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豆腐
豆腐の仲間
□■豆腐

10月2日は「
豆腐の日」だそうです。トウとフタツ?

では
豆腐の名前の由来です。
「豆腐」と「納豆」の文字って何となく反対なような気がしません?
でも、これで正しいんです。
実は中国では「腐」という文字は「くさる」という意味以外に、「固まる」とか「柔かい固体」の意味にも使用します。
つまり豆腐の場合は後者です。

一方の納豆ですが、元禄時代の『本朝食鑑』に、お寺の台所、すなわち納所(なっしょ)で作られた豆だから「
納豆」だと書かれています。

中国で初めて豆腐が作られたのは、一説には、今から2千年余も前、漢の時代の学者で
劉安(紀元前122年没:りゅうあん)によって創案されたとも言われています。
しかし、実際に文献などに”豆腐”という文字が登場するのは、約1千年前、宋代の初期に書かれた『清異録』という書物が最初だそうです。

日本に豆腐が伝えられたのは
奈良時代と言われています。
豆腐に関する最古の文献は、1183年の奈良春日大社の記録(「唐符」と記述)です。
鎌倉時代の後半に書かれた日蓮の書簡には「すり豆腐」という言葉があります。
また、南北朝時代から室町時代にかけては、寺院の記録の中に、豆腐に関するものが急激に増えてきます。
このことから豆腐は精進料理には無くてはならないものだったようです。

茶道の広まりとともに神社仏閣の精進料理が一般にも浸透しはじめ、室町時代以降には庶民も目にするようになりました。

江戸時代に入ると、天明2年(1782年)に『
豆腐百珍(とうふひゃくちん)』が出版されます。
大阪の醒狂道人何必醇(せいきょうどうじんかひつじゅん)によって編集された豆腐料理の本です。
実に230種以上にも及ぶ豆腐料理が紹介されています。
大変売れ行きが良かったらしく当時のベストセラーでしたが、日本料理の古典書としても定評のあるものです。

翌年「豆腐百珍続編」、翌々年「豆腐百珍余禄」が出版され、当時から多様な豆腐料理が作られ、豆腐が庶民の食生活にはなくてはならない食材であったことがわかります。

この「豆腐百珍」の出版を機に江戸時代、江戸や大坂などの大都市を中心にグルメ(食通)ブームが起こりました。
この後、「甘藷(いも)百珍」など「百珍もの」が次々出版されます。

ところで、
絹ごしと木綿の違いは?
木綿豆腐は布を引いた寄せ桶の中で撹拌、崩ずしや型箱で圧搾を行って作ります。
一方絹ごしは豆乳を、凝固剤を入れた穴のない、布を引かない型箱に直に流し込み圧搾をしません。

絹ごしの名は絹のように、あるいは絹の布で濾(こ)したように、滑らかで、きめの細かい肌目をしているため、このように呼ばれています。絹で濾しているわけではありません。

豆腐の旨みと栄養素は、大豆が
畑の牛肉といわれるくらいですから、豊富です。
たんぱく質 カルシウム、脂質、カリウム糖質、ビタミンB1、ナトリウム、ビタミンB2、食物繊維・オリゴ糖、などです。

では、雑学です。
冷や奴(やっこ)の「奴」とはどういう意味でしょうか?
奴とは日本料理における切り方の名称で、大きめの正立方体に切ることを「奴に切る」というような言い方をします。
その語源は、江戸時代、武家につかえていた奴さんの衣裳の紋に由来するといわれています。

英語で「豆腐」は?
"tofu"です。ちなみに味噌は"miso"または"bean paste"で、醤油は"soy"または"soy sause"です。

麻婆豆腐の語源は?
「麻」はあばた、「婆」はおばさんの意味です。
このおばさん、陳さんと言いますが、あばた面だったとか、美人だっがニックネームが麻婆だったとか諸説あるようですが、彼女が作ったことは間違い無いようです。

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