平成老子訳集 上

  前言

古典作品の翻訳においては時代の隔たりからの社会情勢、観念の違いをどこまで現代に合わせるかが問題です。この事について二つの小話がある。ある人が作曲家に尋ねた。「こんなふうに立派な音楽ホールで、大聴衆を前にして作曲家自らの指揮で演奏されることは、音楽家としては最高の喜びでしょうね」と。その作曲家は答えた。「いいえ、作曲家としての最高の喜びは、音楽が頭の中で最初に鳴り響いた時です」と。またこの作曲家の曲を、ある四重奏団が演奏して、作曲家自身に聞いてもらうことになった。演奏が終わって一人がたずねました。「こんな演奏で良かったでしょうか?」と。作曲家が言いました。「あなた方は私が思ってもみなかったように演奏されます。どうか今のようにこれからも演奏してやって下さい」と。この二つの話は原形と原形の相似形の関係を良く示してる。それで私も老子におうかがいしたい「こんな訳で良かったでしょうか?」。



本来論:1. 21.4.6.14.25.34.35.39.41.42.51章。
条理論:8 9 11 48 22 2 29 43 23 67 76 78 16 27 62 33 44 45 79 52 58一部 71 40 12 63 64章
社会論(10.13.17.38.18.19.3.80.57.58一部.5.72.73.37.68.30.31.69.60.26.54.36.49.32.46.53.77.66.61章)
人物論
20.81.15.7.24.56.28.47.50.55.70章)

 本体論  (|条理論へゆく|)

 あまた不思議の現れる門 1章

道(秩序)はおぼろなもので、一つの型として現れてカッチリと記述可能である現象は複数 ある秩序の中の一つであって即秩序ではない。はっきりと名付けカッチリと記述できないものが、真には万物の始めの姿だが、はっきりと名付けられるものが、これが万物の母だと一般には言われている。無(知りえないもの)はいまだ見えない、人の及ばないものを形作り、有(明かされたもの)は親しみある日常を形作っていく。二つのものは名称は異るが同じものから出たものだ。それは測り難いものと言う。測り難いもののまた深みが、あまた不思議の出入りする門である。
{ゴシック体は馬王堆出土の錦書の字句からの訳。}


現在のわれわれは中国の三国時代に編纂された老子書と漢の初期前後に編纂された老子書と戦国時代中期後半以前に編纂された老子書を見ることができる。三国時代と漢時代の老子はほぼ同じ体裁であった。戦国時代のものは老子書の形成過程のもので、また後の時代の老子の五分の二の文字数しかないダイジェスト版のような体裁である。まだ、明確な章句分けはされていないが章句の順番に直してみると以下のようになる。
2 、5 (部分) 、13 、15 、16 (部分) 、17 、18、 19
20 (部分) 、25
30 (部分) 、32 、31(部分)、35 、37
40、 41 、44 、45 、46(部分) 、48 (部分)
52 (部分)、 54 、55 、56 、57、 59
63 、64 (上下部分に分かれ下部は二カ所に出てくる)、 66
このなかで19章にあたる部分は後代の老子では重大な字句の変更がなされていた。つぎに、三国時代と漢時代の老子の最も大きな違いは三国時代には1章の番号が付されたこの章が巻頭を飾っているが、漢時代では番号は付されていなくて38章にあたる章が巻頭を占めていたのである。中国の古典では巻頭はその書の主要なテーマが掲げられるのがほぼ習いとなっている。そして三国時代の魏の宮廷では玄学が流行していた。玄学とは中国での形而上学である。漢時代初期は黄老道家が主要な政治思想の地位を占めていた。38章は道を仁義の上位の徳として記述しているのはその思潮状況に合致している。それで三国時代の老子ではこの章が巻頭を飾っているのである。この章は戦国時代の老子には見えないものである。新しく書かれたものか、戦国時代の老子がダイジェスト版とすると、部分的な字句は存在したかである。この章は2つか3つの部分が1章にまとめられたと考えることもできる。道をテーマしているところと有欲と無欲を比較している部分もある。その部分だけを解釈すれば違った意味にとれるが、道をテーマとしてまとめられたものとして統一して解釈した。相当意釈のような形になったが、他の章から推し測れる老子の道の概念からはこのような解釈になった。老子をもって老子を註する一例です。

