがキョトンとしているところに、にんまり笑って、画用紙をもってきて、ペンのふたをおもむろに取って、サラサラとお絵かきを始めたのです。私たちはそれをジーッと見守りました。見守っているとドキドキしてきちゃいました。
マンガの言葉 2002.2.某日.
この日はバイトが休みで、なんの予定もはいっていない晴れの日だったはず。だけれど、窓側に置かれたパソコンのディスプレイにうっすらと霜のようなものが掛かっているのが見つかった朝だった。寒さに耐えきれなくなってコートを着込んだままにお蒲団に入っていたのだけれど、腰がすごく痛くなってて、なんか顔の表面がリノリウムにでもなったような不自然さを感じるようにもなっていたので、「取り敢えず、避難勧告かな」と私は私に言った。そうしないと読みかけのガルシア=マルケスの横でこの日もガタガタと震えて過ごさなければならなかっただろうから。ほんとに部屋から「歩いて五分」のところにバッティングセンターがあって、その地下にマンガ喫茶があった。一日通し券が980円で、営業時間は午前十一時から午前六時半まで。ほんとうに石油ストーブはあったかいのだ。吐く息が透明になり、コートを脱いでもぜんぜん平気だった。あったかいんだよ――並んでいるパイプ椅子の背もたれも、白い机の表面も、奥にある仮眠用のベットのシーツも。そのベットに横になって私はしばらくじっとしてて、ゆっくりと本棚を物色して再び横になって『天』を最初から読み始め、この博打漫画として勇敢にも安楽死へ切り込んでいく潔さを見出して、やっぱり感心したりした。ほんとに石油ストーブはあったかいんだよ。ほんとさ。だって、このあったかさがあったから、『天』を全部棚に返した後、奥の少年ジャンプの本棚の前まで平気で歩いていけたし、二十二巻もある『ONE PIECE』を全部ベットの上までもってくることができたんだから。黄金期の週刊少年ジャンプに完全に負荷される世代のくせに近頃の彼らの活動を無視し続けたのは、ある時期から読むべき作品が彼らの中になくなってしまったからだ。けれど、どんなに劣悪な環境に彼らが陥ろうと関係を一方的に絶ってしまった過ちは私の方にある。
この過ちをどうして犯してしまうのだろうか。どうして完璧な不毛だけをまねくこの溝をつくってしまうのか。ヤブ医者・Dr.ヒルルクはそれに言うのだ「…だが恨むなよ人間を。この国は今”病気”なんだ。国民もそう、王も政府もそうだ」と。
『ONE PIECE』の描く涙はあまりにも力強い。『ONE PIECE』は涙を描くマンガなのだ。確かに涙は人の持つなによりの宝となりえる。そして、それを笑う者はあまりにも笑う意味を知らないさ過ぎる。我々は笑いすぎるのだ。石油ストーブのあったかさに包まれながら、Dr.ヒルルクの死に「だァー」と大粒の泪を流し、そのまま眠りについた私は、閉店を告げる店員に起こされた後、この日テレビをまったく見なかったということに気が付いたのだった。
バイトの言葉 2002.1.某日.
叡山の鐘の音が聞こえてきたので午前四時ぐらいだろうなぁと思って、寝付けない、特に寝ても二時間ほどで目が覚めてしまう異常に少し焦ってきた。窓をしっかり閉めてお蒲団に丸まっているのに吐く息が白い。指先が重く鈍くて、「くぅ」と溜め息をついてたぐり寄せた足の指もそんな感じだったので手の平で擦ってあっためようにも言葉が出てしまう…「まいったね。こりゃ」 次の日もバイトだった。行かないわけにはいかないので――今月は大丈夫でも来月に餓死することになるので――行かないわけにはいかないので、私はカウンターの前に立っていた。お客様がなにか喋っていたのだけれど、それがひどく「どうでもいいこと」で、でもそんな「どうでもいいこと」なのに私はぜんぜん軽蔑とか侮蔑とかの感情がわかなくって、ふと「あっ、この感じはいい」と思ってグラスを拭いていたりした。誰だって他人を評価、採点、判断したくはないもんだ。誰だって軽蔑したりとか妬んだりとか、したくないもんだ。いつも感情がその邪魔をしたりするんだけれど、このとき私はそんなの「どうでもよかった」ので、まったく理想とする心境に浮かんで「そうですか、そいつはすごいですね」と言っていた。でもそれがひどく浮世離れしすぎていることを知っていたので私は頭を振って「ああ、駄目駄目こんなん。戻らねば戻らねば」と思って、ちょっと笑っちゃったのだったけれど、これは少し怖いな。自転車で走る帰り道があんまりにも長いので、このまま舞鶴の港まで行きそうで、「星間トンネルまで行きそうで」と呟いて青になった信号を渡ったりすると、ようやく我が根城に辿り着く。と、自転車を降りて一息吐いたその息が隅から隅まで真っ白で、おもしろくなって長あく息を吐いて長あく息を吐いて、咳き込んだ。テレビを付けてお蒲団にくるまってでもニュースを見ようと思ったのだけれど、ニュースのことなど何も覚えていなかった。体温計というものがこの部屋にあったなら、ぜひ計ってみたかったのだけれど、気がつけばそこら辺に気の利いた物は何一つなかったりするのさ。ぜんぜんお腹も減らないので買ってきていたウエダーインをちゅるちゅると飲んだ。おいしい。おいしさはほんとにこの世界に残された数少ない「幸せ」なようだった。
スタンダード 2001.12.20.
ヘッセ ブッダ、メルヒェン以外、すべて
カフカ 変身
ルソー 孤独な散歩者の夢想
スタンダール 赤と黒
ヤリメ カルメン
ランボオ 地獄の季節
コクトー 恐るべき子供たち
ドストエフスキー カラマーゾフの兄弟
三国誠広 僕って何
中上健次 枯木灘 重力の都
芥川龍之介 南京の基督
谷崎潤一郎 猫と正造と二人のおんな、少将滋幹の母
太宰治 斜陽
井上靖 敦煌、ラン(漢字がでねぇ)
村上龍 コインロッカー・ベービーズ
比留間比佐夫 YES.YES.YES.
