大宗師
大いなる救いの師

天の道を知り、人のなすべきことを知る者は至り尽している。天の道を知るとは天のなすままに生きるものである。人のなすべきことを知るとは人の及ぶことをなし、さらに人為の及ばないことまで広げる(原文;養)ものである。
人為の及ばないことは天為の領域で無理に逆らってなそうとすると、好い結果は招かない。しかし、無理をしない性急でない範囲なら人為を広げようとする試みを否定するものではないと云っているのだろうか。古来“天道”“天之道”なる言葉があった。占星術から出た言葉だ。荘子の天、老子の道はこの言葉から取られているように思われる。

天寿を全うし、若死にする事がなかったら最上の知恵とする。こうであっても、これではまだ患いを除けない。知ることは拠り所にもとづいての判断だが、その拠り所が定かでない。今わたしが人為天為としたものもどこまでが天為で、どこからが人為の領域か定かでない。そこで、かの真人によってこそ、この二つの知を用いることができる。それでは真人はどんな人か。古の真人は逆境に無理に逆らわない。順境には勇み立っておもわくを広げない。この人は過失があってもくよくよせず、大成功しても高ぶらない。(このようであれば人為を尽くして、さらに天為を損なわない)この人のように知が道に到達すると、高所に登っても恐れない、水に入っても濡れない、火の中にいても熱いとも思わないかのようだ。

古の真人は、寝ても余念なくて夢見ず、目覚めても思惑に苦しむことがない。食しても美味の虜とならず、その息は深々としている。真人の呼吸はカカトからなされているようで、人々はのど元のようだ。内心の思いが押さえ付けられている者は、言葉を吐き出すかのようにむせび語る。欲の深い者は人間性の発露も浅い。古の真人は生を喜ぶことも知らず、死を憎むことも知らない。産まれ出てきて喜ばず、死んでいくことを拒まない。アッという間に去り、アッという間に来ただけだ。なぜに産まれてきたのか、死んでどこへ行くのかを知らない。来るものを受けて喜び、去るものを忘れて返す。この境地は無謀にも人心によって天理をあやつらない、人為によって天為を助けないと言われ、このような人を真人と言う。この人の心は万事を忘れ、立ち振る舞い静かでその額は高い。秋のようにおごそかで、春のようにあたたかく、情は四季の移ろいのように流れ、万物と調和していつまでも終わることがない。

聖人が出兵して他国を滅ぼしたとしても、人心をを失うことがない。末代に及ぶような福利政策を実施しても人を愛していると云わない。そして、知識が増すのを喜んでいるのは聖人ではない。私的親しさは普遍の仁ではない。好機ばかり当てにしているのは賢人ではない。利害得失は一つに通じていると知らない者は君子ではない。虚名に己を見失う者は士ではない。節義を好みわが身を滅ぼして真実に違うのは適切な人への貢献とは云えない。コフカイ、務光、伯夷、叔斉、キシ(狂接輿)、ショヨ、紀他、申徒狄、などは人へ奉仕して人に好くしたとしても、自らには好くなかったもので普遍の福利ではない。

古の真人は態度を世に合わせているが徒党は組まない。欠けているかのようでも何も加えるものを受けない。一人満ち足りているようでも頑なに己を守っているのではなく、虚空のように懐が大きいが虚栄を張っているのではない。楽しいことがあるかのように明朗だが、催促されてしぶしぶ応じるかのように行いは閑寂だ。色めき立っているようでも心底は和らぎ止まっている。激しい感情を示すのは世人と同じように見えるが、あたかも傲ったもののように心の底は動かされない。そして言葉少ないのは、内に閉じこもっているのを好むかのようで、言葉を忘れたかのようだ。