 事象の本源 21章

古への大きな徳をもった人の所業は道(本源の秩序)を規範としていた。道は微かでおぼろげ、うつろで暗く、捕らえ所がないが万象の原形である。おぼろに陶然としてしか、とらえられない中に精髄がある。これこそ幻影・仮象でなく真実・実在である。太古から今日まで連なって絶えることなく万象を統べる。私が万象のありさまを知るのはこの道の似姿としてである。


道を本源の秩序と註したのは道は本体論の表現だからである。道は万物の元であるが捕らえ所がない。しかし確かに在るものである。

 誰の子 4章

道は冲であるがこれを用いれば働きは尽きることがない。淵フチのように深く底知れず萬物の宗オオモトに似ている。(道の徳によって、)鋭すぎるものをくじけば、紛糾は解きやすくなる。まぶしい輝きを和らげれば、塵とも同じになれる、と。そして深い水面のように静まり返っている。わたしもそれが誰の子なのか知らない。上帝神の御先祖のようなものだろう。


捕らえ所がないから冲と呼ばれる。人間の認識では捕らえることができない、そこが冲、即ち空ろ・無と表現される。だからこの無は0ではない。人間の知覚では知り得ないものだから無いように見えると言うのである。そんな道は上帝神の御先祖である。上帝神の原文は帝であるが殷時代の最高神は祖先神の上帝なのでこう解釈した。周時代は帝に替わって皇天上帝、天帝、天と呼ばれるが老子の帝はこれを指すのかもしれない。殷代周代の帝神は人格神であるが、老子の道は人格性はなくなった条理・秩序と原理化した。そういう意味でも帝のさらに原理だから御先祖さまとされた。

 谷神  6章

谷神は絶えず谷水を湧きだす。谷神は死ぬことはない。)これを牝の神秘という。牝の神秘の門を世界の根源という。この虚ろは綿々と存在し尽きず生み出している。それは無理することがない。
{ゴシック体は戦国時代の馬王堆出土の錦書の字句からの訳。イタリック体はそれに当たる三国時代今本の老子からの訳。}


道は谷にも譬えられる。谷は空ろな空間を伴っている、そして谷水がわき出し流れてくるところである。空ろな発生源、そこが道に譬えられる。「
それは無理することがない」の原文は「不勤」で一般には「疲れることがない」と訳されることが多い。でも「不勤」には無理しないとも訳すこともできるのです。「無理しない」は老子の常套句の「無為」の意味でもあるので老子に添った解釈に外れない。そして道の特性は無為でもあるのでこの意味でも外れてはいない。ちなみに、沢庵禅師も老子のこの句を「無理しない」と解釈している。

 おぼろな秩序  14章

目を凝らしても定かでない、聞き耳を立てても音もなく、手探りをしてもさわれない。これら三つの手法では究明できない、混然としているようで一なるもの。明るくもないが暗くもなく、ぴったりと定義できずに、捕らえられないものへ戻っていく。姿のない姿、形の定まらない形、これをおぼろげなぼやけたものと言おう。予見しようとしても始まりも観えず、振り返って観てもその終わりも知れない。それでも昔からの姿から原形化してその似姿としての現状を相似形としてとらえる。その現状の理解によってまた原形をより知る。ぼんやりとぼやけた、かっちりとピントが合わない秩序が道の姿だ。

 大いなるもの  25章

何物かが混ざり合って天地開びゃくの前に産まれた。音もせず形もなく秘められているが自立していて不変で、遍く巡って安定している。これを世界の母と言おう。名付けられていないものだから道とあだ名しようか。それとも大いなるものと名付けようか。そうだ巨大なものだから広く行渡ったものだ。展開しきったものは極まる。極まったものはまた返ってくる。道を大いなるものと言ったが、天空も大なるものと言える。同じく大地も大なるものと言える。そして王もまた大なるものと言えるのだ。万象に四つの大があって王もその中の一つ。なぜなら、人は大地とつながっていて、大地は天空とつながっていて、天空は道をより所としているから。そして道は自ミズカらの然ママのものだ。