三島由紀夫 金閣寺、不道徳教育論
安部公房 箱男、ユープケッチャ
大江健三郎 飼育
サキ 短編集
ヴァンダイン 僧正殺人事件
ラディゲ ドルジュル伯の舞踏会
サガン 悲しみよこんにちは
ジャン・フィリップ トゥーサン、ムッシュー、カメラ
遠藤周作 沈黙、嵐が丘
灰谷健二郎 悪の娘、太陽の子、我利馬の船出
宮沢賢治 グスコーブドリ伝記
西村寿行 秋リン(漢字がでねぇ)
スタインペック 二十日鼠と人間
A.クリスティー 二十四羽の里つぐみ
さぎされめぐむ スタイリッシュキッズ
読書の大先輩から三年前にこのリストをもらったのだけれど、
ぜんぜんスタンダードじゃない! ということに書いていて気がつきました。
私は三年かけても二割ほど取りこぼしています、絶版がなによりも致し難い。
ちなみに、ぜんぜんスタンダードじゃない! 友田南は、
猫田道子 うわさのベーコン
筒井康隆 虚構船団、残像に口紅を、文学部唯野教授
中原昌也 子猫が読む乱暴者日記
本多勝一 カナダ=エスキモー
住井すゑ 橋のない川以外
ジョン・バース 船乗りサムボディ最後の船旅、レターズ
トマス・ピンチョン V.、重力の虹、ヴァインランド
クンデラ 存在の絶えられない軽さなど気力の続く限り
高橋源一郎 手に入れられるだけ
リチャード・パワーズ 舞踏会へ向かう三人の農夫ってガラティア2.2はまだかい!
ふうふう…はい、すいません。これらをスタンダードに組み込みたい気持ちがあります。
いくら挙げようと、漱石、鴎外などの教養と見なされる作品群がないことは非礼だと言わねばなりますまい。しかし、私はここでこんなにもスタンダードといわれるものを規定するだけでも骨が折れることを知り、やがて気がつくのです。
読んでるヤツは読んでいる、読んでないヤツは読めるもんじゃない。
音楽でも世代が違うとまったく分からないミュージシャンの名前に行き当たりますよね。それもあります。
しかしなにより、本一冊を読むって三時間〜三十時間はかかる。それをこれだけ題名をあげてうんうん言っているとなると、マクロ化している…とただ呆然と眺めやることになりますわ、やはり。
全部、読み尽くしたい、つまり征服したいと思うからなのでしょうか。たしかに野心はどこかで灯っています。でも、どこかで何か違うだろうなぁって思っている。映画『ニューシネマパラダイス』で私が泣けるのは最後の遺品のフィルムを見るシーンだけなのです。キスシーンだけただ繋げられたあのシーンを見るとなぜか大粒の泪がぼとぼとと流れ落ちます。
まぁ、なんと、言うか…なんて、言えばいいのか…豊かな読書でありますように。
確率の世界では 2001.12.15.
確率の世界では……
同じ状態のもとで繰り返し行うことができてその結果が偶然に支配される実験や観察などを「試行」と言い、
「試行」の結果として起こる事柄を「事象」と呼ぶ。
また、ある「試行」の起こりうるすべての集合をその[試行の標本空間]、又は、[全事象]と呼ぶ。
……という解説文に、数Tをほとんど忘れ去っていた私は、ついつい興奮。
両手をこすりこすり。試行しましょうか?
>「試行」→「犬または猫など」
「事象」→「牛または豚など」
>「試行」→「商品」
「事象」→「貨幣」
>「試行」→「子供」
「事象」→「親」
ちなみに、こんな風に言葉をずらして楽しむ様式をアナグラム【anagram】って言いますよ〜
ゴルコンダに届く 2001.12.13.
忙しくはなかったのだけれども、どうしてこんなに時間が掛かったのかなぁ。
別に反省の気持ちは湧かないけれど、「おまたせしました」と静かに発音します。
お元気でしたか?
私はあんまり元気じゃなかったような気がします。
けれど、どうにか今、帰ってきたような実感がしていますよ。
この年が終わらない内に、すべてUPする予定です。
ただいま。
ダメだね。 2001.10.18.
「私は自分自身で逃げていたことを認めなければならない。なぜならば、ここ三ヶ月あまりの間、私はこのサイトから逃げていたのだから。小説を書こうと思い立つ瞬間というものは、私の中で今まで五回だけしか経験していない。だから、その小説すべてでそれぞれまったく違った思い立つ瞬間を経験している。だから、私はそれに特別の意味を持たせようとすることはしないでおこうと思うもので、今の小説にしても、そのきっかけと謂える瞬間に、私はこだわりたくなかった。だけれども、どう見ても私は拘ってしまったのだと、いま思い立つものなのです。なぜ、このサイトから(実はパワーズ・ウェブという別サイトの運営からも)逃げる必要があったのか? 私は『言い訳』を綿棒の先に耳糞と共にくっつけ、ゴミ箱に放り込みながら考えました。只今、午前五時三分。エズラのロックを二杯飲んで、すこしだけ酔っている気がする。窓の外にスズメのカラスの鳴き声が聞こえている。この寒さの中、彼らの声は場違いのように響くのだ。なぜに逃げなければならなかったのだろう。僕はこの文章をパソコンを前にキーボードを弾きながら書いている。なぜ、こんなに便利にも書けるのだろう―――それが、不思議だった。どうして書けるのだろう。…重傷なのだろうか。一太郎を立ち上げ、今まで書いた文章を読んでみる。しかし、耐えきれなくなる。どうしたんだ。私はそうして、キーボードをディスプレイの上に乗せ、鉛筆を握る。ダンボール箱の奥底にしまってあった原稿用紙をひっぱりだす。まずは、今まで書いたものを書き写した。そして、その作業の間にすでに違うものが伝わってきていた。どこから? …わかるものか。二十四歳なのだ、ただ何の知識もない若造なのだ。なにがどうなっているから、そうなったのかなんて、どうして、どうしてわかんねぇんだ。怒りが全身を包み込む。どうしてなのだ。なんで、なんだ。鉛筆を進ませ、自分の汚い字が汚い自分と重なっていくことがわかってくる。便利な作品。便利な思想。便利な感情。便利な世界。便器にみんな流れ込んでいく。我々はただこうして息をしている。こうして感情だけの駄文の中に自分が矮小化され、一人でいることだけで約束された安全に漂う。ただ…だけしか残されていないではないか。…は卑怯だ。なんで、こんなにも私の中には…は多いのだろう。浮き彫りなんかするんじゃない。高橋源一郎『ゴーストバスターズ』は過去に取り憑かれたんじゃないんだ。未来に取り憑かれたんだ。やがて、諦めるということを、諦めるという正常な判断だけに、私は辿り着く。」
「ダメだね。」
シェイクスピア 2001.9.1.
