レポート2:【雪色少年】

 昨日の朝倉との約束どおり、俺は朝倉の家の前にいる。大学の講習やゼミが入り、バイトを長時間
任せられたこともあって,時計の針が午後6時を回ってしまった。
辺りは暗くなり、俺の口から吐かれる息は白く霞む。朝倉の家は大きな豪邸だ。インターホンを押す
と、ちょうど朝倉が応答した。「いま開けるから」 そう言うと、ゆっくりではあるが鉄格子の扉が
不協和音をあげながら開いていく。


「はあぁ・・・。」


俺は鉄格子の奥に広がる光景に感嘆した。目の前には立派なもみの木が立ち、様々な色の電飾が施されている。そう、ツリーだ。
もうそんな時期なのか・・・あの事故から5ヵ月。いろいろな問題があったもんだなと俺は鼻で笑った。




 あの事故は実に不可解なものだった。きっと真相は迷宮入りだろう。当時、警察が来るまでに事故現場に居合わせたのは、俺を含め5人。といっても、みんな小型飛行機が墜落するのを見て慌てて見に来ただけだ。やっとのことで墜落現場に到着すると、そこには見慣れた背中があった。

 朝倉 奏だった。俺は驚きながらも心配になり駆け寄った。朝倉は呆然と燃え盛る炎の渦を眺めていた。俺は我が目を疑った。朝倉の隣に立つまで服の柄だと思っていたものが、おびただしい量の血であることに気が付いたからだ。その血は、頭のうえからバケツで水を被ったかのように髪を濡らし、全身に広がっている。朝倉の顔もまた血まみれだった。俺は生きている心地がしなかった。親友が血にまみれて立ち尽くしている。きっと墜落に巻き込まれて大怪我をしたんだ。突然のことだから理解ができていなくて、自分が怪我をしていることもわかっていないんだ。それしか考えられない。
俺は朝倉の前に立ち視界をふさぐと、彼の両肩をしっかりと掴み揺すった。


「朝倉・・・朝倉しっかりしろ。」

「・・・佐域・・・佐域。」

俺の存在を確認したのか、朝倉の顔が急に変わった。そして大きな瞳から涙が溢れる。俺は朝倉を抱き締めた。震える朝倉の体は夏だというのに、氷のように凍てついている。


「朝倉、お前どこか怪我してるだろう。血がこんなに・・・。」


「僕のじゃない・・・僕の血じゃないんだ・・・どこも怪我してない。」


俺は朝倉の言っていることが理解できなかった。自分の血ではないという朝倉。じゃあこの血は一体誰のものなんだ。こんな大量の・・・。


「僕は助けようとしたんだ。・・・なのに・・・それなのに・・・彼は・・・あの人は・・・彼を・・・。」


嗚咽混じりに訴える朝倉の目は、一生懸命に何かを伝えようとしている。


「彼って誰だ・・・朝倉。・・・その血は彼のものなのか。その・・・『あの人』の彼ではなく、『彼を』の彼の・・・。」


俺の問いかけに、朝倉は小刻みに頷く。そして再び声を上げて泣き出した。

 それから数十分が過ぎた後、誰かが連絡したのであろう、警察のパトカーと消防車がうるさくサイレンを鳴らしながらやってきた。火は直ちに消し止められ、警察の事情聴取が始まった。
刑事は、後から駆けつけた俺を含める5人には見向きもせず、朝倉にばかり質問を投げかける。その日は皆それぞれの家に帰され、詳しい事情は後日ということになった。しかし、俺は呼ばれなかった。朝倉はというと、第一発見者であるし、あの全身に付いた血のこともあるらしく一週間は取調室に缶詰状態だった。後から聞いた話によると、朝倉の体に付いていた血はあの小型飛行機のパイロットのものらしい。朝倉がそう証言したのだ。

だが、ここで捜査は行き詰まる。パイロットの遺体が何処にもないのである。あの燃え盛る炎の中であるにしても、骨くらいは残ってもいいはずなのに。パイロットの存在の断片すら見つけだすことができない。刑事はその解決の糸口は朝倉にあると睨んでいた。しかし、朝倉は血のこと以外は口をつぐんで言おうとはしなかった。
 それ以来、朝倉があの事件・・・いや、事故について語ることはなかった。それ以上に、その事実を知られないように、自ら人との関わりを絶ったかのように思えた。