{以下意味不明;
刑罰を胴体とし、礼を翼となし、知を時間とし、徳を順うものとする。刑罰を胴体とするとは躊躇なく処刑するのである。礼を翼となすとは世間に処するのである。知を時間とするとは時変に応じるのである。徳を順うものとするのは足あるものと丘に登るのである。それを人は勤めて行っているとする。これらを好しとするも一つの判断。しないのも一つの判断。一つの判断は天の徒と云える。一つの判断は人の徒と云える。天と人に優劣がない、これを真人という。}

生死は天命であり、昼夜が折り返すようなものであるのは天の条理による。それで人の力の及ばないものがあるのは物事の実情だ。人はその父親を天のように扱い大切にする。それなら人為をはるかに卓越した天を尊ぶのはなおさらだろう。人はその君主を己より優れていると思えば、身を捨てて死ぬことも厭わない。それなら人知をはるかに超えた“真”を尊ぶのはなおさらだろう。それは次のようなことだろう。泉が涸れて干し上がったので、魚達(=人の力)がともに寄り添ってあぶくを吹き合い息をつないでいる。それは、大河や湖(=天の力)に守られて自由に泳いでいることに及ばない。同じように、あの聖王尭をほめて、暴君桀をそしって人間の善政(=人の力)に期待するより、万象を統べている道(=天の力)を受け入れることに及ばない。

大地は私を立たせるために身体を与え、労役させるために若さを与え、安楽にさせるために老いを与え、憩わせるために死を与える。だから私が生を善しとすることは死を善しとする理由である。

船を谷に隠し、網を沢に隠してこれで大丈夫だと思う。でも夜中に力持ちの男がこれを背負って逃げていくことがあるかも知れない。小を大に隠せば隠しそこなうことがある。つまり部分をより大きな一部分に納めてもなお納め直す部分がある。もし世界を世界に隠せば逃すことはない。これは物事の道理だ。同じく万物の造化によって人の形に作られてこれを喜んでいるが、人の形などは物が万化して極まりもない過程のほんの一部分だ。人になった楽しみなど数えるほどのことでもないのかも知れない。かの聖人は何物も逃さない生き方をしてすべてを肯定する(原文;皆存せんとす)。若さを善しとし、老いを善しとする。産まれたことを善しとし、死ぬことを善しとする。それに人々も学ぼうとする。また、万物に繋がって新たに起こってくるもの(原文;一化)を善しとすることは云うまでもない。

道は実在であり、真実である。しかし、働きの跡もなく、形骸も持たない。伝えることはできても受け取ることは難しい。譬え会得することはできても、人に説明して見せることはできない。自ミズカ本づき、自らに根ざし。まだ世界(天地)が現れていなかった時、既に古くから確かに存在した。鬼神や上帝を神たらしめ、天地を生み出した。天上の極みの上にあっても高いとはせず、地の極みの下にあっても低いとはしない。世界に先立って生れたのだが長生きではなく、上古の時代より久しいが老いたとは言えない。シイ氏はこの道を得たことによって、天と地を合わせ、フツキ氏は生成の気に入り、北斗星は永遠の天の指標となった。日月は永遠に輝いてやまず、タンバイは崑崙の山に入って神仙となり、ヒョウイは河神となり、ケンゴは泰山にすむ神仙となった。黄帝はこれを得たことによって雲天に登り、センギョクは北の宮殿に住み、グウキョウは北極の神となり、西王母は少広に座して永久に生き、彭祖の寿は累代の世を胯 シノぐ。そしてフセツは殷王を補佐し世界を統べて、死後は東方の空に昇り、星座にまたがって星々とともに輝いた。

