和紙

太公望
□■太公望

最近、宮城谷昌光の「
太公望」と安能務の訳した「封神演義」を読みました。
どちらも、太公望が主人公なんだけど、全く趣を異にしますね。特に「封神演義」の方はゲームになって、本もたくさん出ています

私はこの太公望がとっても好きです。
太公望は渭水で釣りをしていて
文王に見出されてその師となり、文王、武王をたすけて殷を滅ぼした軍師です。本姓は姜(チャン)、字は子牙。氏は呂、名は尚。周代の斉国の始祖です。

太公望の名の由来は周の祖、太公が待ち望んでいた賢者という意味で名づけられたと言われています。
時代は殷の滅亡がB.C.1023年ですから、紀元前11世紀の人です。(日本はまだ縄文時代まっさかり)

この太公望、日本では
釣師を意味する方が有名ですね。
この名前、安能務によると「そもそも太公望は、魚釣りの技法すら知らなかった。実は、彼に釣りの技法を教えたのは日本人である。太公望を誰が日本に連れてきたかはわからない。したがって誰が釣りの「技法」を仕込んだかも不明である。」と、言わせているように、彼の釣り糸は水面から3寸も離れていたとも、針が真直ぐだったとも言われています。
つまり彼は魚を釣ろうとしていたのではなく、文王を釣ろうとしてたのですね。

で、太公望に係わるお話を幾つか。

」っていう字が商売などの意味に使われる理由です。
太公望が周王を助けて滅ぼした国”
”王朝、その国号が「商」なのです。
新興勢力の周は、かつての商の高官をいわば公職追放し、亡国の民は商人に成らざるを得ない状態に追い込まれます。これが、商業、商人の「商」の語源という説です。

それから、皆がお世話になった、なっている?「
虎の巻
中国の兵法書の代表的古典は「孫子」「呉子」「尉繚子」「六韜」「三略」「司馬法」「李衛公問対」の7つです。
もちろん、その中で秀逸は「孫子」とされて、日本でも最近たくさん本が出ています。私は「呉子」の方がどちらかと言うと好きですが・・・。

ところで、太公望の兵法書は「六韜(りくとう)」です。これは文韜、武韜、龍韜、虎韜、豹韜、犬韜の六巻から成っていて、その中の戦略・用兵の奥義が書かれていた「
虎韜」から「虎の巻」という言葉が生まれました。

最後に「
覆水、盆に返らず
太公望は若いときは、本ばかり読んで少しも働かなかったと言われています。
奥さんの馬氏はあきれて実家に帰ってしまいました。しかし太公望(呂尚)は周の文王に認められ、大出世をしたので、それを知った馬氏は後悔して、太公望のところに戻って来ようとしました。ところが、太公望は馬氏に向かって鉢に入った水を庭にこぼして、その水をもとの鉢に戻したら妻として受け入れようと言ったと言われています。
一度こぼした水はもとの器に戻らない。一度別れた夫婦はもとには戻らない。一度してしまったことは、取り返しがつかない。と言う意味ですね。

紀元前11世紀頃の言葉が、現代にも生きている。すごいですね。


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