和紙

カレーライス
蛇足
日本人はカレー好きですね。一人平均、年に66食も食べているんだそうです。
5日に1回ですから多いですね。
消費されるルーは年間10万トン、売られているルーやレトルトカレーは900種類もあるんだそうです。

■カレーの歴史
カレーとは、コショウ、トウガラシ、ナツメグ、クミン、ターメリック、ガーリックなどを粉末化して混ぜ合わせたスパイシーな料理の総称で、もちろんインドが本場です。
語源はタミール語の
カリ(kari)でソースのことだそうです。
現在市販されているカレー粉には30種類もの香辛料が含まれているんだそうです。

しかし、カレー粉にしたのはイギリス人です。
東洋のスパイシーな料理の味が忘れられずに、インドのスパイスを基にカレー粉を作りました。
英国王室御用達の食品会社「C&B(Crosse and Blackwell)」が最初です。
日本には、明治の初年、そのイギリス経由で入ってきました。

江戸最後の戯作者、
仮名垣魯文の「西洋料理通」(明治五年出版)にカレーの作り方が出ています。
もっとも材料はネギとリンゴと肉だけです? 何故でしょう?
ジャガイモが北海道に植えられたのが明治6年、男爵芋が入ってくるのは明治40年。
タマネギの本格的販売は明治26年。まだ、日本には現在使われる材料が揃ってなかったのです。

一方、インド直輸入のカレーもありました。
昭和2年、インド独立運動の志士
ボースの「本場の味を知ってほしい」との願いを受けて、東京・新宿の中村屋が「カリ・ライス」を始めました。これは今でも食べることが出来ます。

■ライスカレーとカレーライス
ご飯の上にカレーがかけてあるのがライスカレー、別々になっているのがカレーライスなどと、まことしやかに言われていますが・・・。

最初はライスカレーでした。
らいすかれえ」の名付け親は、一説には、札幌農学校のクラーク博士と言われています。
当時、体格の悪かった学生のために、寮の規則に「生徒は米飯を食すべからず、但し、らいすかれえはこの限りに非ず」と定めたといいます、明治9年のことです。
彼の在職期間はわずか八ヶ月でした。

一般への普及は、明治末から大正にかけてですが、当時もライスカレーの名前が主流だったようです。
夏目漱石「三四郎」にも、三四郎が与次郎からライスカレーを奢られるところがあります。 明治42年のことです。

では、カレーライスは?
上に出てきた、中村屋が昭和2年(1927年)に
カリ・ライスを売り出したのがきっかけです。
中村屋では、小麦粉を使わないため、ご飯にしみないように、ご飯とカレーを別々にして出したのだそうです。

■カレーライスの普及
日清日露戦争当時、
日本海軍は「Vol.63 ビタミン」の項で話題にした脚気に悩まされていました。
外国の軍隊には脚気が無いことから、パン食、洋食に切り替えていきます。
その中で栄養のバランスがとれ、保存の効くカレー粉を使用した料理が多く採用されるようになっていきました。
そして、除隊した兵士達がカレーを全国に広めたと言います。

旧海軍の軍港のあった町は、
横須賀市はカレーライス発祥地、呉市舞鶴市は肉じゃが発祥地、佐世保市はハンバーガー発祥地と町おこしをやっています。

肉じゃが東郷平八郎が留学中に食べたビーフシチューを懐かしんで、ワインの代わりに醤油と砂糖で調理させたのが始まりと言われています。
呉と舞鶴は彼の赴任地です。

■カレーライスに福神漬
本場インドでは、カレーに
チャッツネ(chutney)という果実や薬草などの甘酸っぱい材料に香辛料を加え、砂糖で煮たものをカレーに添えます。それが、福神漬の風味ににてることから、日本ではカレーに福神漬を添えるようになったといいます。

日本で初めてカレーに福神漬を添えたのは、
日本郵船の欧州航路の客船が最初だそうです。ヒントはやはりチャッツネだったようで、一等船客のみに添えられ、二、三等船客はたくあんだったそうです。

■カレーの日
昭和57年(1982年)全国小中学校、栄養士協議会で、1月22日を全国の給食のメニューを「カレー」にしましょうと決めました。そこで1月22日を「カレーの日」と呼ぶようになったようです。

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