今世紀に入ってからのシェイクスピア批評は、おおむねブラッドレーA.C.Bradley 的な人生批評、 すなわち、劇の登場人物の性格等を日常的な実際人として批評する方法に対する修正、あるいは反対の方向に進んできた―――らしい。これは、「シェイクスピアの目を通して人生を見ることは、人生のすべてを見ることである」というジョン・ウエインの言葉を皮肉ったんじゃねぇのって印象も受けるけれど、シェイクスピアを巡る一大コミニティーは知れば知るほど笑えてくる「底なしの充実度」を誇っているので、ここで付け焼き刃の言及をするってのは墓穴を掘ってねホリ・ススムくんって状態になっちゃいますので遠慮することにしやしょう。んなのに、なんでここでシェイクスピアなんて持ち出してくるのかと言うと、実は、この二ヶ月間ほどで小泉純一郎関係に向けた批判文がわんさか出来ちまって、ほわた!とでも叫ばなければやってられなくなってしまったからなのですわ。それらをくどくど言うのもなんですし、ここで…田中真紀子はうちのお袋にそっくし…とは言いますまい…。
T・S・エリオットがシェイクスピアを指摘したものに「シェイクスピアの本当にすぐれたレトリックは作中人物が自分自身を劇的な光で見るといふ状況において現れる」といったものがあります。ハムレットの父は登場と同時に「おお、赤子は泣きながら生まれてくる」と見事にキメて出てきます。私にはこのキメた恰好が、どうしても福田康夫氏(官房長官)が喋っているのを見る時に頭をよぎってしまいます。そして、小泉純一郎氏(内閣総理大臣)がマイクを向けられて神妙な顔を作る瞬間にも。田中真紀子氏(外務大臣)が疲れちゃったのって愚痴をこぼすのにも。
私は、上に挙げたようなジョン・ウエインの言い様は好きなんです。シェイクスピアがすべてって訳じゃないってことは当たり前じゃないですか、それを大袈裟に嘘ぶいてみせるっていうのは、当にシェイクスピアの劇中人物を演じているようにキマっていて、面白い。株は下がるし、失業者は絶えないし、離婚は増えるし、地震は起こるし…皆さん大変でしょうが、取り敢えず、ワイドショウをつけてシェイクスピアを見るように楽しみませんか?
タップ 2001.8.31.
寒さを覚えて、目が覚めると、まだ外は暗かった。
顔を洗いに洗面台までとぼとぼと行くと、窓の外には薄桃色に朝焼けした鰯雲が広がっていた。
それがあまりに綺麗すぎたので、私はそこからしばらく離れられなかった。こんな時、いつ背を向けたらいいのだろう。背を向けた瞬間、言い様のない後悔の念が湧いてくるものを、どうしたら回避できるのだろうか。
少年のわが夏逝けりあこがれしゆえに怖れし海を見ぬまに
とうとう夏も逝ってしまったかなぁ。とうとう海に行かずじまいだったなぁ。
歴史教科書問題 2001.7.8.
「歴史教科書問題」の記事を目にすると私は暗い気持ちになってしまう。私は、従軍慰安婦を事実と立証する難しさとか、国家が他国の教育書に介入するということの不当性とか、世界史教科書が複数出版されることの有益無益とかいうものをくどくどと説明する記事にはうんざりしてしまうのだ。こういうのばっかりだと、不遜の身ながら勘ぐってしまう。もしかしたら、こういう記事を書いている人は、「歴史書」と「歴史教科書」の決定的な違い、いや、「歴史というものの本質」というものを無視しているんじゃないか?
歴史にとって、正しいのか悪いのかというカテゴリーは存在しない。歴史が対象とするのは、過去にすでに起こったことで、そこにあるのはただの事実だけであるのだ。だから、究極のところ、本当に優れた歴史教科書が作成されたところで政治的見解においてそれは落第点を叩き出すものにしかならないものだろう。だから、本当に歴史を学ぼうとおもう者は歴史教科書なんかあてにしやしない。いや、あてにしてはならないのだ。なぜなら、歴史的情報は常に偽造され続けたものであり、歴史学者はまず生徒に史料を「疑うこと」から教えるものであったりするのだから。
そもそも、古来から伝わる史料というものは実はそのほとんどがデマばっかりが成り立っていたりする。東方見聞録も立派な史料だがそれの記述がデマばっかということは有名だし、明治時代の歴史書でも徳川家康が日本の鎖国の元凶として非難され続けたりしている(鎖国は家光ですね、ちなみに)。そして、それらをまとめた現代の歴史書と言われるものはそのデマをデマとして説明し、歴史的真実を探求した書であったりする。それは事実を追求したものだから、ヒトラーだってスターリンだって無碍に非難したりしてはいない、明らかに政治的見解としては間違っているぐらいに。そういう歴史書はまさに汗牛充棟の歴史書を研究し、そしてそれらを疑うことから書かれたものだからだろう(でも、そんな優れた歴史書はほんと数えるほどぐらいしかないけどね)。そういう書と巡り会えたときに私ははじめて歴史の一端に触れられたと感じるのだが、それよりももっと強く感動するのは、そういうしっかりした書を書き下した著者の歴史に対する徹底した厳しさを覗き見たときだ。よく物知り顔のコメンテーターが「歴史を書くことによってすでにそれは歴史を偽るということになりますがね」と言ったりする。これはたしかに歴史というものの本質を言い得ているのだが、そのパラドクスを克服する唯一の武器は歴史に対する倫理感とそれを実行しようとする意志の力だと思う。それが唯一、歴史史料の知識を得たということで満足した瞬間から思考は停止するということを、拒否する。つまり、事実を正確に導き出す為に疑い続けるということ。そして、そういう姿勢は自ずと、事実はただ事実というだけであり、今現在の思想や主義などに安易に直結したりはしないという堅実な意見を紡ぎ出すものだ。その姿勢をもって書かれた歴史書は本当に素晴らしく、そして凄みがある。これは我々がいま生きるこの瞬間にも還元できる素晴らしい姿勢だと思う。なぜなら今現在もたらされる情報にしても怖ろしく正確性を欠いたものが行き交っているじゃないか。より多くの情報を収集して、それを疑うということ。事実は常に捏造される危険にさらされているということ。そこら辺が私が歴史学贔屓の由縁であったりする。ニュートン力学はいくつもの間違いを抱えていたものであるし、相対性理論だってそうだ。何かに安泰するのではなく、それをもう一つの視線で見つめてみる。そこから見える新たな光景が、常に一般人たる私らにも必要とされていると思う。
日本に限らず韓国、中国とも、儒教の影響の下にか、受験大国という共通項を持っている。だから今回の件のように、教科書を大変、重要視するのだろう。たしかに教科書を重要視することは正しい。ならば、その歴史教科書というもののあり方から、さらにもう一歩進めて、歴史学の恩恵を授かって欲しいと思う。今現在の他国の様子でも、一つの情報から判断するのではなく、可能な限りの情報を手に入れてから、さらにそれを疑い、真実を探り出す。そういう、骨の折れるが、堅実な方法を採用して欲しいものだ…と柄にもなく私は真剣な顔をして思う。だって、こういう記事はもう読みたくないんだ。ただでさえ酷い犯罪が多い今日この頃なのに。はぁ。
Operation Wandering Words 2001.6.19.
