和紙

アレクサンドロス大王
蛇足
□■アレクサンドロス大王

今日は、マケドニアの王、
アレクサンドロス大王(Aleksandros B.C.356〜B.C.323,在位、B.C.336〜B.C.323年)のお話です。正式にはアレクサンドロス三世。
英語では、アレキサンダー(Alexander)。

彼は
大遠征(ギリシャ→ペルシャ・エジプト→インダス川流域)を行い大帝国を建設しました。
彼の強さは世界で最初に「騎兵の運用」を確立し、「近代戦術」を完成したことです。
後のカルタゴの
ハンニバルやローマのスキピオ・アフリカヌスに影響を与えます。

しかし、遠征中に病死します。享年32歳。
彼の遺体はプトレマイオスによって、エジプトのメンフィスに埋葬されました。
彼の遺言は「最強の者が帝国を継承せよ」というものでした。
この曖昧な遺言によって以後半世紀にわたる後継者争いがおきることになります。

結局大きく3つの国に分裂します。
プトレマイオスが
プトレマイオス朝エジプト(この王朝の最後の王がクレオパトラ七世です)、セレウコスがセレウコス朝シリア、マケドニアにはアンティゴノス二世がアンティゴノス朝を建国しました。

アリストテレス
アリストテレスは紀元前342年に、マケドニア王フィリッポス二世の招きで、当時13歳の王子アレクサンドロスの家庭教師となりました。以後3年間教えたようです。
フィリッポス二世はアリストテレスに、「私はあなたと同時代に息子を授かったことを神に感謝したい。すぐれた学者であるあなたの教育によって、私の息子が王位にふさわしい人物になることが確かだからである」と書き送っています。

ゴルディオンの紐
アレクサンドロス大王が現在のトルコの首都アンカラの近くのゴルディオンに進軍した時のことです。
この町には古い神殿があり、かつてこの地に君臨した
伝説の王ミダスが残した結ばれた紐がありました。
そして「この結び目を解く者こそが全アジアの王となるだろう」と言う伝説が残されていました。
古来、多くの者が挑戦しましたが誰にも解けませんでした。
しかし、アレクサンドロス大王は一刀両断に紐の結び目を切断しました。
こうして紐の結び目は解かれたのです。
(2003.01.30 トマス・ブルフィンチの「伝説の時代」ではミダス王の父がゴルディアースで彼が王に選ばれた時、荷車を結んだ結び目だとなっています。)

英語に
cut the Gordian knot 「難題を敏速果敢に解決する」と言う意味の慣用句として残っています。

参考までに、これに似た言葉に「
快刀乱麻を断つ」(もつれた物事、紛糾した物事を、みごとに処理することのたとえ。)があります。

中国の南北朝時代に高歓と言う武将がいました。
ある日、彼は、子供達の人物を試すために、もつれた麻糸をほどかせました。
すると、第二子の高洋はいきなり刀を抜いて糸を断ち切り「乱は斬るべし」と言い放ったといいます。
後に彼は北斉王朝(ほくさい:550-577:鮮卑族の国)の初代皇帝になりました。

ヘレニズム文化
アレクサンドロス大王はギリシャ文化とオリエントの文化を融合させヘレニズム文化を生み出しました。
ヘレニズム文化は後のローマ文化やイスラム文化に影響を与え、さらに中央アジアやインドに伝わります。
インドの
ガンダーラでは仏教に影響を与え仏像製作が始まります。
この文化がやがて中国・朝鮮半島をへて日本(飛鳥・白鳳・天平文化)にも影響を与えたのです。
ちなみに、ギリシャの公式な国名は the Hellenic Republic (ギリシア共和国)です。(2005.09.29追記)

イスカンダル
アレクサンダー大王は各地にアレキサンドリアと言う名の町を60以上をつくったと言われます。
現在も、アレクサンドリアという地名は13か所残っているそうです。
中でも、エジプトのそれは、当時の文化の中心となります。
ユークリッドやアルキメデスなどが活躍します。
現在の旧約聖書はアレクサンドリア図書館で作られたギリシャ語の翻訳をもとにしたものです。

アレクサンドリアはアラビア語読みすると「
イスカンダリーヤ」となります。
トルコのシリア国境近くにあるイスケンデルンという街は、アレキサンダー大王がイッソス平野でペルシャ軍を破った後に創った町です。当時アレクサンドレッタと呼ばれましたが、第一次十字軍に完全に破壊され、その上に作られた町です。
映画「
インディ・ジョーンズ・最後の聖戦」では、聖杯探しのキーポイントの町と言う設定になっています。

このイスカンダル、そう、
宇宙戦艦ヤマトに登場する惑星(大マゼラン星雲サンザー系第8番惑星)の名前です。
語源はアレクサンドロス大王にあったんですね。

アンモニア
大王はエジプトに入ると、アレクサンドリアから西南に500km離れたシーアオアシスを目指します。
そこはアメン神の神殿がありました。アメン神はギリシャではゼウスに相当する神様です。
彼は自分がアメン神の子であるとしています。

B.C.331
アメン神からの神託を受けます。 
ここで行った即位式に聖なる火が必要なのですが、燃やす木材が無い。
そこで現地の人々は動物の糞を乾かしたものを燃料にして火をつけました。
当然、匂いがします。彼が「何の匂いだ」と聞くと、神官は「これは、アモン(アメン神)の匂いです」と答えました。
このアモンの匂いからアンモニアという言葉が出来ました。

ついでに、
ナトリウムもエジプトのカイロとアレキサンドリアを結ぶ沙漠道路の 中間から西へ3kmほど入ったところに点在する塩湖ワディ・ナトロンが語源です。

アレックス、サンダース
Alexanderの略称はAl,Alec,Alex,Alexis,Sanders,Sandyなどたくさんあり、結構耳にする名前ですね。女性形ではSandraなどもそうですね。
有名なところでは英国の細菌学者アレクサンダー・フレミング、電話の発明者アレクサンダー・グレアム・ベル(Alexander Graham Bell 英→米)等がいます。

2005.09.28 NHKの地球ドラマチック 検証アレキサンドロス大王の最期 
では大王の死について次のような検討がなされていました。

死因説は大きく二つに分かれます。
1.病死説
 従来はマラリア説が有力でしたが、熱が周期的に変化することや、黒い尿が出る等の特徴の記録がないことから、西ナイル熱説を取り上げていました。
 大王が病気になる少し前、飛んでいる鳥の突然の死を目撃したことや、病気にかかった後の下半身麻痺など特徴が該当するようです。
 (近年のアメリカでの西ナイル熱の流行にも、烏の大量死など報告されています)

2.毒殺説
 飲食後に苦しみだし、12日間高熱にうなされた後の死に該当する毒として、バイケイソウを候補としてあげていました。しかし、この毒2日ほどで排出されるため繰り返し飲ませる必要があることと、当時のマケドニアの国民性から、陰湿な毒殺は考えにくいともいいます。事実、大王の父は刺殺されています。

で、第三の説として、当時、戦いに明け暮れ、多くの傷を負い、また過度の飲酒によって大王の体はぼろぼろの状態にあったと言われ、そのために医師が治療目的で処方していたバイケイソウ(薬としても使われ、量の見極めがきわめて難しいとのこと)の量が不適当になり、それが原因だとする説で、結局この説を有力説として採用していました。

(
2005.09.29 追記)

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