 大いなるもの(二) 34章

道の働きは満ちあふれて四方にあまねく行き渡っている。どんな事象がこれを頼んで生じてきても退けない。万事を成就して、自ミズカら名乗りをあげない。事象のどんな変容発展も受容して支配固定しない。その無欲ぶりは小物と呼ぶべきか。万物が帰属して主人ズラをしないのは大物と呼ぶべきか。それはけっきょく大事業を企てないからこそ(万象の発展をみずから設計しょうとはしない)良く大事を成し遂げる。

 大いなるもの  (三) 35章

大いなる事象を取って世に向かえば災いをもたらさず、また自らも平安無事である。にぎやかな音楽や御馳走は旅人の足も引き留めるだろう。でもこの大いなる事象は口に出して言ってみてもたわいもない事のようで、見るに耐えず、聞くに足らずで、誰にも相手にされない。(これは道の特性がおぼろげで、ぐずぐずしているようで、謙虚で、静かで寂しく、日常的なものだからだ。)しかしその働きを知れば不屈無窮と言っていいほどだ。

 むかし一を得るもの 39章

初めて一を得たものがあった。天空は一を得ることによって澄みわたり、大地は一を得ることによって動かず、神は一を得ることによって霊験となり、谷は一を得ることによって尽きず、万物は一を得ることによって出現し、王侯は一を得ることによって世の規範となった。以上の諸徳は専らこの一に負っている。天空がもし澄んでいなければきっと裂けるだろう。大地がもし安定しなければきっと崩れ去るだろう。神がもし霊験なければきっと消えうせているだろう。谷に虚ろの徳なければ枯れ果てるだろう。万物は尽きず興ってくることがなければやがて絶えていこう。王侯に節操なく高貴を誇ればおそらくは倒されよう。この一なる者のことわりは、卑賎さを高貴さの根本とする。低いことが高いことの基本とする。だから王侯は自称して孤児、やもめ、下僕とへりくだる。誉れを数え上げて得意になっていれば疎まれる。玉であるよりも一塊の石ころでいる。
{ゴシック体は馬王堆出土の錦書の字句からの訳。}

 道の評価  41章

道に近い人はその話を聞けば直ちにこれを実行に移そうとする。中位の人は道の話を聞いても半信半疑だ。不明な人は道の話を聞けば大いに笑い飛ばす。笑われないようでは道とするに足りない。なぜなら、ことわざにも言われているように「英知は世間の常識では愚かとみえ、真の進歩は迷路のように思われ、小幅な進歩は誰にでも評価され、正攻法はまどろっこしいことのようだ。また優れた徳は味気無いようであり、潔白なものはかえって恥辱が隠されているように思われる。広大なものは一見 目が粗く、穴だらけかと疑われる。健全なものは潔癖症でないからかえって不まじめなようにもみえる。質実なものもかえって かりそめなように怪しまれる。巨大な四角形の四隅は、それが四隅の一つだとは気づかれないだろう。巨大な器は、それがどんな器か見極めがたいだろう。大きすぎる音は至って聞きづらい。余りにも巨大な形は形状はないに等しい」。そうだ、道は隠れていて名を伏している。それでも万物をよく助け成就させる。

 一なるものを生む 42章

何物かが一なる者を産んだ。一は二を産み、二は三を産み、その三が万物を産んだ。この万物の有り様は、“陰”を負い“陽”に抱かれて二気の交じり合う一方に偏らない“中庸”によって成り立っている。そこで、人々がいやがるものは、孤児となる、独り者になる、人の下僕となることだが、しかし王侯はこれを自称に用いる。これは事象の理りが、失うことは得ること、得ることは失うことによって調和することを知っているからである。「勇猛な者は長生きできない」昔からの言い伝えを私もまた教えの父としよう。