南伯子葵、女偶に問うた。
「あなたは結構なお年ですが、顔色は子供のように見えるのは、どうしたことでしょう。」
「わたしは道を聞いて少しく努めたから。」
「道は学ぶことができますか。」
「ああ、どうして学べよう。あなたにはその才はない。でもボクリョウキの時のことを話してあげましょう。あのボクリョウキは聖人の才があって聖人の道を知らなかったわ。わたしは知っているが才がない。それで彼に教えてみようと思った。聖人になれたらと願ってね。そこまでは行けなくともより近づけるかもしれないと。こうしてわたしは注意深く説いていった。三日を過ぎると彼は世間を忘れることができたわ。そこでわたしはまた注意深く説いていった。すると七日にして衣食住、身の回りのことを忘れた。ついに身の回りのことを忘れることができたので、彼を見守っていると九日になると生死を忘れたの。生死を忘れたものの心は朝の大気のように澄み渡る。朝の大気のように透徹すると、独(全体となった一)を見る。この独には いま・むかしの時間もない。また死ぬことなく、生まれることもない。死なせるものは死なず、生まれさせるものは生まれないのだから。このものは送り出さないものはなく、迎え入れないものはない。すべてのものを壊し去り、すべてのものを生成する。この境地を“まとわれて安らか”と名付けましょう。その身が道にすっぽりとまとわれて成就するものであるからです」。
南伯子葵言う。
「あなたは、誰からこの道のことを聞いたのですか。」
女偶言う。
「わたしは書物なるものに聞いたの。そのものは文字なるものに聞いた。そのものは明らかに見るものに聞いた。そのものは口誦して耳で確かめるものに聞いた。そのものは実践し修練を重ねたものに聞いた。そのものは体得したことを詩歌に著してまとめたものに聞いた。そのものは奥深いとしか云えないものに聞きいた。そのものは寂しいところに訪ね入ったものに聞いて、そのものは世の始めと見なされるものに聞いた。(また;世の始めに止まるものに聞いた)」 

子祀・子輿・子来・子犁の四人が語り合った。
「誰かこの中で、無を首とし、生を背中とし、死を尻と見なして、生死存亡の一体であることを知っている者はいるか?わたしはその人と友人になりたい。」
四人は顔を見あわせて笑い、心に迷いがなかったので、たがいに認めあい友となった。
急に子輿が病気になった。子祀が見舞いに来たので子輿は思っていることを話しだした。
「偉いものだねー、造物者というものは。わたしの体をひん曲げてしまうんだから。背中がせむしになって、内蔵は頭の上に来た。あごはへそに食い込んで、肩が頭のてっぺんより高くなった。体の陰陽の気が乱れているのだろうが、心は落ち着いていて何事もなかったかのようだ。」
よろめきながら歩いて井戸に姿を写して云った。
「ああ、造物者がわたしの体をこんなにもひん曲げているよ。」
子祀言う。
「君は恨んでいるか。」
子輿言う。
「いや、どうして憎もう。もし造物者が次第にわたしの左のかいなを鶏に変えていくなら、その鶏が時を告げるのを聞きたいものだ。次第に右のかいなを弓に変えていくなら、鳥を射落として焼き鳥にして食いたいものだ。わたしの尻を車輪に変え、心臓を馬に変えるなら、わたしもその馬車に乗って行くだろうよ。そもそも生を受けたのは時の流れでのことだ。失うのも時の流れにしたがって起こる。時の流れに安心していることができれば、悲しんだり喜んだりすることはない。この安心を昔の人は、逆さずりの刑の苦しみから逃れると言った。この刑をみずから解くことができないのは、時の流れの中の出来事が心にこびりついて流れていかないからである。出来事が天に逆らえないことは久しく、時の中で安じて順っていけば何を憎もうか。」

