和紙

蛇足
■語源
「コメ」の語源については、
1.米粒の形が目の形に似ているのでコメ(小目)。
2.米粒は実が小さいのでコミ(小実)
3.「コ」は「食(く)」の転、「メ」は芽または実。
4.米粒は籾殻の中にこもっているから、「こもる」が転じてた。
5.米粒には天地の精霊がこもっているから。
と諸説あるんですが、上代特殊仮名遣いからすると4.、5.の「こもる」の変化と言う説が可能性が高いそうです。

」も諸説あります。
1.「イ」=命、息。「ネ」=根。
2.イツクシイ(愛)ナエ(苗)
3.イヒネ(飯寝)
4.イツクシナへ(美苗)

ところで、
米」の漢字ですが、稲の粒ではなく、(きび、きみ)の粒の意味です。
横棒が黍の穂で上下に小さな実がなっている様子です。
もともと、粟粒(もみつぶ)と米粒の区別は無かったようです。
後に「もみ」を粟(ぞく)と言い脱殻(=脱穀)したものを米(べい)と言うようになったようです。
米を作るのに八十八回の手間がかかるから「米」と書くと言うのは、俗説です。

■米の歴史
★イネの伝来
近年、稲作の伝来についての発見が相次ぎ、歴史が書き換えられています。
最近の説です。
稲は縄文時代のそれほど遅くない時期(6000年前頃)に、西南諸島経由で「
熱帯ジャポニカ」が入って来たようです。
この熱帯ジャポニカは場所を選ばず、焼畑稲作のような粗放型農業に適し、陸稲栽培に適しています。

水稲栽培の「
温帯ジャポニカ」が入ってくるのは弥生時代より後になるようです。
しかし、「温帯ジャポニカ」の入ってきた後も「熱帯ジャポニカ」は並行して栽培されたようです。(弥生時代も陸稲40%、水稲20%、雑種40%)

日本の稲の栽培はずいぶん北の方まで行われていましたが、それを可能にしたのは、この両品種の同時栽培ではなかったかと考えられています。
なお、日本の温帯ジャポニカの品種が中国のそれと比べ非常に少ないこともわかり、それまで熱帯ジャポニカを栽培していた縄文人が「温帯ジャポニカ」を主体的に受け入れたのではないかと考えられています。

日本人が白米を食べるのが普及したのは元禄時代からで、それに伴って脚気が流行し始めます。(脚気についてはVol.063ビタミンを参照)
従来は、元禄以前は
玄米・黒米と呼ばれる精白をしていない米を食べていたとされていました。
しかし、実際は月で兎さんが搗(つ)いている竪杵(たてきね)などでモミを搗くと、現在の五分づき米や七分づき米に相当するお米になるそうです。
文献上の玄米・黒米はこれを指すのではないかということです。

★越後の米
米のブランドといえば
魚沼産
しかし、世の中に出回っているほど採れるんでしょうか? 2000年の魚沼産の米は3万6千トンだそうです。
ところで、大正時代までは新潟の米は「
鳥またぎ米」と呼ばれ、まずい米で有名だったと言ったら信じます?
米の品種改良(農林一号→コシヒカリ)と大正13年に開通した大河津分水が新潟の米を変えたようです。

■お米に関する言葉
★新米
江戸時代、新人奉公人は、商店に雇われると、新しい
前掛けを支給されました。
それで、彼らは「しんまえ」と呼ばれ、これが訛って「しんまい」になりました。
前掛けは、元々は前垂れ(まえだれ)と呼ばれていたようです。
江戸後期になると前掛けの語が出てきます。

★上前をはねる
昔、大坂の住吉神社が年貢米から一定量を「上分米(じょうぶんまい)」と称し寄進させていました。
これを上米取(うわまいと)りと言ったことに由来します。

★こめかみ
耳の上の髪の生えぎわの部分で、物を噛むとき動く部分を言いますね。
これは米を噛(か)む時、動くことからつけられた名前です。

★一概(いちがい)
」は、枡(ます)の縁をならす棒、とかき(斗掻き、概)のことです。枡で米などをはかるとき、量が一定になるよう「概」で平らにならすことから、「おしなべて」「ひっくるめて」などの意味に使われるようになりました。

★稟議(りんぎ)
正式には「ひんぎ」です。「りんぎ」は慣用読みです。
難しい言葉ですが、会社では良く使いますね。
書類などの文書を回して決裁、承認を受けることに使います。
元々の意味は、指示されたことを論議してその決定を奏上することです。
」とは、米倉(こめぐら)の意味です。
そこから俸給とか下の者が上の者の命を受ける意味が生じたようです。

★早稲(わせ)と晩稲(おくて)
昔は、早稲は単独で用いると「わせ」、複合語になると「わさ」だったようです。
ですから早稲田は「わさだ」が正しかったのですが、いつのまにか単独で使われる時の「わせ」にとって代わられたようです。
もちろん、早く収穫する米を言います。

これの反対語が晩稲(=奥手、晩生)です。
成熟がおそい人をさして「おくて」と言いますね。

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