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七福神
□■七福神

今日は"幸福を招くという七人の神様"のお話です。

お正月に"
七福神詣で"をする方もいるのでは?
この習慣は江戸時代も末からのようです。江戸っ子の多くは元旦から七日まで七福神詣でに出かけました。

江戸時代は元日と二日に、七福神が宝船に乗った絵を
宝船売りが売り歩きました。
この絵を正月二日に枕の下に入れて寝ると、めでたい初夢を見ると信じられていました。(Vol.003「夢」を参考にして下さい)

七福神の信仰自体は室町時代の末期の頃から始まったとされ、特に、農民、漁民の間で民間信仰の形で継承されて、現代にまで生き続けています。

さて、七人の神様を簡単に紹介します。国際色ゆたかな、宗教ごちゃ混ぜのにぎやかなメンバーです。(^_-)

恵比須(恵比寿、蛭子、夷) 出身:日本(神道)
イザナギノミコトの第3子蛭子尊とも、大国主命(おおくにぬしのみこと)の御子とも伝えられています。
航海と商売繁昌、無病息災、交通安全などの神様です。
風折烏帽子に狩衣、指貫(さしぬき)を着て、釣りざおで鯛を釣りあげる姿をしています。

大黒天             出身:インド(ヒンドゥー教)
印度の破壊、死の神様ですが、日本に入って、音の類似から大国主命(おおくにぬしのみこと)と混同されてしまったようです。
日本ではなぜか蓄財、五穀豊穣の神様となってしまいます。柔和な福相は大国主命からきているようです。
狩衣のような服を着て、まるく低いくくり頭巾をかぶり、左肩に大きな袋を背負い、右手には打出の小槌を持ち、米俵の上に乗っています。

毘沙門天(多聞天)     出身:インド(仏教)
仏教四天王の一人です。仏法道場の守護神として崇められていることから武士や軍人の信仰する神で、勇気と福徳財宝を授ける神様です。
その形像は怒りの相を現し、甲冑を着け、片手に宝塔、片手に宝棒また戟(げき)を持っています。

弁財天(弁才天、弁天)  出身:インド(ヒンドゥー教)
七福神の中で唯一の女神で、日本では吉祥天や宇賀神(穀物の神)と混同されています。
愛情や知恵と親切心を授けるといわれ、芸能の神様として崇められています。
宝冠・青衣の美しい女神で、琵琶をひいている姿です。
弁天様はアベックで参拝すると妬きもちを焼かれ恋が成就しないそうですよ。

布袋             出身:中国(道教)
布袋和尚は中国の後梁の高僧、契此(かいし)で、9世紀から10世紀の人です。
中国五代聖人の一人である弥靭菩薩の化身といわれています。
慈恵、天候の神さまで、大きなお腹に杖を持ち、日用品をすべて入れた大きな袋が特徴です。
この袋から布袋和尚と親しまれたようです。

福禄寿            出身:中国(道教)
南極星の化身といわれます。
長寿、富貴、幸福の神さまです。
背が低く、長頭で長いひげをもち、杖に経巻を結び、鶴をつれています。

南極星とは、天の南極に位置する星で、竜骨座のカノープスのことです。
中国の天文学では老人星と称して、人の寿命をつかさどるとされています。

寿老人            出身:中国(道教)
中国の道教の祖、老子の化身と言われています。
長命、富財、与宝、諸病平癒の神さまです。
白い髭が長く垂れ、身の丈三尺(約91cm)の長頭の老人で、玄鹿をつれています。
この玄鹿は1500歳を経た鹿で、その肉を食べると2000歳の長寿を得るといわれます。

では、七福神に関係する言葉をいくつか・・・。
恵比寿(須)講
神無月は神様が出雲に集まるので、"神無月"と呼ばれるといいますが、実は、地方によっては、恵比寿様が留守番をしているのです。
農村では、旧暦十月二十日が恵比寿講になっています。
江戸でも、商家などで、商売繁盛を祈って、恵比寿神をまつる行事が行われました。
なお、出雲では旧暦十月を"神在月"と言います。

(2001.04.09)恵比須紙
本の頁で、時々角が折れ込んで裁ち残しになったものがありますね。これを恵比須紙と言います。
10月、神様は皆さん出雲大社へ出かけられるのに、恵比須様だけが残ります。そこで、「神の立ち残り=紙の断ち残り」で恵比須紙と呼ぶそうです。

恵比寿駅(東京都)の由来
明治16年にヱビスビールの工場が出来ました。そして、このビールの積み出しのため、明治39年駅が出来、恵比寿駅と呼ばれました。当時このあたりは渋谷村でした。
現在では工場跡地が再開発され、モダンな街に生まれ変わっていますね。

大黒柱
日本の家屋は柱の穴に横木が差し込まれているだけでした。これは地震に対し木が折れるのを防いでいます。
しかし、この構造だと、柱と横木だけでは家全体の重量を支えられないのです。
そこで、一番太い柱に全部の梁をかけて屋根を支える構造にしています。
台所がこの柱の片側に面して必ず置かれました。台所には厨房の神様、大黒天がまつってあります。
そこで、この柱を大黒柱と呼ばれるようになりました。

大黒歯、恵比寿歯
あまり知られていませんが、上の前歯の中央左側の歯を大黒歯、右側の歯を恵比寿歯と言います。

福神漬け
明治の初め、東京、上野の"酒悦(しゅえつ)"の野田清左衛門が、大根、茄子、なた豆、白瓜、蓮根、紫蘇の実、生薑(しょうが)などを細かく刻み、味醂醤油で下漬をしてから、水飴などを加えて、再び煮つめた味醂醤油に漬けたものを売り出しました。
名前は滑稽本作家、梅亭金鵞(はいていきんが)が名づけたといわれています。
もちろん、七種類の材料を用いたことによります。
福神漬けは"酒悦"の登録商標です。

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