和紙

シーボルト
蛇足
■□シーボルト

4月19日は日蘭交流400年です。(蘭:オランダ)
オランダはネーデルランド(Nederland)で低い土地の国の意味です。
では、なぜ日本でオランダと言うのでしょう?
この国の王国の俗称ホラント(Holland)がポルトガル式にHが発音されずにオランダとなったそうです。

1600年4月19日リーフデ号が豊後(今の大分県)に漂着しました。この船に乗っていたのが学校でも習った、東京の地名、八重洲(やえす)に名を残す
ヤン・ヨーステン(オランダ人)や、三浦安針(ウィリアム・アダムス:英国人。名字は領地をもらった場所三浦にちなみ、名は彼が水先案内人だったので、それを表す日本語の安針としたのです。)達です。
家康は彼らを重用しました。

そして、もう一人オランダにかかわる人物で有名なのは、
シーボルト(1796-1866)ですね。彼はドイツ人ですが、オランダの自然科学アカデミーから東インド軍医で赴任。医者として、日本の医学に大きな役割を果たしたのは有名ですね。

彼はオランダ人と言うことで入国しています。当時、オランダ人と中国人以外の入国は許されていませんでしたから。
しかし、彼のオランダ語には訛りがあり、日本人にオランダ人ではないのではと指摘されています。
彼は、自分は貴族なので高貴なオランダ語を使う、他の人間は下層階級なので言葉が違うのだと言い逃れたとか。

祖父のカルル・カスバー・フォン・シーボルト(1736〜1807)は解剖学、産科学の開祖で、医者の家系なのです。そういえば、彼の娘"
楠本いね"も日本で最初の女医になったといわれています。(吉村昭:「ふぉん・しいほるとの娘」)(注1)

彼は医者として
鳴滝塾で高野長英等を育てたのは有名です。
彼には医者の顔以外に、もう一つの顔がありました。
博物学者です。彼は、日本の情報を数多く収集しオランダに送っています。彼が日本から帰国後住んだライデン市には、彼が持ち帰った多くの江戸時代の生活用品や生物の標本などが博物館に収蔵されています。その内容の充実ぶりはすばらしく、江戸時代のタイムカプセルを見るようだと評されているそうです。(注2)

幻の"
日本狼"(注3)の標本や、今や絶滅寸前の朱鷺(トキ)の標本もその中に含まれています。
今でも、彼が持ち帰った欅(けやき)、栃(とち)、藤などの植物がライデン大学付属植物園で育っています。

朱鷺の学名は彼の送った標本からつけられました。1835年オランダのライデン博物館館長テミンクが「Ibis nippon」の学名を与えたのです。
え、学名が違う!そうです。実は1871年大英博物館のグレイによって朱鷺は1属1種であることが確認され、その時、学名が今の「
Nipponia nippon(ニッポニア・ニッポン)」になりました。

もう一つ有名なのに、
アジサイの学名「Hydrangea Otaksa」があります。
これは、彼が愛した、遊女其扇(そのぎ)、本名楠本滝(おたきさん)にちなんでいます。彼女との間に出来た子が「いね」です。

彼は伊能忠敬が書いた地図などを、国外に持ち出そうとして見つかり、国外永久追放になりました。いわゆるシーボルト事件です。
しかし、彼は晩年(1858年)、通訳として再度日本を訪れて母娘に再会しています。
彼がどのくらい彼女を愛していたかは、著書「日本」に挿絵でおたきさんの肖像を入れていることからも想像できます。

それから、あまり知られていませんが、彼の息子も幕末から明治にかけて通訳として日本に来ています。幕末を外国人の目で見た、アーネスト・サトウの「一外交官の見た明治維新」(岩波文庫)の中に頻繁に名前が出てきます。

あと、オランダで思い出すのは
ゴッホ(Vincent Van Gogh:1853−90)やレンブラント(Rembrandt Harmensz van Rijn 1606-1669)などの画家ですね。
特にゴッホは広重らの浮世絵を好み、模写しています。また、自分の絵の背景に浮世絵を書いたものも有ります。
「雨中の橋」(歌川広重の「大はし阿たけの夕立(おおはしあたけのゆうだち)」)や「咲きほこる梅の木」(歌川広重の「亀戸梅屋舗(かめいどうめやしき)」)など有名です。

他にも、
咸臨丸(かんりんまる)はオランダで作られましたし、東京駅はアムステルダム駅を真似て作られました。
他にも、私達の身の回りに日本とオランダを繋ぐものが数多く存在しています。しかし、今、私達は風車やチューリップくらいしか思いつかないのではないでしょうか。

(注1)日本で最初の官許の女医は荻野吟子(おぎのぎんこ)です。明治17年第2次東京医術開業試験に合格しています

(注2)
シーボルト・コレクション
標本類:哺乳類(剥製200点)、鳥類(剥製900点)、魚類(剥製750点)、爬虫類(剥製170点)無脊椎動物5,000点、植物2,000点(800点は生育)、植物標本12,000点
模型類:25分の1サイズの日本家屋(武家屋敷、商家、寺社、娼婦館、橋)
人形類:25分の1サイズ模型(12種類の職種の違う人形、役人、商人、農民など)
道具類:百姓道具、傘屋の道具、銀細工道具、鼈甲細工道具、眼鏡屋道具、煙草道具、塗り師道具、竹細工道具、紙漉き道具などの実物
サンプル:和紙、鉱物、布地、織物、食物、衣類など
絵画、地図:川原慶賀筆1,200点(民俗図譜800点、植物画400点)、地図多数
美術工芸品:葛飾北斎

(注3)
2001.2.13  たけしの万物創世記より
このニホンオオカミの標本はテミングによって、タイプ標本(タイプ標本とは新しい生物種が記載されたときに基準とされた標本のことです。)とされました。しかし、標本の裏にはヤマイヌと書いてあります。事実、シーボルトはヤマイヌ2匹とオオカミ1匹の標本を同時に送っているのです。ライデン博物館の標本はニホンオオカミで無いかもしれません。ただし、剥製化されていない骨格の一つはニホンオオカミでしょう。
ニホンオオカミの剥製は他に日本に3体、イギリスに1体あります。
昨年、写真にとられたニホンオオカミらしい動物もいまだ正体は不明です。


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