ひどく優雅で感傷的な文章。だから、非常に猜疑心を持って読んで貰わなくちゃいけない。あまり親しくない友人から甘い話を聞くときのように、または、90分の時間に押しつぶされそうな中で現代文の○×問題を解く時のように、読みながら「こいつはとんでもない」とつねに注意深くあらなくちゃならない。
私はこんどリチャード・パワーズというアメリカの作家の専門サイトを立ち上げようとしている。おそらく日本では初のことであろう。彼のデビューは1985年。日本では中曽根康弘第二次内閣、つくばで万博が開かれ、NTTとJTが発足され、日航機が御巣鷹山に墜落し520人が亡くなった1985年。今から十六年も前のことだ。私は正直、今まで彼のサイトが日本になかったことに驚かざるを得ない。さらに、柴田元幸の翻訳で「舞踏会へ向かう三人の農夫」が出版されたのが2000年の四月のこと。原文から…という至難さを解消された上にも、更に一年もの歳月が流れてしまっている。驚愕だ。時間は残酷だよ。我々は、一年もの間、リチャード・パワーズを放っておいてしまったのだろうか? 文学関係者のアクションは様々にも確認できるものだった。では、その反響とはいかがなものだったのだろう? 我々は、マスマーケットに促され右左へ流れる、うずたかく積まれた本たちを前に、ただ一冊のこの「舞踏会へ向かう三人の農夫」を奇跡的にも手にして、十数時間の読書の後に「面白くなかった」とでも言ったのだろうか?
私は、最初この「舞踏会へ向かう三人の農夫」を読んだ時のことを思い出してみる。正直なところ、数章読み上げた時、博識というにも桁外れなこの知識に、純粋な憧れを抱くだけのようだった。正直なところ、表現方法が様々にとって代わられる難解さには参っていたようでもある。だけれども、そこにはもう避けられない何かが私を襲っていた。物語はページをめくると共に進行する。思考は明晰さを増していく。アイロニーにギャグにアカデミズムに、私は間違いなく鍛えられていくことを実感していく。それはパワーズ本人の文章の上達さえもそこに連なっていることをも気が付かせはじめる。そして、信じられないことに事件はショッキングとは絶対に言い得ない、淡々さ、軽快さで続く。そして、終わるのだ。読み終わってしまうのだ。読後はそのショックで、私は丸二日、何も考えられなかった。よくこの本を読めて生きていてよかったなんて言う人がいるが、んな幸せな感想を述べられるほどこの丸二日は生やさしくはなかったことを思い出す。随分な宿題を背負わされた。それは未だに私は抱え込んだままであるが、いくらか整理ができた。私は必要に迫られたのだ。なんてこったい、なんちゅう本をこの男はオレによこしやがったんだ。「必要」なんて、価値評価とか感想うんぬんとかの問題じゃない。極私的なことじゃないか。私自身が、私自身を考えた時の言葉ではないか。
我々は、極私的に私が感じたことを共感することはない。私は私個人の元に生きているからだ。それは我々と同一であるはずがない。だからこそ、我々はパワーズの小説を経験主義的に見る試みをしなければならないのかもしれない。「彼の小説を読んだ。だからどうした?」その態度を崩してはいけないんじゃないだろうか。我々は大きな間違いを犯すのではないかと常に強迫観念に迫られている。冷静になればなるほど、今何をしなければならないのか…ミスを犯さないようにする事前の準備だ、ということに気が付くものだ。そして、そんな冷静さはバカンスを楽しむときに、今このバカンスを楽しまなければ損だ、と最悪なことを思わせたりする。だから、感情にウエイトを置くことを、感情のままに行動することを、我々は大切にしたいと思ったりもする。世界平和を本気で考えている夫を持つ妻の嘆き。我が儘に生きてふと帳尻を合わせたくて頭を丸めた尼僧の滑稽さ。我々は、今、目にするフィクションの世界に「狂ってしまえば楽じゃん」というものを明確にも嗅ぎ取っている。だけれども、それらのすべてを「些細なことさ」と言いたい欲望があるんじゃないだろうか? 死の感覚が生の中にあると気が付きたい欲求と同様に、それはあるんじゃないだろうか?
私は自分のクソ真面目に辟易しながら、知的ヒエラルキーのもう一つ上へ上へ進んでいきたい欲求に駆られ続けている。そして、その階段を進むごとにその最初の動機がてめぇの見栄を発端にしていることに気が付いていく。他人よりも偉くなりたいという見栄と同じ意味の見栄。すぐにジレンマは手ぐすね引いて待っていて、がっちりと私を掴む。そして、同じところをグルグルとループしている自分が見え始めた。我々もすべてが実に昨日と今日とのコピーを続けているように思い始めた。しかし、それは罠なのだ。現実はみごとに嘘をつく。計算だけでは決して現れない事実を隠している。現実はそれほどまでに複雑なのだ。我々には、私にも、常にあの何よりも捉えがたく、あまねく執拗に在りつづける、つねに外からの助けを必要としている、〈仲間(ジ・アザー・フェロー)〉がいるのだ。なにがしかの快楽で得られるであろう忘却の誘いを蹴っ飛ばし、新しい小道を見つけだせ。
秘密裏に 2001.6.4.
