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長久保赤水
長久保赤水(ながくぼ せきすい:1717-1801)
あまり聞いたことが無いでしょうが、彼の作った地図は驚くほど良く出来ています。

赤水は、現在の茨城県高萩市の農民の子として生まれ、52歳で認められて、水戸藩に出仕し、61歳のときには藩主の治保(はるもり)公に講義をする侍講(じこう)にまでなりました。

赤水は、多くの日本地図や世界地図を作りました。

それまでの日本地図は、日本の形や全国を構成する国の形がなんとなくわかるといったものでした。
しかし赤水が作成した『
改正日本輿地路程全図』(1775年)は、それまでの普及版日本図に比して図形が飛躍的に正確となったことです。
また、「一寸十里」(1296000分の1)という
縮尺をそなえ、刊行図として、はじめて経緯線を取り入れました。
これで蝦夷地(現北海道)を除く日本の形がほぼわかるようになりました。

もちろん、正確さでは実測をもとにした伊能忠敬の『伊能図』(1821年)に劣りますが、赤水の地図はそれまでの地理学を検証して作成されたもので、
実測によるものでは無いだけに、驚くべき研究の成果、労作といわれています。

幕府の重要機密扱いをうけた「伊能図」にかわり、赤水の地図は広く印刷されています。
そのため明治になるまで「
水戸赤水図」と称されて全国に普及しました。
実測と天体観測によって赤水図とは比べものにならぬ正確な図形と経緯線を示した伊能図が、江戸時代において代表的日本図とならなかったのは、幕府が伊能図を秘蔵し続けたからです。

ほかにも赤水は『
改正地球万国全図』など多彩な地図を数多く作成しています。
唐土歴代州郡沿革地図』という初めての歴史地図まであります。


「新刻日本輿地路程全図」(しんこくにほんよちろていぜんず)
長久保赤水 作  天保4年(1833)刊 鷹見家歴史資料

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