 道の徳 51章

これより産まれ、チチ飲まされ、形づくられ、活力を与えられた。こうして万物は道を尊ばないものはない。この貴さの本質は、万象を成就させるのに命じて作り上げるのではなく、それぞれ万象自ミズカらに形づくらせることだ。そうだ、万象を産み、チチ飲ませ、成長させ、安定させ、充実させ、庇護し、産みだして固定せず、為して成果を当てにせず、成長させて支配しない。これを道の玄徳という。


 条理論

8 9 11 48 22 2 29 43 67 76 78 27 62 33 44 45 79 23 16 12 52 58一部 71 40  63 64章

  水の徳  8章

最上の善は水のようだ。水は万物をうるおすがその功績をあらそわない。人々が嫌う低いところに集まってくる。それは道に似ている。いつもの居場所は地の低いところ、いつも深い淵の心、いつも与えるのは仁、いつも信実を云い、いつもよい政治をなし、いつも事業は果され、いつも時に応じて動く。ただいつも功績を争わない。だから咎がない。

 過ぎたること 9章

手にした器は一ぱいまで満たさないほうがよい。刃物は鋭く磨ぎ過ぎると長くは使えない。財貨をわれ一人のものだと掻集めてもよくは保てない。大きな富と権力を一身にして誇れば自ミズカら災いの種を蒔く。これらのことは長く持続可能なことではない。大事を成し遂げてもその功績に居座らないのは天の道である。

 無いことの用途 11章  

車輪は真ん中に穴が開いていて軸棒を通せることによって、車の働きがある。粘土をこね延ばしてお碗を造るが、窪みの部分があるから器の用をなす。部屋は出入り口があり、窓があり、四方の壁が空間をかこんでいるから部屋の用途がある。故に、器物の機能は空間の中空の機能にも依っている。故に、有の働きは無<虚ろなもの・知りえないもの>の働きにもよっている。

 道を修する時は 48章

世に行われている学問をすると、日一日と知識や物思いが増えていく。しかし、わが道を修めると日一日と身の後先への思いが無くなっていく。無くして無くしてついに得失を計らない所業に至る。ここに至ると計算して立ち回らなくてもなさるべきことは成就する。そして何事か世を征するようなことも無理のないことによって達成される。強引に走るようでは大事をなすなどおぼつかない。
“無為而無不為”は直訳すれば、ことさらなことでなく無理のないことをしていれば何事も成し遂げられる、となる。ことさらなこととは、片寄った極端な判断からの行為、無理を重ねる行い、驕った行い、近道を往くような手抜きなど。人は余計なことをして事を破るのが倣いとなっている。平常が道である。あたりまえの道はさしたることもなく淡泊で無味のように感じられるが何事も成し遂げる、尽きることがない働きがあると老子は云う。

 理り 22章

欠けたものは完全になろうとする。曲がったものは真っ直ぐに戻ろうとする。窪んでいれば何かしら流れ込んでくる。古くなってしまうと新しくしようとする動きが起こる。少なければ得ようとし、多ければ失うものも大きい。そこで聖人はこの均等の理り(原文;一)を心得て世の模範となる。みずからの都合にて決め付けないから、真実が明らかにできる。独り善がりにならないから、成果も確かなものになる。驕り高ぶらないから、功績に傷がつかない。自己満足しないから、長くその実力を保てる。それはただ謙虚でいて争わない、だから世の反発も招かない。昔から言われている「欠けたものは完全になろうとする」とはどうして嘘であろうか。深く理解してこの理りに返ろう。

 美は醜 2章

世の中で美しいとされているもの、それは醜いものへも反転してしまう。世の中で善とされているもの、それは不善へも反転してしまう。なぜなら、高いものもより低いものとの比較に過ぎない。長いものもより短いものとの関係に過ぎない。前方と後方は互いの判断だ。難と易も互いの基準だ。また、存在と非存在は相互いに現れ、和音と不協和音とも音楽的響きとなる。そこで聖人は極端な片寄った行動をとらず(原文;無為)、こうだ、と決め付けて云わない規範(原文;不言の教え)を行う。それで、何事が起こってきても支配しない、また固定しない。何事かを成してそれを頼まない。功績をあげてもそれに依存しない。何物にも依りかからず留まらないから過去の人とならない。
ー悪を嫌うを善じゃとおもう、きらう心が悪じゃもの。ー
ー善をしたこと善じゃとうじゃる、うじゃる心が悪じゃわい。ー
ーよきもあしきも一つにまるめ、紙に包んで捨てておけ。ー  ばんけい