「舞踏会へ向かう三人の農夫」を書いた当時のパワーズは、ピンチョンの『Under the rose』が一番好きだったんじゃないんだろうか。と、第一次世界大戦へ向かうキッチュな『Under the rose』を読み返して思った。
ゴーストとは? 高橋源一郎「冒険小説ゴーストバスターズ」 2001.4.30.
高橋源一郎の十年ぶりの長編小説が出て、彼の連載する文学時評(ようするにエッセイ)などにもいろいろ熱のこもった話が展開していた。だが、それももう四年も前のことになる。タイムラグというか、時代遅れなのはお詫びいたします。どうも私の感じる時間と地球の自転公転周期とは随分とズレがあるみたいです。
さて、その文学時評の中で高橋源一郎は、
>結局のところ、ここ、六、七年ぼくはずっと、誰も書いたことのない、誰も思いつかなかった「ゴースト」を創り出そうと努めていたことになる。
と書いている。
じゃあ、ゴーストとは一体なんなのだろうか?
その一。ある友人はこう書き込んだ。
「エリクチュールに取り憑くんだよね、ゴーストって」
その二。ある友人はこう語った。
「ゴーストは死、もしくは負の感情ではないのかね」
その三。ある日、友田はこう書き付ける。
「ゴーストは理由さえなく消えていこうとしている想い出たちじゃないだろうか?」
その四。あるいはキミ自身の手によって
「ゴーストとは『 』だったんだ!」
答え一体どれなんでしょ? 366ページの読書の後、発見してください。
PS・わかったら、こっそり友田にも教えてくださいね。
言葉として HUMAN「MOONLIGHTSYNDROME」 2001.4.22.
好評を得たトワイライトシンドロームの次作。トワイライトシンドロームが愉しめる「恐怖」を売りにしたのに対し、ムーンライトシンドロームの中心は「狂気」という信じられないもの。女子高生・ミカを主人公として十篇のオムニバスからなる心霊現象怪奇現象と陰鬱な登場人物達に彩られた物語が過去と未来を交互に交錯させながら進展する。随所に組み込まれるCGアート、現代心理学・哲学・文学たちのテーゼ(主題)たちメタファー(隠喩)たち、詩情さえも織り込まれ朗読に揺り動かされる言葉そして言葉。内容はマインドコントロール化された少年少女たちが集団自殺していくのを止めるという安易なものなのに、ただそこに登場する人物の心理を積み重ねていくことによって加速し錯綜し最終的な「紛う事なき終わり」に到達するそのミニマミズムの大団円は、もはや芸術の壁を楽々と越えている。商業的にまったく不振だった。名作は決して売れることがない、そんな言葉なんて私はぜったいに使いたくない。
我々はゲーム批評というものを機会があったら是非とも知る必要があるのかもしれない。そうすると、このゲームが商業的に振るわなかった原因が「謎がほとんど解決されない話」「カタルシスを得られない話」だったからだ、として結構簡単に気が付ける。そして、私は提案したりする。ゲーム批評の基準なんてブタの飼料にしてしまいなさい。ゲームをゲームとして見る愚なんて犯してはいけない。
ここに登場し次々と失踪し死亡し消えていく数々の登場人物たちの言葉は、時にあまりに教養高く洗練され、時にこの時代にこの世代に没入し、過去と未来とを行き来して、その既知と未知に翻弄される内に大きな物語に飲み込まれ、また飲み込まれようともせず(!)バラバラになってしまう。虚構が、あまりにリアルな為にバラバラになってしまったのではないだろうか。いや、これはメッセージが虚構世界を浸食してしまったのだろう。主人公・ミカが「人って解らないよ、どうしてあんな風に考えられるのかな・・・」という呟き一つで、すでにブラウン管のこちら側にメッセージは届いてしまっているのだ。それは、今は十全と横たわる死体としての偉大なる時代精神(おそらく空気としてしか理解できそうもないものを感じ取れるということ)。
だからこのゲームは、時代に彷徨ってしまった心たちの囁きだ、と私は思う。
決して楽しむものじゃないし、何かしらの授業を受ける目的の様に何かの答えを教えてもらえるものでもない。敢えていうなら、これは問いを問い続ける言葉そのもの。あまりに不器用で不毛にさえみえるその姿に、席を立ち渾身の拍手で讃えたい。
それは、ラブ LOVE・de・LIC「MOON」 2001.4.21.
プレステのゲーム、LOVE・de・LICの「MOON」は、ある少年がフェイク・ムーンというRPGゲームを始めるところからはじまる。フェイク・ムーンはドラクエ1と同じ様なもの、ゆうしゃがモンスターを倒してレベルをあげ、最後にドラゴンを倒そうというもの。少年はそのゲームの最後の最後のところで突然母親に「ゲームなんてやめて、もう寝なさい!」と怒鳴られる。そして、しぶしぶゲーム終了。眠そうに眼を擦りながらテレビの前を去ろうとする少年。と、そこで、消したはずのテレビが突然光りだし、なんと少年はテレビのなかに吸い込まれてしまった。目覚めるとそこは「MOON」の世界。ゆうしゃが殺したモンスターたちの彷徨える魂を救い、この世界の住人達の日常に隠されたラブを見つけ、最後には月にある光の扉をあける旅がそこから始まるのだった。
最高のゲームだった。
それは日本が世界でもっとも成熟させたゲーム文化の、その想い出に彩られた虹色の果実だった。
私は今までHUMANの「ムーンライトシンドローム」がゲーム・オブ・ゲームス、一番素晴らしいゲームだと言っていた。でも、これはそれをも歯牙にもかけず、気が付けばその遙か彼方を飛び越えてってしまった。でも、それはしょうがないことだったんだ。
これはね、テレビゲームそのものの、ひとつの時代に終わりを告げるゲームなんだから。
そして分岐点 2001.4..19.
