和紙

囲碁
□■囲碁

今日は「囲碁」のお話です。といっても、遊び方を説明するわけではありません。
面白いゲームなので、覚えて損は無いと思いますが・・・。^^;
囲碁の事を"
烏鷺(うろ)の戦い"と言うのは、黒い烏を黒石、白い鷺(さぎ)を白石に見立てたものです。
ちなみに、
烏龍茶も"黒くて龍のような形をしている"と言う意味です。

囲碁の始まりは、伝説によると、紀元前二十四世紀ごろ、中国の伝説上の聖天子
堯帝(ぎょうてい)舜帝(しゅんてい)が囲碁を発明して息子たちに教えたと伝えられています。
文献には、紀元前七、六世紀頃、『史記』や『論語』などに囲碁に関する記述があります。
当時、碁は娯楽というよりはむしろ天文地象の占いや兵法の研究のために用いられることが多かったようです。

日本へは五世紀ごろ、中国から朝鮮半島を経て日本に伝わり、やがて貴族や僧の間で流行しました。
735年
吉備真備(きびのまきび)によって伝えられたとする説もあります。

『枕草子』や『源氏物語』には、囲碁についての記述が多く見られ、その内容がかなり専門的なものであることから、清少納言も紫式部も相当の打ち手であったのではないかと言われています。

「碁敵は憎さも憎し、なつかしき」この川柳、碁打ちの心境を良く現していますね。

こんなに古くから盛んだったため、私達が日常使う言葉にも、多くの囲碁に関する言葉があります。
(語源が将棋と区別できないものも含んでます)
説明するまでも無い言葉として、「
定石(じょうせき)」、「布石」、「捨石(すていし)」、「段違い」、「先手を打つ」、「後手に回る」、「局面(を打開する)」、「大局(を見る)」、「序盤」、「中盤」、「終盤」、「終局」などがあります。

岡目八目(おかめはちもく)
傍で他人の囲碁を見ていると、打っている人より八目も先を見越すと言う意味から出た言葉です。
局外から観察する者のほうが、当事者よりかえって物事の真相や利害得失をはっきり見わけることのたとえです。

この"岡"と言う言葉は、正規でないと言うような意味です。
この意味の"岡"を使った言葉には、岡引(おかっぴき)、岡場所、岡惚れ、などがあります。

傍で見ているとつい口を出したくなるので、碁盤の足は口出し無用の意味で"くちなしの実"をかたどっています。
また、裏に彫ってある穴は、口出しした人を切ってその血を入れるのだとか、まことしやかに伝えられています。

八百長
明治時代の実在の人物「八百屋(脚注)の長兵衛」通称「八百長」さんが、相撲の年寄の伊勢海五太夫さんとの囲碁の手合わせで勝敗が常に五分になるように心がけていたことから、なれあいで勝負することを八百長というようになったといわれます。

駄目(だめ)
囲碁は陣取り合戦のゲームですが、「駄目」とは、白黒双方の境界にあってどちらの地(ぢ)にもならない所という意味です。
「駄目」に石を置いても自分の陣地とはならず無駄になってしまうのです。
駄目押し」も囲碁が語源で、念のため「駄目」に石を置くことをいいますが、現在は「駄目を詰める」と言う方が普通です。

一目(いちもく)置く
囲碁では、強さに差がある場合、最初から黒(弱い方)が幾つか石をおいてゲームをすることがあります。
いわゆるハンディ戦です。これを置き碁といいますが、置き碁はニ目からなのです。
と言うのは置き碁は白から打ち始めます(普通は黒から打ちます)ので、一目だと普通の試合と同じになってしまいます。
ですから、実際の碁では"一目置く"ことは、ありえないのです。変ですね。^^;

けじめ
囲碁用語の「闕(けち)」から来たとする説があります。
上で説明した駄目と同じ意味のようで、源氏物語などには出てきますが、現在ではあまり聞きません。

結局
囲碁で一局を打ち終わることを「結局」といい、この「結」は終結から、「局」は囲碁の盤を局ということから作られた言葉だと言います。
これも現在は普通"終局(しゅうきょく)"と言います。

(注)
八百屋の語源です。
江戸時代、八百屋は必ずしも青果商ではありませんでした。あの"八百屋お七"の実家も乾物屋です。
"八"は分けるの意味、"百"は親指の形、"屋"は店という意味で、結局八百屋は"親指をたてて、物を分けさばく店"の意味で、市場と言った意味あいです。

P.S.囲碁のルールは知っていても損ではないので、次のホームペーを参考にして下さい。
   日本棋院の囲碁入門コーナー(全部で4頁ほどです。)
 http://www.nihonkiin.or.jp/howto/htm/this1.htm

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