  片寄らず 29章

天下を取ろうとしてなすことがあるならば、吾は得るものはないのを見るだけだ。天下は神器である。強いてなすことはできない。なすものは敗れ、強行するものは失う。それは物事は先行するものがあれば随うものがある。緩んだものがあれば急なものがある。強いものがあれば弱いものもある。上があれば下もある。一方に片寄った行いは物事の実態に合わない。これにより、聖人は甚だしいこと、奢り、軽視を去る。


 創造  43章

最も柔らかいものが最も堅いものを使役する。 (自由な直感が固定されたセオリーを使役して閃きのあるものを作り出す。)形のないものは隙間のないものにも染み入る。 (自由度のある秩序が未知の状況に応じる形式を形成する。) これだと言い切ってしまうことのない教え(不言の教え)と選択幅のある行動の有益性(無為の益)。柔らかい秩序の働きほど有意義なものはない。

 三つの宝 67章

世の人々は皆、私の説く道について大きすぎて間が抜けていて現実的でないという。現実に反しているように見えるかも知れないが、それが広大な多元事象を統べるための現実の姿なのだ。私には三つの大切なものがあってこれを宝物としている。一つは慈愛、二つ目は無駄をしないこと、三つ目は世に一人だけ先駆けしないことである。慈しむ心から勇気が産まれてくる。無駄がないからゆとりがある。一人だけ先駆けしないからこそ、人々に支持されて人の上に立つ位に推されることもある。慈しみのない勇気は野蛮に堕ちる、抜け駆けをしていれば孤立する、無駄が重なれば底をつく、これではやがて破滅するだけだ。慈愛の勇気で戦う者は戦いを慎み、有利に戦っておごらず、勝って兵を引くことができる。この慈によって守れば神様も味方しないではいられないほどなのだ。

 生の属性 76章

人は生まれたときは柔らかく弱々しいが死ぬときは硬直する。すべて草木に至るまで生きている時は柔らかいが死ねば枯れて堅くなる。だから強固さは死の属性で、柔らかく弱々しく柔軟で力が入ってないのは生の属性である。この道理から言えば国が強大な兵力に頼っているときは、滅亡衰退に近づいているときだ。硬い木こそ折れやすい。硬直さ・強大さは低く評価されるべきで、柔軟さ・力んでない事は高く評価されるべきものだ。

 柔軟さ 78章

世の中に水より柔軟なものはない。しかし強固なものを穿ち・解体するのもこの水である。柔軟なものが硬直したものに勝ち、力を抜いている者が力んでいる者に勝つ。このことを世の人も皆、知ってはいるが実行できないでいる。古への神聖な為政者が言うことによれば「国に恥辱や不幸がある時に導くものが王者だ。」何事も真実の言葉は逆説のように聞こえる。 

 静かさ 23章

静に語るものは自分の本性をより所としている。疾風や驟雨のような騒々しいことは一日も続くことはできない。これを起こすのは大自然ではないか、自然でさえ本来の姿に逆らったことは長続きしないのだ、まして人はなおさらの事だ。それゆえに、本来のことわりに従う者は好事栄誉の嵐(原文;道・徳)にあっても、逆境恥辱の嵐(原文;失)にあっても、これらを外からの一過性のものだと見なして憎まず、楽しんでいる。(そして、速やかに静かな平常に帰るのだ)

 静かなこと 16章

心を虚にする道を極めて静かさを守っていよう。万象が立ち起こってきても私はそれが大本へ帰っていくのを観察する。事象が盛んに変容発展しても各々その根源に帰っていく。その根源は静寂なものである。これこそあるべき本来の姿(原文;命)である。あるべき本来の姿に帰るのが常ミチと云われる。常を知っていることが叡知(原文;明)で、叡知に欠け常を知らなければ妄動して不吉だ。常を知れば吉事凶事も包み込まれる。包み込めば公平無差別、公正は王者の徳、王者の徳は天の徳、天の徳は本源の徳(原文;道)だ。そうだ久遠の本源に帰るのだから天寿を全うするまで危険を知らない。