今朝は目が覚めると素晴らしく陰鬱な気分だった。TVを点けて、飲みかけのペットボトルを口にすると、ぼーっと佇んだ。
陰惨な事件と陰険な世間と陰鬱な自分は、どことなくナイスなコントラストだ。だからだろうか、この日から何か違うことをはじめることにした。
考えていたことは沢山あった。だが大抵の考えていたこととは、実現させようとか具体的な努力目標とかにはならないものだ。ようするに考えていたことは沢山の想像力のカスみたいなもので、まさかこんなことでこれらが現実に消化されることになろうとは、沢山の考えていたこと共自身にも想像できなかったことだろう。ふっふっふっ、何事もあなどってはいけない。世界は可能性としてここに存在し、つまり、私は可能性に住む。そして分岐点、ここがね。
隣人なないさんに捧ぐ短編「むっく&ごんた」 2001.4.4.
某国国民放送の巨大なビルには幾つか俗称がついている廊下がある。例えばサーカスじみた企画モノを撮るスタジオの前の廊下を「びっくり」、報道デスク前はいつもADが全力疾走しているので「ダッシュ」、素人歌合戦の前の廊下は「花道」、囲碁将棋などの対戦がある特別スタジオの前を「名人街道」などである。その中でも誠に不思議な名前、「もじゃ」という俗称がついた廊下がある。
これはこのビルの五階の一番奥のスタジオへ続く廊下だった。そのスタジオではここ数十年来、不動の安定視聴率を誇る「お父さんと一緒」という子供むけ番組が撮影され続けているところだった。朝八時から九時までの一時間、毎週月曜から金曜まで、祝祭日関係なく、雨の日も風の日も、嵐の日も地震の日も、何事もなかったかのように撮影は続けられていた。時として皇帝閣下が崩御された時も放送され続けたというのだから、それはそれで凄まじい番組であった。
テレビが家庭に普及して半世紀余りが過ぎ、その当初から放送しているこの超長寿番組「お父さんと一緒」の最初の放送を記憶している人間は少なくなっているが、そのはじめからマスコットとして絶大な人気を誇る怪獣「むっく」と「ごんた」の二匹を知らない者は、この国にいないに等しかったろう。嘘か誠か、超エリートのKGBスパイがこの二匹の名前を云えなかった為に摘発されたというのだから、その人気と知名度は尋常ではなかった。
むっくは一見ミノムシに手足が生えたような恰好をしているが、その頭には未来から来たネコ型ロボットにもらった「タケコプター」という空を飛べる黄色いプロペラをつけていて、チャーミングな二つの大きな目玉が、いつもシャカシャカと別々に動いて、焦点の合わない、大人には理解できない、子供の不思議さというものを暗にも象徴しているようだった。
ごんたは一見トナカイの太ったような恰好をしているが、その頭にはワイキキビーチを思わせるオシャマま黄色い麦藁帽をかぶっていて、大きな赤いお鼻が何よりもチャームポイントだった。このお鼻の可愛らしさが、ひどくエラの張った、もはや台形顔ともいえる酷い顔骨格をすべて水に流し、子供の無邪気さの裏返しとしての非情さも、その子供の可愛らしさで社会的に許されるということを暗にも象徴しているようだった。
二人は、いや、二匹は、「お父さんと一緒」の中でもまったく別々の撮り、すなわち、むっくは〈ひらけ!ゴマゴマゴーマ!〉ごんたは〈できたかな?〉を毎日撮影するので、実のところ二人が、いや、二匹が、一緒になってブラウン管に映ることはほどんどない。これは本当に些細な事実であったが厳然とした事実で、実のところ、当人たち以外にこれに気付いている者はほとんどいなかった。これが、多くの関係者、また一般視聴者、ひいては国民全部の誤解を産む、きっかけになったのだ。
「お父さんと一緒」は主に小学校に入るまで、つまり、幼稚園だか保育園だかの六歳未満の子供たちを対象に放送される、清く正しい教育番組であった。だが、その時代に合わせた内容の移り変わりや、意固地なPTAたちの意見などによって、いくつかの転機を影ながらも内包していた。例えると細かなことである。むっくのお尻にあったクリクリとした尻尾が「いやらしいから」という理由で短くなったり、ごんたのたすき掛けした鞄に可愛い穴が開いていたのが「貧乏を侮辱するな」ということで真新しいエナメル性の物に代えられたり、といった具合だ。だが、それらが、この二人、いや、二匹の間の関係を悪化させ続けたのである。二人とも、いや、二匹とも、茶色の毛むくじゃらな恰好だったから片方が綺麗に洗濯したり、はたまた新調したりすれば、たちまち、もう片方に苦情が入った。そのつど、この「もじゃ」の廊下では肩を触れたか触れないかで二匹の怪獣の大乱闘が起こったのである。世の中で、むっくが忌み嫌い、不幸を願う人物がいるとしたら、いや、怪獣がいるとしたら、それは母国語も満足に話せない、手先の器用さだけが取り柄にしか見えぬ、ごんたであった。そして、逆もまた、そのとうり、であった。
そして、新世紀を迎え、心機一転世代交代というチャンスに運良く乗っかった夢見る21歳独身男が念願の三代目むっくとなったその日と同じ日、同じく幸福絶頂という顔つきをして24歳独身男は三代目ごんたになったのである。
波乱は時として思いがけないところから始まる。そのことを、「お父さんと一緒」をもう十年間も指揮し続けるディレクターは、そのおぼっちゃま育ち故か、身に沁みて理解していなかった。新世紀ということでスタジオのセットを一新、そして「お姉さん」「お兄さん」の衣装も一新、むっくもごんたも新しく新調。「さあ、気持ちよく再出発だ!」とディレクターは何の憂いも抱いてはいなかった。
新世紀はじめの撮影は順調に終わった。撮影が終わって、むっくはゲスト出演の子供たちにお別れをしていた。ようするにバイバイと手を振っていたのである。子供たちは笑顔でバイバイを返しながら、一人ひとり奥の見学席に座っている両親の下へ帰っていった。すると、そこに一人だけ、いつまでも親もとに帰ろうとしない子供がむっくの方をじーっと見つめて動かずに立っていた。むっくはそれに優しく声をかけようとして、PAの隣に座っている「むっくの声優」の方へ合図を送った。むっくは動かす人間と声を当てる人間ふたりで一匹の怪獣なのだ。これが、不動の人気を誇る秘訣と言えば秘訣であった。
