レポート1:【電話ごしの決意】


 いつも通りの何の変化もない金曜日。幼なじみで親友の朝倉(あさくら)が、大学に向かう途中事故にあった。
その現場を目撃した人間は皆、口々にこう言う。


「普通じゃない。」


連絡を受けて駆けつけた俺もそう思った。俺が見たのは、朝倉が黒ずんだ赤を全身に浴び、涙を流し
ながら立ち尽くしている姿だった。 俺は、朝倉が事故に巻き込まれてひどい怪我をして、出血して
いるのだろうと思った。 
でも・・・違った。彼の赤は他人のものだった。証拠に、彼は泣いてはいるが何処も怪我していない。
怪我どころか、かすり傷一つしていないのだった。 朝倉は他人の血を浴びていた。全身に・・・・。
朝倉の目の前には一体どこから現れたのか、小型飛行機が炎上している。
不思議な光景だった。


「僕は助けようとしたんだ。それなのにあの人が・・・。」


泣きじゃくる朝倉の顔と、そのときの血なまぐさい匂い。
そしてオレンジ色の炎が、俺は今でも忘れられない。








あれから何カ月経っただろう。4,5カ月くらいだろうか。朝倉はあの事故以来、家にこもりっきり
である。何も喋ろうとしないらしい。 でも、俺だけは例外だ。俺にだけは話してくれるし、穏やか
に笑ってくれる。事故に遭う以前のいつもの朝倉だ。他の人には話もしないし、一緒にいようともし
ない。彼の両親でさえ会話ができない状態なのだ。ゆえに、大学にも来ない。辞めるのだという。
自分にはもっと、やらなければならないことがあるのだと・・・。

     

俺は電話をかけた。朝倉の方から着信があることはないが、俺から朝倉にかけることはしばしばある。
俺はたまに、平常ではいられないほどの不安に駆られることがある。その原因は朝倉にある。朝倉が消え
てしまうのではないか、そしてまた傷つくんじゃないか・・・。そう思う度に俺はケータイの画面に朝倉
の文字を探し、発信ボタンを押している。


「はい・・・もしもし。」


朝倉の沈んだ声がした。本人が出た。


佐域 隆成さいき たかなりですが、かなでくんいますか。」
朝倉本人が出たことをわかっていたのに、なぜか『奏くんいますか』なんて言ってしまった。しかも普段
言い慣れない『奏くん』などと呼んだのを聞かれたかと思うと、少し恥ずかしくなる。


「うん、僕だよ。」

「ああ・・・元気してるか。」

「いつも通りさ。出かける用事も今日はなかった。」

「お前、いつも何処行ってるんだよ。お前の母さん心配して電話かけてきたぞ。」

「ごめん。迷惑かけたね・・・これからは気を付けるから。」


短い決まり文句と、朝倉への苦情の言葉を言い終えたところで沈黙。何を話せばいいのか、どう切り出せ
ばいいのかわからずに、ただお互いの呼吸が受話器にかかるのが聞こえる。



「・・・何だよ。朝倉、何か話せよ。」
「それはこっちのセリフだよ。何か話があって電話してきたんじゃないのか。」
「ああ・・・そっか。別に用はないんだけどな。」
「・・・そう。」


さっきまで元気だった声が、俺の一言で瞬間的に冷めたのがわかった。朝倉の高めでか細い声が、更に弱々
しくなる。ため息混じりの応答からもそれが伝わってくる。
俺は少しばかり焦っていた。朝倉の声が止むと息苦しさを感じる。重くのし掛かってくる沈黙・・・。


「朝倉さ、いつも何処行ってるんだ。外出できるんなら大学にも来いよ。」


焦りの余り、俺の口から思いもよらない言葉が吐かれた。俺自身、その言葉を言って驚いた。
何を口走っているんだ。朝倉が何を言っても大学には来ないことを、百も承知だったじゃないか。まして、
この状況でそんなことを言ったら、朝倉の口数は減る一方だ。


「・・・いいじゃないか何処へ行こうと。」


案の定、朝倉はボソリと声を出すと何も言わなくなった。 失敗した・・・馬鹿か俺は。
俺は心の中で何度も叫んだ。朝倉はもう何も話さないだろう。そしてそのうち、電話の切れた音がむなしく
聞こえてくるんだ・・・。


「佐域、僕ね、君にだけ僕の秘密を打ち明けようと思うんだ。佐域は親友だし、君にだけ知ってほしいんだ。
 麦芽大学に行かずに何処に行っているのか・・・そして・・・あの日のことも。あの事故のことも知って
ほしいんだ・・・君にだけ・・・。」


俺の頭の中は真っ白になった。予想を裏切るように朝倉が言葉を投げかけてきたからだ。それも何か決意
に満ちた、はっきりとした声で。


「嫌ならいいんだ。ただ君にだけ聞いてほしい。」


さっきから『君にだけ』という言葉を連発している。よほど俺に聞いてほしいようだ。


「・・・いいよ。じゃあ、明日お前の家に行くから。約束だ。」


俺は戸惑いながらも了承した。朝倉は安心したのか、ハァッと息をもらすと「ありがとう」と礼を言い、静か
に電話を切った。
 しばらく俺は、ケータイの通話記録を眺めていた。


朝倉 奏あさくら かなでという文字が少し大きく見えた気がした。


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