 五色 12章

艶やかな色彩はめまいを起させ、かまびすしい音響は耳を塞ぎ、ごちそうは舌をおごらせる。田野を駆け回る狩りは、はげしい高ぶりを引き起こす。得難い財貨は、人の行いを過たせる。そこで聖人は腹・内的なるものを満たして、目・外的な事柄に向かうものを慎む。 これをしっかりと実行する。

 知覚を慎む 52章

この世界には始まった根源がある。それがこの世の母だ。この母を透して子(=自身)を理解する。その理解をもとに根源のことわりを守っていれば、天寿が尽きるまで身に危険はない。感覚器官をふさぐことを知っていれば、終身疲れを知らない。感覚器官をほしいままにすれば、終身安らぐことがない。知覚を慎しめば明哲し、柔(柔軟さ・謙虚さ)を守れば強いと言われる。この明哲の内なる知恵に帰れば、身の災いを残すことはない。これを永遠を手に入るという。

 当たり前のこと 27章

本街道を歩く者には迷った跡がない。本当のことを言う者にはつじつまが合わない言葉がない。ごまかさないものには複雑な計算はいらない。初めから閉じているものは、閂で閉じているわけではないので開けようがない。良く編まれた一本の縄は、つなぎの結び目があるわけではないので、解きようがない。{以下、意味不明だが、仮の訳をつける。}そこで、良く人を使い事を処理する者は適材を見出し、よく活かす。あらゆる物事を適所に働かせ、無駄になる物もない。能力のあるものは不能の人の指導者であり、不能の人は能力者の補佐である。だから人を活かすのに私的な温情を掛けたわけではなく、された者も特別な恩義を抱くわけでもない。策略家にはわけが解らない。それで本来の当たり前のことが巧妙なことと言われる。

 反賢人論 62章

{この章も不明。仮の訳とする。}

道は万物の奥にある。道理をわきまえた人は宝物としているが、物の道理に疎い人でも内に秘めていることに変わりはない。それで優れた言説は取り立てられ、貴い行いは人にも及ぼされ、広く持てはやされる。しかし取り立てて卓越したものでなくても、等閑にすることは何もないのである。世間では天子を立て大臣を置いて、さらに目の色を変えて賢人を捜し求めているが、おおよそ無駄な努力である。古への名君がこの道を尊んだ分けは何か。真に必要なものは与えられ、多少の過ちも猶予されるからである。だから卓越したものでなくとも所を得る道こそ世の宝である。

 真実のもの 33 章

人心を収らんするものは知恵物と云えるが自己を知る者は真の知者(原文;明)だ。人を負かす者は強いと云えるが自己に勝つ者は真の勝者だ。(人より多く財貨を蓄えた者は豊かと云えるが自己の持ち物を好いて)満足している者は真の富者だ。これらを日々怠らないものは高い志による。これを失わない者は久しくあるだろう。死ぬまで亡わない者は長寿をえる。

 軽重を問う 44章  

名声と生身とはどちらが大切だろうか。財産と生身とはどちらが有難いだろうか。得ると失うとではどちらが悩ましいだろう。たとえば、愛着が深ければ費やすものもまた多い。多く蓄えれば失う心配も大きくなる。過ぎたことをしないようにして、わが身を大切にすることを知れば辱めも災いも受けない。そのようであれば長久であることができる。

 本物の見かけ 45章

真に完成したものは平易でその効能が低いように見えるがその働きに隙はない。真に充実したものは静謐でぬけ殻のように見えるが働けば尽きることがない。真に実直なものは曲がったものに偏見を持たないから、曲がったものを受け入れているように見える。真の巧みは技巧を惜しみ、真の弁舌は日常の平易な言葉でなされる。<以下、54章とつながるようだが仮に訳す>さて、静居や運動は暑さ寒さをしのぐ法としか思われていないだろうが、何でもないことのような清く静まっている行いこそ、世に正しい業はないのである。