「どうしたんだい? お父さんかお母さん、見つからないのかい?」
むっくはマイクから聞こえてくるむっくの声優の声に合わせて口をはむはむと動かした。その様子は今日初日だというのにピッタリ息が合っている。さすがは幼き時からむっく一本槍だった21歳独身男といったところだ。しかし、その神業的な諸行さえも、子供は意に介さないようであった。
「あんな〜、ごんたは綺麗になってんのにさぁ〜、どうしてむっくは汚いままなん?」
子供は鼻水の垂れるがまま、続けた。
「バッチイままやんかぁ? どうして綺麗にせぇへんの? お金、あらへんの?」
むっくはそこで言葉を失った。いや、声優がセリフを思いつけなかった。だが、同じ様なことをその子供が二回三回と続けるに、ようやく、
「わたしも綺麗になったのですけど、どうも分かりづらかったようですね。ほら、この白い手、綺麗でしょ?」
と、むっくははむはむ、両手を子供に差し出した。白い手袋はそれはそれは今日おろしたての新品だったので、埃一つ付いていない筈・・・だったが、なんと、茶色いマジックの汚れがひとつ、大きく付いていた。新調したばかりの欠陥か、むっくのタケコプターの根本の毛が茶色く染まっていずに白かったのを本番前にADが気が付いて急遽マジックで塗りつぶした、その時に、これが誤って付いたのだ。
「ほらなぁ〜。むっく、貧乏なんやろ。やーい、やーい、むっくの貧乏。貧乏ぉ〜」
と、子供はあたりの子供たちを扇動するように叫びながら親もとに帰っていった。
「とほほほ〜」
と、むっくの声優がマイク越しに言った。それに反射的にむっくははむはむと顔を撫でる仕草をして動かしてみせたのだが、内心はひどかった。
親バカたちのせがむ記念撮影の嵐が過ぎ去り、子供たちの姿が完全に去って、ようやく引き上げることが許される頃になっても、むっくの怒りは治まってはいなかった。これには、素顔が見えないことがなによりだった。だが、「もじゃ」の廊下に出て、ばったりとその怒りの原因となる怪獣と出会うことになろうとは、誰が予想しただろうか。ごんたも丁度同じ頃、記念撮影の嵐から解放され、控え室へと戻ろうとしていたのである。
二人の仇敵は、目線を交わした瞬間その内に隠された憎しみの情動を察して、睨み合ったままピクリとも動かなかった。たがいに手に怒りの拳を握り、心に積年の恨みを抱え、そして、まず考えるのは互いを罵るチョメチョメな放送禁止用語群であった。まず動いたのはむっくであった。腰に手を当てて、チーマー(死語)ばりに壁に片足を寄り掛からせ、下から上目遣いにごんたを睨んでは言った。子供がああ言った原因は一目で分かった。ごんたのあの、
「ああ? なんだその髪型はよぁ? 女性用アデランスじゃねぇのか、よおぉ? 新世紀のごんたは、丘サーファーごんた、って訳かい?」
ふさふさとしたブリーチのかかった髪型だ。
「ああ? 聞こえねぇな毛虫怪獣さん。なんか気に障ったことがあったのかい? それはそれはお気の毒にねぇ」
ごんたはそのヒレのような両手を大仰にも開いて見せて、さも「お気の毒に」という風な様子を演じてみせた。
ここで両名の胸に溜まった憎しみは悪口の言い合いではハケ口として満足されるものではなくなってしまった。もう双方とも殴り合いの機運を窺いだし、その着ぐるみの息苦しい中で鼻息を荒くしていた。しかし、限界を設けた文明の道徳律の中で教育を受けた二人は、いや、二匹は、そうやすやすと、紛いなりにも同僚を、有無を言わず殴りつけるという勇気を出せるものではない。そして、瞬間の逡巡から、行動にうつる前に、自然の暴力が二人を圧倒してしまった。ぐらっと地面が揺れたかと思うと、いきなり突き上げるような感覚があった。けたたましい崩壊の音に二人が身を縮めたその時、照明は一瞬にして消え、逃げる暇もなにもなく、ごんたの左手に積み重ねてあった巨大なジェンガが轟音を立てて二人の上に落ちてきた。
むっくは地面に叩きつけられていた。片手は身体の下になって感覚がなく、片手は何かもじゃもじゃしたものを掴んでいた。足の上には何か異常に重い物体に押さえつけられていて、動かそうにも筋肉のぷるぷると震える反応しか返ってこない。どうやら、この着ぐるみと、発泡スチロールで作られた巨大ジェンガのおかげで重傷はまぬがれたようなのだが、どちらにしろ照明が消えていて、その全容を確認しようにもできそうになかった。すると、片手に掴んでいたもじゃもじゃしたものが、もぞもぞと動いた。普通ならそのまま殴り倒せるような位置で、仇敵ごんたは、むっくと同じように身動きとれぬ状態で横たわっているようであった。
「さきほど地震がありました。さきほど地震がありました。照明がつくまでしばらくそのままでお待ちください。照明がつくまで、落ち着いて、そのままでお待ちください」と館内放送が聞こえた。どうやら、そう大した被害はでていない様子を二人は、いや、二匹は察して同じ様に安堵した。だが、それも自分たち二人、いや、二匹以外の話のようである。
仇敵がもぞもぞと動くのに嫌気がしたのか、むっくは両足に渾身の力をこめ、どうにか現状を打開しようともがいた。しかし、それもすぐに徒労に終わることに気が付き、おとなしくなると誰か助けがこないか耳を澄ましたが、すぐに小刻みな、呻るような笑い声を洩らした。
「死ねばよかったのに、この台形怪獣。ごんたこす、どうだ、動けまい。どうやら、ジェンガの上に舞台の屋台骨か何かが落ちたのだろう。這い出そうにも身動きひとつ出来そうにないだろうが。どうだ、どこか出血でもしているか? そうしたら面白れぇな、ジェンガがお前の墓標となれり、だ。」
そして、むっくは出来る限りの残忍な調子で笑い声をあげた。
「血反吐はいてんのは、お前の方じゃねぇのか?」とごんたはやり返した。「知っているか、脳へのダメージは一生涯消えないそうだ。お前のような薄いもじゃもじゃ頭じゃ、ジェンガの一欠片でもポックリ逝きそうなものだ。どうだ、頭痛とかしないかね? こっちはバイクでこけても大丈夫な作りだし、そちらの苦労がわからなくってわからなくって、よけい心配するよ」
むっくはちょっと黙っていたが、辺りの様子が一向に変化しないのに、静かに答えた。