 そんな朝倉が、心の奥に閉じこめていた真実を俺に打ち明けようとしている。俺は自分の鼓動が感じ取れるくらい緊張し、同時に興奮していた。俺だってあの事故の真相が気にならない訳ではない。自主的に現場へ行ったり、朝倉の話を聞こうとしたり、それなりに調べていた時期もある。
『朝倉が血を浴びた原因、パイロットの行方、朝倉の言う「あの人」と「彼」のこと』。
 今では朝倉のことも考え、その話題は控えているし、あのときの探求心は既に何処かへ消えてしまった。しかしそのときの興奮が今、朝倉によって再び呼び起こされようとしている。

「佐域、お久しぶり。」

名前を呼ばれハッとわれに返った俺は、正面に朝倉の姿を確認する。

「よお・・・相変わらず白いな。ちゃんと飯食ってるのか。」

「失礼な奴だね君は。食べているさ、ちゃんと。俺は昔から色白美白の王子様じゃないか。」

少し笑いながら冗談を言う朝倉の肌は相変われず白いが、わりと元気そうだ。
朝倉は子供の頃から肌が白く、まさに美白の王子様だった。大きな瞳や髪の色素は薄く、栗色をしていて日本人とは思えない容貌している。女子には人気で、よくチョコをもらって食べきれないから俺にくれてたっけ・・・。そのせいで変な噂もたった。今では笑い話だが、誤解を解くのに二人で必死になって学校中を走り回っていたときは、このさき朝倉とは一緒にいられないと思っていた。
その誤解も解け、今に至るのである。親友との縁を切らなくて済んだ訳だ。神様に感謝感謝。

俺はこの親友に内緒で俺だけの呼び名をつけている。
『雪色少年』。年齢的に青年と言うべきだがあえて少年というのは、雪のように白く純粋で儚い神聖な彼を、さりげなくではあるが称えているつもりだ。俺にはないものをたくさん持っている朝倉は、俺にとって膨大な知識の宝庫であり、その穏やかで無欲の優しさは俺の精神を安定させる。


「お前の家の庭は広いな。まったく玄関は何処にあるんだか・・・。」

「オーバーだな。目の前にあるのは玄関と言わず何と言うんだい。」

朝倉が、玄関の重く頑丈そうな扉を開く。貧弱そうな朝倉は、その重い扉を開けるのに少々てこずっている。俺は朝倉の後ろから扉に手を伸ばし、開けるのを手伝ってやる。インターホンに応答してから朝倉がしばらく来なかったのは、きっとこの玄関の戸を開けるのに時間がかかっていたのだろう。朝倉が必死に扉と格闘しているのを想像すると、少しおかしく思える。俺はついクククッと笑ってしまった。


「なんだよ。急に笑い出すなんて・・・気味悪い。」


「お前のことを想像したんだよ。」


「なんだそれ・・・。」
不機嫌そうに顔をしかめる朝倉。俺がからかうと、いつも今みたいに眉間にしわを寄せる。何でも信じて鵜呑みにする朝倉は、俺の嘘がバレバレの冗談でさえ本気にしてしまう。だからそうそう嘘は言えないのだ。俺は朝倉に真実のみを言うように心掛けている。

「お邪魔します。佐域です。」

「あら、隆成くんじゃない。久しぶりね。」

「お久しぶりです。おばさんもお元気そうで何よりです。」

「この前はごめんなさいねぇ。奏ったら何も言わずに急にいなくなっちゃったから・・・もしかしたら隆成くんのところに行ってるのかと思って。」

「いえ・・・。」

「母さん、紅茶淹れてくれるかな。寒い中わざわざ来てくれたんだ。」

朝倉は冷たい視線で彼の母を見る。いつもこんな感じなのだろうか・・・俺にはあんな穏やかなを
するのに。


二階のいちばん北側に位置する朝倉の部屋に入ると、中は暖房が入っていて暖かくなっていた。さ
すがは『お坊ちゃん』。自分の部屋もかなり広い。俺の部屋の倍はある。
朝倉は、普通ならば嫌がるはずの北側の部屋を好む。俺にしては日が当たらないし、寒いし暗いし、いいとは思えない部屋だ。だが、朝倉はそれがいいのだと言う。
気分が落ち着いて、何事にも冷静に考えられるのだと。