 猶予 79章

一度大きな恨みを結ぶと、和解したとしても完全に恨みが消えることはないだろう。これは甚だしい事・過ぎたる事から起こることで、決して善く処した事にはならない。だから、ことわりをわきまえた人は、借金の証文を振り回して人を追い詰めるようなことはしない。ことわざにも「大人物は支払いを猶予してやるものだ」とある。自然のことわりに えこひいきはない。激しい手段に訴えなくとも正当な人は守られるだろう。

 究極は極めがたい 58章

禍は福の寄りそって来るところで、福は禍のひそんでいるところだ。だれもその究極を知らない。正しさとはどこにあるのかないのか。正しさも偽りとなり、善も邪悪となる。人の戸惑いもいつの頃からか知れない。それで聖人は方正であるが方正で割切らず、清廉であるが清廉で割切らず、実直であるが強いて実直を通さない。光り溢れていてもまぶしくし輝かない。

 賢い知恵 71章

何事かを知っていてもその知識にも知りえない部分が残っている。この事に気づいていない人は知識の病を免れない。このことを知っているのが知者であると云うべきだろう。

 反復するもの 40章

事象は気候の変化の温かくなったり寒くなったりの折り返しのように反覆を重ねて変容する。この優柔さが道の働きの方式である。森羅万象は根源的有から形作られているが、その有は突きつめれば無・知りえないものから形作られている。

 平易な業 63章

ことさらなことをせず、平時の営みをよしとし、けれん味ない味をおいしいとする。小事にも大事として対応し、少なくとも多いものとして扱い、恨みごとにも平常の情けを失わないで対処する。そうだ、困難なこともまだ容易なうちに片づける。重大事もまだ些細なうちに処理する。難事大事と言っても始まりは何でもないようなことがきっかけだ。それでこのことをわきまえている人はついに大仕事にぶつからない。それだからこそ何事も成し遂げてしまう。安請け合いは信用を落とすもと、安易なことを重ねていれば必ず困難に見舞われる。それで聖人でさえ何事も容易なものはないとしている。だからこそ困難に行き当たらない。

 行為論 64章

穏やかなものは持続しやすい。まだ兆しのうちは対処しやすい。もろいものは容易に溶かせる。微細なものは散らすのが簡単だ。事をまだあらわに現れないうちに処理する。事がまだ乱れないうちに治める。それで、抱きかかえるような大木も毛先のような芽から生じ、九層の楼閣も盛り土から起こり、千里の行程も足元から始まる。物事はこのようであるから、ことさらになすものは失敗する。それで聖人は無理やりに行うことはない。聖人は日常の平易な務めに縁っているから失敗がなく、強行しないから失わない。人々が仕事に就くとほとんど終盤に失敗する。終わりまで初めのように弛まず務めれば誤ることはない。さらに聖人は奇貨を重視しない。もったいぶった学問によらない素朴な知恵に学ぶ。人々の見向きもしなくなったあたりまえな平常に帰って、万人の天性を発露させて押し付けはしない。