「いつもは『ぼほぼほぼほ』としか言えない癖に今日はよく喋れるものだな。さては母国語を密かに練習したって訳か。新世紀にごんた喋る。確かにインパクトはあるなぁ。だが、それじゃお前の人気も一時で終わるさ。普遍性の無い、いつまでも変わらないという、その時間軸を越えたものがオレら〈お父さんと一緒〉の醍醐味なのさ。それがお前はわかっちゃいねぇ。ぶははは。すぐに干されるな、見物だ。」
「相変わらず口だけ達者だな」と、ごんたは呻るように言った。「ま、ごんたが喋るようになっても、ただタケコプターを回すだけの、なんの取り柄もないお前よりはましだな。なんだ、お前、いつもモップか何かと間違われるんじゃないのか? 精神的に大丈夫かよ。そんなひでぇこと言われちゃ、オレだったら三日で睡眠薬に手をだすな」
「お前なんかにオレの良さはわからねぇだろうなぁ。これが解る子供がどれだけ感性豊かに育つのか、お前は想像もできんだろう。ああ、丘サーファーじゃないのね、コギャル? コギャルごんた?」
二人とも口では強いことを言っていても、ああ、このまま死んでしまうのではないのか、という微かな絶望を抱かずにはいられなかった。未だに照明の復活は訪れなかったし、むっくは身体の下敷きになった片手の感覚が依然として無かった。ごんたにしても両足の痺れが取れず、身動き一つ取れそうに無いという無力感に抵抗するのに、気力は削がれる一方であったのだ。
しばらくの沈黙の後、二人ともこのジェンガの下から抜け出そうという無益な努力はもう諦めた。どこかしか痛みを訴えるところがあり、それを我慢するのに、もっともなのは沈黙であったし、どうやら双方の中で自由に動かせる物がただ一つ、むっくの片手だということに、なんとなく気が付いたのだ。そこで、ただ一つの自由、むっくの片手がごんたの背後であてもなくごそごそと動くと、ごんたはなぜか咳込んで、それにむっくは、はっ、として手を引っ込めた。すると、ごんたは苦しそうな声で言った。
「すまない。ちょっと、頭を斜めにしてくれないか?」
「どうした? 息ができないのか!」
むっくは急いでごんたの顔を探し出すと、エラを掴んで渾身の力を込めて引き寄せた。だが、一回の努力では少ししかごんたの顔は動かず、どうにかごんたの望む体勢まで動かすのに十数回の試みをなさねばならなかった。
「す、すまない。助かった。」と荒い息を吐き出し、ごんたは静かに言った。そして、安堵の溜め息をつくと、同じ様にむっくまで安堵の溜め息を吐くのを聞いて、思わず笑い出してしまった。すると、照明がようやく復活したようで、辺りが明るく照らし出される。
「やあ、むっくさん。ようやく短い夜が終わったようだ。オレはもうこの喧嘩に、いい加減、飽きちゃったよ。キミがオレのことを許さないというのなら仕様がないが、もしも、キミがこの古めかしい喧嘩をやめようという気があるのなら、オレは、キミと友達になってもらいたいのだがな。」
むっくが余りに長い間沈黙していたので、ごんたは彼が痛みの為に気を失ったか、あまりの馬鹿馬鹿しい提案に失神したか、と思った。だが、やがて、感動に震えたむっくがゆっくりと言った。
「この『もじゃ』の廊下で談笑しながらスタジオ入りする二人の、いや、二匹の姿をスタッフが見たらどうするだろうな。たぶん開いた口が塞がらないんじゃないのかい、ごんたさん? オレも同じ事を考えていたんだよ。こちらこそ、友達になってくれないか。よく考えると、なんとも今の今まで大人げなかったようで、笑えてくるよ。どうだい、今度一緒に飲みに行かないかい? この国じゃ、知らない者がいないとも言われる最強のむっくとごんたの二人、いや、二匹だ。お互い独身だし、可愛い子がいるお店を一緒に探そうじゃないか。」
しばらくの間、二人は、いや、二匹は、この劇的な和解にどれほどの意味があるのか、考えてその素晴らしさに目頭を熱くさせさえした。そして、良いことは重なるもので、どたどた、と足音が近づいてくるのが二人の耳に聞こえてきた。
「大声を出して助けを呼んだ方がいいかな?」とごんたは言った。
「いや、待ってくれ。参ったな。子供だよ」とむっくは言った。
それを聞いてごんたは大変がっかりした。子供が来たと言うことはむっくは一言も喋ることができず、ごんたは「ぼほぼほぼほ」としか言うことが出来ない。むっくもごんたも夢を売る商売だったのである。テレビと全く違った有様を子供たちに死んでも見せられはしない。
「あ、むっくとごんただ! あは、なんか倒れてるよ!」
と子供たちは面白そうに駆け寄ってきた。
「ぼほぼほぼほ」
とごんたは大きな声で言った。それで子供たちは嬉しそうに笑う。むっくはそれを目の当たりにして場違いにも感心してしまった。だが、こうして人間が近くに来たことだ。なんとかして大人たちに子供たちが連絡してくれる手だてはないものか、とむっくは考えた。
すると、ごんたが小さな声で「おい、オレの唾で伝言を書いてくれ。伝言ならイケル」と言った。うつむきで倒れたむっくの顔は当然、下を向いており、片手が自由だと言っても、肩の上に落ちているジェンガがジャマになって口にまで運べないことを、ごんたは察していたのである。むっくはごんたの賢さに、またもや感心して、さっそく、もぞもぞと頷いて、手探りでごんたの顔の下に手を突っ込み、手袋に十分に唾が付いたことを確認すると、地面に救助を求める文字を書いた。
「あ! なんか、むっくが書いた。えーっと。ごー、ぜろ、ごー?」
「きゃは。ごーぜろ、ごー!」
「うわー、面白い。面白い! ごーぜろごー!」
と子供たちは叫んでワイワイやっていると、後ろからその両親たちの呼ぶ声が聞こえてきた。子供たちはそれを聞くと、一斉に振り返った。そして、「よーい、どん!」と言っては、ダッシュして、一目散に姿を消して行ったのである。
2000HIT 2001.4.3.
さて、キリバン企画の初めての試みです。
キリバンをゲットなされた先方様から、「着ぐるみが熱いショートショート」とのご要望でしたので、
一応、こちらでご紹介いたします。
原稿用紙36枚分でした。
はい、完全な短編なのに、web上では中編に位置されそうです。
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