和紙

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日本語には「虫の居所が悪い」と言うように、虫を変な表現に使いますね。
今日はそんな虫についてのお話です。昆虫などのお話ではありません。(^_-)

江戸時代の初期ごろから、「
三尸(し)九虫」といって、人の体内には九つの虫がいて、それぞれが、病気を起こしたり、心の中の意識や感情を呼び起こすのだと広く信じられていました。
(三尸については下の庚申信仰を見てください。)
医学も大脳生理学も心理学も発達していなかった時代ですから、心の変調や自分でも制御できない心や複雑な感情を説明するために虫の存在を考えたようです。

そこから、多くの虫のつく言葉が出来たようです。
・虫の居所が悪い・腹の虫が収まらない・虫が好かない・虫酸(虫唾)が走る・虫の知らせ
・虫が起きる・虫が収まらない・虫を殺す・虫を起こす・疳の虫
・泣き虫・弱虫・本の虫・芸の虫・虫がつく・虫の息

■空腹の時など、お腹がグーってなることがありますね。昔は、この音はお腹の中に住んでいる虫が立てる鳴声だと思われていました。
そして、胃液もこの虫が出す酸だと思われていたので、胃液が逆流する(要するに気持ちが悪くなって吐く)事を、「
虫酸が走る」と言ったのです。

ですから、空腹の時に少し物を食べておくことを、「虫抑え」とか「虫養い」とか言いました。

虫の息
意識を失って息も絶え絶えになっている時を言いますが、虫の息とは体内の虫だけがかろうじて息をしている様なのだそうです。

■「
蓼食う虫も好き好き」や「一寸の虫にも五分の魂」の虫も、人の心を虫に見立てたものだと言われています。

■外国にも、体の中にいる虫の話があります。
病、膏肓(こうこう)に入る 
「春秋左氏伝」に載っているお話です。
春秋時代、晋の国の詞(れいこう)が病気をしました。
名医を呼ぶことにしたんですが、その晩、詞は夢を見ました。
病気の虫が二人の子供に化けて相談をしているのです。
「名医が来るそうだけど、どこかにいい隠れ場所は無いかい?」
「あるよ。膏の下、肓の上に隠れれば、針も灸も届かないし名医もおてあげだよ。」
果たして名医の診断は「病、膏肓に入る。治むべからず」であったと言います。
膏は心尖(しんせん:心臓の先端部)、「肓」は心臓と横隔膜の間のことです。

この話から、趣味などに熱中して抜けられないことを言うようになりました。

★このお話に似たチョットエッチな「
疝気(せんき)の虫」と言うお話が落語にあります。
疝気は下腹部の痛みを症状とする病気ですが、睾丸腫瘍や睾丸炎もこの中に含まれます。
主に男性の病気です。
ある男が疝気の虫を退治しようとします。
疝気の虫は蕎麦好きなので、蕎麦づたいに男の口から女の口に虫をおびき寄せ、女の方に移してしまいます。
そこで女は急いで虫の嫌いな唐辛子を飲み込みます。
虫たちは大慌てで隠れ家に逃げ込もうとしますが、逃げ場がなかったと言うお話。
(上方落語では蕎麦ではなく、あんころ餅になります。)

庚申(こうしん)信仰
これも体に棲む虫のお話です。
中国の道教の話によると、体の中に上尸(し)、中尸、下尸という虫が三匹いて、庚申の夜(60日毎に来ます)に人が眠ると、その人の犯した過失を天の上帝に告げに行き、寿命が短くされるというのです。
そのため、人々は庚申の晩は眠らずに精進潔斎して夜明かししたそうです。

これが、日本にも伝わって、「
庚申待ち」といい、人々が集まって夜を徹して飲んだり食べたりしました。
伝わったのは平安時代ですが、盛んになったのは江戸時代のようです。

★フランスにも「
腹の虫を殺す」と言う言葉があります。お酒を一杯飲むことです。
1519年にラ・ヴェルナード卿の妻が急死しました。
解剖したところ心臓の上に生きた虫がおり、その虫が心臓に穴を開けていたそうです。
そこで、その虫をぶどう酒をしみ込ませたパンの上においたら、たちまち死んでしまいました。
このことから、特に気候の悪い季節には虫のつくのを恐れて、毎朝パンとぶどう酒をとる習慣ができたそうです。

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