また急に、子来が病気になった。ハアハアと苦しげな息づかいで今にも死にそうで妻子が取り巻いて泣きくれている。見舞いに来た子犁がこれを見て言った。「シー、あちらへ行って静かにしてなさい。造化を驚かさないように。」そして、戸口にもたれ掛かって子来に語りかけた。
「すごいものだな、造化は。いったい君をどうしょうというのだろう、どこに連れていこうとするのだろう。ネズミの肝にでもしようというのか。それとも、虫の腕カイナにでもするのか。」
子来が答えた。
「父母は子に対して、東西南北どこへでも命じて行かせることができる。陰陽の人に及ぼす力は人の父母どころではないな。彼がわたしの死を願っているのに聞き入れなければ、わたしの方が意地っ張りだ。彼に罪はない。大地はわたしを立たせるために五体を与え、労役させるために若さを与え、安楽にさせるために老いを与え、憩わせるために死を与える。これがわたしが、生を良しとすると同じく死を良しとする理由だ。今、鋳物師が金物を鋳るのに、地金が飛び出してきて、絶対に名剣になりたいと言ったとすると、鋳物師はきっと不吉な地金だと思うだろうよ。わたしも今、一度人の形に出てきているだけなのに、人でいたい、人でいたいというなら、あの造化者もきっと不吉の物と思うだろう。いま、大自然(天地)を大きなつぼと考え、造化を鋳物師として見ればどう造られようと構わないではないか。安らかに眠り、ハッとして目覚めるだけだ」。

シソウコ・モウシハン・シキンチョウの三人が語り合った。
「誰かさっぱりとした付き合いを好む者はいるだろうか。誰が天に登り霧の中で遊んで、果てのない世界を巡って、生きていることなど慮ることもなく、いつまでも終ることがないと言うことができようか。」
三人はたがいに見つめ合って笑い、こころに迷うことなく、そのまま認めあって友となった。何事もない日々が過ぎた後、シソウコが死んだ。まだ埋葬しないうちに、これを聞いた孔子が弟子の子貢を葬礼の手伝いに行かせた。すると、一人はむしろを編み、一人は琴を弾きながら唱和して歌っていた。“ソウコよ、ソウコよ、君は今や真実に帰る。わたしはいまだに人間であることよ!”
子貢が走り寄って言う。
「あえて問う、屍を前にして歌うのが礼儀か?」
二人は顔を見あわせ笑って言った。
「この人は礼の意味が分かっていないよ。」
子貢、孔子の下へ帰って告げた。
「彼らは何物ですか! 友人が死んだというのに行いを慎まず、身なりを整えないで、屍を前にして歌い、顔色一つ変えません。なんと呼ぶべきか見当もつきません。」
孔子言う。
「彼らは世間の規範の外に生きる者だ。丘は規範の内に生きている。内と外は交わることはないのに、丘はおまえを弔いに行かせてしまった。これは丘が愚かであった。
彼らは造物者と並んで人となり、天地の一気となって生きている。彼らは生をコブやイボがくっついていることと考え、死ぬことをカサブタやはれ物が無くなることぐらいにしか思っていない。このようであるので、生死の一循環など気にもしない。異物と思えるものにも同体と思えるものにも構わず我身を託し。身体も心慮も忘れて生死をくり返して終わることがない。世俗のことなどすっかり忘れてしまったように気ままに振舞い、真実に返って、閑なままに歌って居る。そんな彼らが煩わしい世俗の礼を衆人の前で行うことなどないことだな。」
子貢言う。
「…それならば先生はどちらの世界に依拠されているのですか。」
孔子言う。
「丘は天にとっては罪人だ。そうであっても私達も彼らの世界に行きたいものだ。」
「それには何をやったらいいのでしょう。」
「魚は水に養われ、人は道に養われる。だから水に養われるものは池を掘ってやれば養うことができる。道に養われるものは慮ることなければ(原文;無事)生は安らぐ。だから言われる、魚は大河・湖の中では水のことを忘れている、人は道術に世俗のことを忘れていると。」
「では、あの二人の奇人について教えて下さい。」
「奇人という者は人とは異なっているが、天とは同じものだ。だからこう言われる『天の小人は人の君子、人の君子は天の小人』と。」

