和紙

賭博(とばく)
蛇足
□■賭博(とばく)

賭博は人間とは切っても切れないようです。
ですから、賭博から出てきた言葉が多くあります。そんなものを集めてみました。

一か八か
この言葉は丁半バクチが語源といわれます。
サイコロの目の数字が一か八か、つまり丁(奇数)か半(偶数)かを競うと江戸時代後期の随筆集「嬉遊笑覧(きゆうしょうらん:1830)」にあります。
なぜ丁半が一と八になるかと言うと、丁と半の字の上の部分を取ったのです。
別の説に「一か罰か」と言うのもあります。サイコロの目に一が出るか、しくじるかの意味です。

同じような言葉に「
四の五の言う」と言うのがあります。
この言葉も嬉遊笑覧にサイコロの目が丁と出るか半と出るかを勝負したことから出たとあります。
決断しかねてあれこれぐずぐずと言うことですね。

中国に「一擲乾坤を賭す」と言う言葉があります。日本では「
乾坤一擲(けんこんいってき)」と言いますね。一擲は投げるの意味、乾坤は天地の意味です。
サイコロを投げて、天地を賭けるという意味から、天下を取るか、全部失うかの大博打に出ることを言います。

(2005.02.02 追加)
矢野健太郎氏の「数学のたのしさ」の中に次のような記述がありました。
中国の陰陽説では図の一番上のように実線で陽、破線で陰を表します。
それらを三つ組み合わせたのが図の下のもので、いわゆる八卦で使われるものです。
氏は一か八かはこの良い目が出るか悪い目が出るかを表しているのではないかと推測しています。
そして乾坤一擲の乾坤も一と八を表しているとしています。


でたらめ
出鱈目と書きますが、これは当字のようです。「出たら出たその目」つまり出たとこ勝負に由来します。
そこから、無責任な言動や筋のとおらない態度、でまかせを言うようになったそうです。

鉄火巻き(てっかまき)
鉄火場と言う言葉は賭博場のことをいいます。気性の激しい、勇みはやった博徒が集まる場所と言うことで、真っ赤に焼けた鉄に例えたと言います。
その鉄火場で食べられたのが鉄火巻きです。手に米粒がつかないように海苔で巻いたのです。
別な説では鉄火鮨と言うのがあります。この鉄火は芝海老の身を細かくしたのを鮨の上に乗せるんですが、この細かくすることを、身を持ち崩すにかけたシャレだと言います。

そう言えば
サンドイッチもサンドウィッチ伯爵がトランプをしながら食べたのが語源と言いますから、賭博は新しい食べ物を作り出す?^^;

鉄火」と言う言葉もありますね。
気質が荒々しいことや、勇み肌であることを言います。
ただこの言葉は女性を形容するのに使われます。「鉄火なあねご」のように。
江戸時代の深川の辰巳芸者(たつみげいしゃ)などは鉄火の代表。

ぼんくら
丁半賭博に用いる「盆ござ」から、丁半賭博を開くことを「盆を敷く」と言いました。
この賭博でいつも負けているのを「盆に暗い」と言います。
これから「ぼんくら」と言う言葉が出来ました。

思う壺
この壺は、鉄火場で壺振りが振る壺のことです。思いどうりの目が出ることが、「思う壺」です。

シカトする
この言葉は新しくて昭和54年頃出来た若者言葉です。(注)
花札の10月の札の「鹿と紅葉」の図柄で、鹿が首を傾げて横を向いているのを、鹿がそっぽを向いている、つまり無視していると見たのが語源と言われます。
まだ、私の辞書には載っていません。^^;

ぴか一
これも花札から来ています。
「八八」と言う花札の代表的なゲームがあります。
7枚の持ち札の中に光物(ひかりもの:20点札)が1枚だけで、他の6枚がすべてカス札である場合には「ピカ一」と言って、手役になるそうです。

ピンからキリまで
これはカルタから来ています。
オランダ人によって伝わったウンスンカルタが改良され「よみカルタ」(めくりカルタ)になりました。
これが現在の花カルタ(花札)の原型です。
この読みカルタでは点札と言うのがあり、点札の1点がピンで12点をキリと言います。
これが「ピンからキリ」までの語源です。
では、ピンとキリとどちらが上でしょう?
元々はピンが最低点、キリが最高点を表しましたが、現在では逆でピンが最高、キリが最低の意味のようです。

ピンもキリもポルトガル語で、ピンはpinta(ピンタ:斑点の意味)、キリはCrus(クルス:十字架)から変化したと言われます。
花札の12月は桐の花なので、そこから来たとする説もあります。

ピンのつく言葉に「
ピンはね」と言うのがあります。
このピンも一の意味です。
江戸時代、奉公人や手代などを斡旋(あっせん)する口入屋(くちいれや)と言うのがありました。
この口入屋は斡旋料として給金の一割を取ったことから、この言葉が出来たといいます。

三一(さんぴん)」と言うのもあります。
時代劇に出てきますね。身分の低い侍や若党を卑しんでいう言葉です。
最も身分の低い侍の一年の扶持(ふち)が三両一分であったところから、こう呼ばれました。

似た言葉に「
三下(さんした)」と言うのもあります。
サイコロの目数が四以上の場合は勝つ可能性があるのですが、三より小さい場合には絶対に勝てないところから、どうにも目の出そうにない者を意味するようになったといいます。博徒の仲間で下っ端の意味で使われました。

(注)読者の方から昭和48年ごろには盛んに使っていたと言うお便りをいただきました。

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