LOVE OR NOTHING

 
〜第二話 「君の昔を」〜
 七音恭子は久しぶりにやってきたこの街の喫茶店で一人 カフェオレをすすりながら、窓に降る雪を眺めていた。  (駄目ね……雪を見るとあの時のことを思い出すわ)  彼女は視線をカフェオレに落とし、静かにストローでそ れをすすった。雪にはあまりいい思い出がない。  「ね〜浩之ちゃん、何頼む?」  「そうだな。とりあえずカフェオレでも」  「浩之ちゃんって、いっつもカフェオレ頼んでない?」  隣に座ったカップルの楽しげな会話が恭子にも聞こえて くる。  (普通の出会い方をしたら、私たちもあんな風になれた かしら。ねえ、香純くん……)  そのカップルを横目に見ながら、恭子はそんなことを 考えていた。  彼女には人には言えない“秘密”があった。そして、 同じような“秘密”を共有する六人が集まり、行動を共 にした。彼女にはそれが世界のすべてであった。  しかし、あの雪の日、彼女の世界は崩壊した。  彼女は世界を救った代わりに、居場所を失ってしまっ たのだ。  あれからすぐ、恭子はこの街を離れた。海影香純に話 した通りに親と学校との決着をつけて。結局、親とはう まくいかず、学校もやめてしまった。  この街から離れたのは、やはりーーー  「よう!」  急に声を掛けられて、恭子はハッとなった。  (……まさか!)  ここは六人がよく集まっていた喫茶店。そして、この場 所は彼女たちの指定席。  期待と不安が入り混じった表情で恭子は声のした方に 顔を向けた。  しかし、そこには彼女の知っている顔はなく、ただ、明 らかに動揺している男が立っていた。  「あ……わ、悪ぃ!ちょ、ちょっと知り合いに似てたも んで、つい、さ……」  と、男は必死に恭子に謝っている。  その男の態度が可笑しかったので、恭子は「ぷっ」と少 し笑った。  「何でそんなに必死に謝るの?別に人違いくらい誰にだ ってあるわよ」  彼女が笑顔でそう聞いてきたので、男も安心したのか、 ふう、と一つため息をついた。  「いや、あんたがあんまり恐い顔してたもんだからさ」  「あら、そんな顔してたかしら?」  「そりゃ〜もお。まるで明日世界を終わらせようとする くらいの」  「…………私の場合、もう終わってるのよ」  「え?」  その時だった。  (!!……この匂い!)  それは、あの時と同じ匂いだった。  すべての発端で、すべての終点でもあったあの“血”の 匂いーーー  その男からその匂いを嗅いだ瞬間、恭子は口をおさえ、 洗面所へと駆け込み、そこで嘔吐した。  (……なんで、なんで、なんで、なんで、なんで……)  恭子の目からは、自然に涙がこぼれ落ちていた。  彼女の能力<アロマ>は未来の匂いを嗅ぐことが出来る 能力だ。  しかし、あの事件の後、彼女のその能力は全く使えなく なっていた。それでも、彼女は悲しいなどとは思わず、む しろほっとしていた。  (それなのに……よりによって……!)  彼女は泣いた。  (神元くん希美ちゃん三都雄くん天色くん……… ………香純くん!)  “仲間”の顔が次々に浮かんでは消えていく。思い出を 一つ思い出すたび、彼女の瞳からは涙がこぼれつづけた。  (……香純くん)  会いたい。  会って確かめたい。  恭子は泣きはらした顔もそのままに、洗面所を後にした。  「あ……」  扉を開くと、そこにはさっきの男が心配そうな顔で立っ ていた。  「ゴメン。なんか俺、気に触るようなことしたかな」  「あなたには関係のないことよ」  恭子は冷たい態度で男をあしらい、さっさと支払いをす ませてその店を後にした。  (もう二度と、あんな思いはしたくない……!)  世界を覆う雪は降りやむ気配すら見せず、静かに舞い 落ちてゆく。
・・・・・
 ここは、とある予備校の自習室。  今日は日曜だというのに意外と利用者は多く、十人ほど の学生が机に向かっている。  不思議なことに、男子は一人もいない。  しかし、もともと女子学生の数が多いためか、誰もその ことを不思議とは思っていなかった。  只一人、末真和子を除いては。  (今日も男子はいないか……)  自習室の扉を開けた和子は、さりげなく室内を見回した。  和子は去年の冬頃から、暇な日曜日にはここで勉強をす るようになった。その頃は、男子も結構ここで勉強したり していたのだが、春休みに入ったあたりから全く男子が来 なくなってしまった。  最初の頃は、和子もたんなる偶然だろうと思っていたが、 こうも続くともはやそうは思えない。  (霧間さんに相談してみようかしら……)  そんな事を考えながら、和子は適当に選んだ席に腰をお ろした。  ふと、隣の席を見てみると、保科智子がなにやら複雑な 表情を浮かべて窓の外を見ていた。  「こんにちは、保科さん」  「ん、ああ、末真さんかいな。こんにちは」  急に声をかけられて驚いたのか、智子は少し肩を“びくっ” とさせて和子の方に向き直った。  「どうしたの?ぼーっとして。保科さんらしくもない」  「いや、ちょっとな……」  「そう。疲れてるならゆっくり休んだほうがいいわよ」  智子が言いよとんだので、和子はそれ以上聞かないこと にした。  「おおきに」  智子はそう言ってまた窓の外を眺めはじめた。  和子は、智子とそんなに仲がいいわけではない。ただ、 彼女のことが気になっているのも確かだ。  それは、彼女の瞳のせいかもしれない。  意志の溢れる瞳、というのだろうか。その瞳は不思議な 魅力を備えている。    そして和子は、その瞳と同じ輝きを持った少女を良く知 っていた。  霧間凪。  それが彼女の名前だ。  彼女は一人で世界と戦っていた。そして和子は6年前、 彼女に命を救われている。  彼女はそれを「あれはブギーポップがやった」と言って いるが、和子は今でも凪が救ってくれたと思っている。そ れは、見知らぬ死神よりも親しい友人が救ってくれたほう がいいという単なる思い込みかもしれないが。  だから、和子には智子が何かと戦っていることがわかっ た。それが何かはわからないが。  そして、できれば手伝ってあげたいとも思っている。  和子はもう、知らない間に事件が自分の横を通り過ぎる ようなことは我慢できないなのだ。  (……何?)  急に室内がざわついてきたので、和子は思考を止めた。  皆が一様に窓の外を見ている。  (………雪?)  そう、窓の外にははらはらと雪が舞っていた。  (珍しいこともあるものね)  和子はそんな事を考えながら、なんとなく雪を眺めてい た。するとーー  「あなたはまだ、恋を知らないの?」  (!!)  その声は、和子のすぐ側で聞こえた。  はっとして辺りを見回すが、みな窓の外の雪に気を取ら れていて、和子の周りには誰もいない。隣の席の智子も、 さっきからずっと窓の外を眺めている。  「可哀相な人。でも、そのほうが幸せかもしれない」  その声は温かくてどこか痛い、澄んだガラスのような声 だった。  (誰?!)  しかし、返事はない。  (何だったの?今のは)  和子は、その声に聞き覚えはなかった。けれど、どこか 懐かしいものが感じられた。  事態はまたも彼女を置き去りにして過ぎようとしている。
<To be continued…>
次回予告