この老子のやり方に付いて荘子の雑編に寓話が出てくる。以下のようである。

老タン(老子)の弟子に庚桑楚コウソウソなるものがいた。老タンの道を極めて北のかたワイ塁の山に住んでいた。知恵者の下男は退け、なれなれしい深情けの下女は遠ざけていた。手に鋤タコのできたものを集めて、暇なく働くものを使っていた。ワイ塁の山は三年たつと大変豊になった。山里の民が云うことには「庚先生が始めて見えられた時は驚き怪しんだものだった。今では日々の稼ぎはかすかすでも年ごとには余裕がでてきた。これはどうやら聖人さまに違いない。みんな、祝詞を奉って土地神様として祭ろうじゃないか」。村の長オサの役に納まっていた庚先生はこの話を聞いて浮かぬ顔であった。弟子がいぶかっていると答えて云う「何を怪しんでいるのか。春の気が発すると百草がめばえ、秋に至ると万の作物が実る。春秋はこのようであるに違いない、天道が行われるのだから。成るようになったまでだ。ただ困ったことには、私はこのように聞いている『至人は小部屋に静居しているもので、衆人は慌ただしく動き廻っているものだ』と。それなのに今や、山里の民が知恵をまわして、わたしを賢人に祭り上げようとする。人気の的になってしまったのだ。わたしは老タンの言葉(清静・樸)に安すらいでいられなくなったな」と。弟子が云う「そうではありません。小さな溝では巨魚は身動きもとれません。ドジョウぐらいが住まうところです。低い丘では巨獣の身を隠すところもない。キツネくらいが良い居場所だ。賢人を尊んで位につけ、利益を求めるのは古への尭舜以来のことです。山里の民ならなおさらです。民の願いを聞かれよ」と。庚先生が云う「若者よ、もっと近くに来なさい。車も呑むほどの獣も一頭で山を離れれば網に掛かる怖れがある。舟を呑むほどの魚も跳ねて陸に上がればアリにも苦しめられる。だから鳥は高く飛び、魚亀は深く潜る。それは生を守るものは身を深く微かな安処(清静・樸)に隠すことを厭わないのである。それにあの尭舜の二人はどうして褒めるに値しようか。その云うことは、りっぱな垣根にわざわざ穴を開けてヨモギを植え付けるようなものだ。髪を小分けして一本一本に櫛を入れているようなものだ。米つぶを数えてからメシを炊くようなものだ。(それは不自然な余計なこと。)そんなことは小さなことで、そんなことで世を救うことなんかできやしない。尭舜のやり方で賢人を登用すれば民は競いあい、知者に任せれば民は盗みの知恵にも目覚める。民のためにはならないな。民は巨益には務め励むもので、やがては父を殺し、君を殺し、真っ昼間から盗みのために垣根に穴を開けることになるだろう。あたなに告げよう、大乱の本は尭舜の時代に現れ、千世の末まで続く。千世のあとには人と人とが食合いすることがあるだろう」と。以下略す。(雑篇/庚桑楚)

庚桑楚のやり方は、下男の賢いものは退け、なれなれしい深情けの下女は遠ざけ、手に鋤タコのできたものを集めて、暇もなく働くものを使うのであった。それは知恵を回して手っ取り早く成果を求めることではなく、温情で特別な恵みを授けられることでもなく、日々に一途に働いて、春・秋に順じた農作業のなすべきことをなすのである。それは無為のことを云っているだろう。くらべて、尭舜のやり方は賢知に頼るものでそれはわざわざ米つぶを数えて炊くような小賢しく功を競うもので、庚桑楚のような為るべくして為る必然の道からは小事抹消なことにすぎない。無為は手っ取早いものではなく、特別なお恵みを得ることでもない。日々一歩一歩弛まず働くものだから、毎日は何事も起らないように見えるが一年で見れば成果が出ている。“無為にして為さざるなし”で、毎日こつこつやることが結局、何事も成し遂げてしまう方法なのである。 

庚桑楚のこのやり方はワイ塁の山を豊にしてしまった。功業があからさまなものとなって民に知られるところとなり、聖人と祭り上げられる状況が庚桑楚の悩みの種となるのがおもしろい。これと似た話が歴史上でも起った。前漢の文帝の御世にも、十年ほどをへて無為の治の施政の実効が上がると“正朔服色”や“祭祀儀礼”の話題が持ち上がるようになった。めでたい天の徴シルシが顕れると、まだ無為の治には一知半解の文帝は大いに喜び、祀りを盛んにしようとしたのであったが、神事の詐偽が発覚した。以降、文帝は祭祀のことは敬して遠ざける姿勢を取るようになったのでした。


郭店老子竹簡の衝撃。上の竹簡の左から二文字以下点から点まで八文字は今本老子19章の「仁を絶ち義を捨てれば、民孝慈に復す」にあたるが、この竹簡には「偽を絶ち慮を捨てれば、云々」と記されていた。


TOPの目次へもどる続きへゆくリンクへゆく