和紙

魚 その2
蛇足
□■魚 その2

今日は「魚」に関する言葉を集めてみました。

★魚を、訓読みで「
うお」と「さかな」と呼び分けますがどう違うのでしょう?
なお、「さかな」が音訓表で認められたのは昭和48年の改定からです。

うお」は魚類を総称した言葉です。語源には諸説あります。
1.浮魚(うお)の意味
2."う"は鱗、"お"は泳ぐの意味
3."浮かび泳ぐ"の略
言葉としては古く、古事記、日本書紀、万葉集にも出てきます。

一方、「
さかな」は酒を飲む時の食べ物のことです。
1."さか"は酒、"な"は菜の意味
2."酒のなかば"にでるものの意味
などの説があります。

関西では、泳いでいるのが「うお」で、食膳にのっているのが「さかな」と使い分けていました。
江戸時代の「浪花(なにわ)方言」によると、大阪では「うおや」江戸では「さかなや」と違っていたといいます。今はどうでしょう?

漁師
私達は"漁"を"りょう"と、何気なく読んでいますが、実は"漁"には本来"りょう"と言う読み方は有りませんでした。
"猟"との混同で"りょう"と読む慣用読みが出来たといいます。

人口に膾炙(かいしゃ)する
チョット難しい言葉ですが「広く世間の人々の話題となる」と言う意味です。
この"膾"は魚肉を薄く切って調味料をつけて食べる"なます"のこと、"炙"は焼肉のことです。
この二つは中国人の好みだったようで、誰もの口に上ることをこう言いました。
現在の中国人は刺身を食べませんが、これは元王朝の時代からで、それ以前は食べていたようです。

木に縁(よ)りて魚(うお)を求む
「方法を誤っては、事は成就しない」と言う意味です。
孟子が魏の恵王に言った言葉に由来します。
「王は秦や楚の国を征服し、その他の国も治めようとされています。しかし、これまでのような武力によるやり方でそれをなさるのは、木に縁りて魚を求めようとするものです」

水魚の交わり
非常に親密な友情、交際などをあらわす言葉です。三国志に語源があります。
劉備玄徳が三顧の礼をもって諸葛孔明を迎えたとき、関羽や張飛が劉備の孔明に対する傾倒ぶりを諌めます。それに対し劉備が「自分が孔明先生を迎えたのは、魚が水に入ったようなものだ。二度とそのようなことを言うな。」とたしなめたと言います。

魚心あれば水心
「相手が自分に対して好意をもてば、自分も相手に好意をもつ用意があることのたとえ」として使います。

カマトト
誰でも知っていることを知らないふりをして無邪気に見せかけることを言います。
語源は「かまぼこはトトか?」で、"トト"は魚の幼児語です。つまり「かまぼこはお魚で出来ているの?」ととぼけて言ったことによります。
幕末頃、上方の遊里で使われ始めたようです。

とどのつまり
結局とか、最後にはと言う意味に使います。
諸説あるんですが、多くの人に信じられているのは次の説です。
鰡(ぼら)と言う魚はオボコ - スバシリ - イナ - ボラ - トドと名前が変化する出世魚です。
トドがおしまいなので「トドのつまり」と言う言葉が出来たと言います。

鰾膠(にべ)もない
愛想もそっけもないと言う意味に使われます。
"ニベ"は魚の名前で、その鰾(うきぶくろ)から粘着力の強い膠(にかわ)が取れます。"
にべもない"とは直訳すれば、強力な接着力がないと言う事です。

鮴(ごり)押し
ゴリと言う魚を獲る時、小石を乗せた筵(むしろ)を川底に敷き、ゴリを追い込み、小石にかくれたところを筵ごと引き上げると言う"ゴリ押し"と言う漁法に由来すると言います。
他に、五里くらい一押しに押そうと言う意味とか、無理な動作を表現する擬音語のゴリゴリを語源とする説があります。

阿漕(あこぎ)
三重県津市阿漕町の浦の名前です。
ここは昔から伊勢神宮へのお供え物を得るための海岸で一般の漁師は入れない場所でした。
土地の漁師平次は母親の難病に効くという矢柄(やがら:魚の名前)を隠れて獲っていました。何度も獲っていたので、とうとう役人に見つかり簀(す)巻きにされ、海に沈められたと言います。
古今和歌集に「逢うことを阿漕の島に引く網のたびかさなれば人も知りなむ」と詠まれています。
元々は、「悪事も度重なれば露見する」と言う意味です。やがて、「どこまでもむさぼること。しつこくずうずうしいこと。押しつけがましいこと。」の意味に使われるようになりました。

目次へ


和紙