「お前の部屋って、ほんとキレイだな。モデルルームより整ってる。」

「佐域の部屋が汚すぎるんだよ。」

綺麗に整頓された部屋は、何処となく冷たい印象を与える。部屋全体が青系の色で統一されているからかもしれないが、生命のほとばしるものが何処にも全く感じられない。
俺はこの部屋があまり好きではなかった。上から押さえ付けられるような圧迫感と、不意に襲ってくる不安で、一人では30分もいられないだろう。
朝倉が一緒にいれば別だが。俺は椅子に腰掛けた。大きめのステンレス製のテーブルを挟んで、向かい側に朝倉が静かに腰掛ける。

「奏・・・入るわよ。」

おばさんが紅茶を持ってきてくれた。朝倉は例も言わず受け取る。「ごゆっくり」と頭を傾け、おばさんは部屋から出て行った。

「はい。熱いから気をつけて。」

俺の前に紅茶が置かれる。ティーカップの中の揺れる澄んだ紅色の水面に、冷たく鋭い目付きの朝倉が映る。俺はその水面の朝倉の影に息をかけ吹き消すと、
紅茶を少しばかり口に含み、次の言葉を発するための準備に喉を潤した。

「なぁ朝倉・・・お前さ、いつもおばさんに・・・。」

俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。

朝倉が目を大きく見開いて、窓の外の暗闇を凝視している。

俺は恐怖感を覚えた。朝倉がいつもの朝倉ではなくなっている。何なんだ・・・どうしたっていうんだ。あの血走った目は・・・。窓の外に何が見えるっていうんだ朝倉。
「・・・・・。・・・・・、・・・・・・。」 朝倉が何かを呟いている。か細い声で・・・息を吐くと同時に。
「どうしてあなたは・・・いつもそう急がれるのか。僕は今試練のときを迎えているというのに・・・。今しばらく待つことはできないのですか。」
朝倉は訳のわからないことを言っている。閉ざされた窓に向かって・・・。
「あ・・・朝倉・・・。」

「・・・えっ。佐域、何か言ったかい。」
俺の声で朝倉の目がフッと元に戻った。小首をかしげて、キョトンとしている。さっきとはまるで別人だ。
「ボォッと口開けて・・・どうかしたの。」
「朝倉、今の、何だよ。」
「今のって何さ。」
「窓、見てただろ、それで、何か、言ってただろ。」

俺は単語区切りの言葉で、ぎこちなく声を出した。
俺の質問に、朝倉は黙りこくってしまった。時計の針の動く音がやたら大きく聞こえる。
「佐域・・・僕が今日、君をここに呼んだのはね・・・今のこともあるんだ。」
下を向いたまま、朝倉がはっきりとした声で言った。
「これから言うことをどうか驚かないで、疑わないで聞いて欲しい。君なら信じてくれると思って僕は話す・・・。」
今度は俺の目を見つめ、切なげな表情をする。

「ああ、わかったよ。話してくれ・・・お前の隠していることを。」
「隠しているだなんて・・・。ただ言い出せなかっただけだ。隠すつもりは。」
「だってお前、これから打ち明けることを誰にも知られたくなくて部屋にこもって・・・。」

「違うよ。それは知られたくなかったさ、精神異常者だと思われてしまうから。でも聞いて欲しかったんだよずっと。誰かに・・・。」
「・・・今までにそれを誰かに話したのか。」
「話したことはある。」
「でも、信じてもらえなかったんだな。」
「そうだ。何を言っても信じてはもらえなかった。それどころか異常者扱いさ。醜いものだよ人間というものは・・・マニュアル通りにいかないものや、道理に合わないものは排除し、
軽蔑する。警察、先生、親でさえもそうなんだから。パラドックスというものをまるで信じちゃいない。でも君はそうじゃない。そんな奴らと同じだとは思わないよ。だから君にだけ本当のことを言おう。
事の真相を全て・・・。」

そう言うと、朝倉は紅茶を一口飲み、一息ついて話し始めた。



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