 顔回が仲尼に問う。
「孟孫才はその母が死んだ時、形どうりには泣いても涙は流さず、心中悲しむようすもなく、喪中にも失意の様を見せませんでした。それでいて魯の国中に立派に喪に服したと評判が立ちました。実がないのに評判が高いということはあるものですね。わたしはこれをいぶかしく思っていますが。」
仲尼言う。
「あの葬礼は立派であった。博識な儀礼より勝っている。簡略な式典と言うに近いものがあった。」
「ついでに孟孫才の心中も話しておこう。彼はなぜ生きているのかを知らず、なぜ死んでいくのかを知らない。生まれる前のことも、死んでいく後のことも思い煩わない。変容のままに人となり、さらなる図り知れない変化を待っているだけだ。変化したならば変化しなかった時のことは分からない。変化しなかったならば変化していた時のことは分からない。(だから、ただ変化した今を善しとして受け入れる。変化を天に順って受け入れたのであるならば天によってそれは善しとすべく形成されるのだから。
私達のことを言えば、わたしとあなたはまだ夢から目覚めていない者だが、彼は肉体がどう変化しようと心を傷つけ乱すことはない。喪中の孟孫才こそ目覚めた人だ。人が泣きば泣いて見せるのも習いに従ってしたことだ。我々が自らを自らと認めていることも定まらない。あなたも夢のなかでは鳥となって大空に舞い、魚となって深い淵に沈んだことがあるだろう。今、この話し合いも目覚めてのことか夢の中のことかは知れないことだ。そのようで、変化のたまたまの好事は喜んで笑うに値しようか? 全てを好しとするのであれば笑いを設ける必要もない。笑うまでもなく平然と変化もないものとすれば、静寂の天と一つとなる」。

尭の弟子であった意而子は教えを受けようと許由に会見した。
許由言う。
「尭はあなたに何を教えたのか。」
「尭はわたしに教えて言った。どこまでも仁義を実行し、是非をはっきりとさせなさいと。」
「あなたはどうしてわたしのところへ来られたのでしょうか。尭はすでにあなたを仁義で入墨し、是非の判断で鼻そぎの刑にかけてしまった。そんなあなたがどうしてわたしの自由な、気ままに転換していく世界で生きていけようか。」
「確かにそうでしょうが、わたしもその境め辺りにでも、入りたいと願っているのです。」
「だめだな。目の悪い者は美人に会えても楽しめない、彼女の衣装のあでやかさも分からない。」
「いや、しかし、美人のムソウが美貌を忘れ、力持ちのキョリョウが腕力を忘れ、知者の黄帝が知恵あることを忘れる徳を得たのは、万物を鋳あげる鑪つぼである道の力によってでしょう。だからあの造物者がわたしの入墨を消し、鼻を付け足してくれて、先生に従っていけるようにしてくれるかも知れません。」
「それは分からないが、あなたのために少し話してみようか。
わたしの師は、世界を創造し、その恵みを常世に及ぼしている。我々はこの慈しみに守られているが、それは仁義によるのではない。(天為に順った時の慈恵だ)上古の時代より久しいがまだ若いままだ。(今むかしの時間がない)天空と大地をおおってその中の万物を彫刻して形を与えているがぶきっちょなものだ。(現在までの創造は可能な創造から見ればまだ見習いの仕事のようなものだ)こんな世界にわたしは生きている」。

顔回が仲尼に報告した。
「回は得るところがありました。」
「どんなことか。」
「回は仁義の道を忘れました。」
「よろしい、でもまだまだだ。」

後日また対面して言う。
「回は得るところがありました。」
「どんなことか。」
「回は礼楽の学問を忘れました。」
「よろしい、でもまだまだだな。」

後日また対面して言う。
「回は得るところがありました。」
「どんなことか。」
「回は坐忘しました。」

はたと仲尼は身を正して、聞いた。
「その坐忘とは何かね。」
「坐って体を楽にして手足身体のことを忘れ、心は知恵聡明さから離れ鎮まり、普く往き渡ったものと一つになります。これを坐忘と言いました。」
「それと一つになれば物事により好みがなくなり、生と死の問題にも捕らわれず、決して何ものにも妨げられない。あなたはなんと進歩されたことか。この丘めにお願いがあります。なんとかあなたの弟子とさせて頂きたい」と。

{続く一話はただの運命論であって、荘子の主張に合わない。列子書の力命篇に近い}

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