和紙

爵位
蛇足

★貴族階級の称号
で、英国の例だと次のようになります。
爵位名 男性 女性
公爵 Duke Duchess
侯爵 Marquis Marchioness
伯爵 Earl Countess
子爵 Viscount Viscountess
男爵 Baron Baroness

☆準貴族
   Sir(卿)と呼ばれるのはこの階級です。
準男爵 baronet dame
士爵 knight dame

ナイト(Knight:男性)やデイム(Dame:女性)は、社会的、文化的功労者に与えら れる名誉爵位で一代限りです。
例えば、
ポールマッカートニーショーン・コネリーはknight、エリザベス・テイ ラージュリー・アンドリュースはdameの称号をもらっています。

★中国・周
公・侯・伯・子・男の5等爵は中国・周王朝(約B.C.1100〜B.C.256)に始まるとさ れます。
一族・功臣・各地の土着の首長を諸侯として、公・侯・伯・子・男の五爵位にわけ て、この爵位に応じて封土を与えました。

★日本
華族(明治17年から昭和22年まで存在した江戸時代の公卿、諸侯及び国家に勲功の あった政治家、軍人、官吏、実業家などで構成された貴族階級)で、明治17年華族令で公、侯、伯、子、男の爵位がもうけられました。
これはイギリスの制度に中国の呼称を使ったものです。

■雑話
★男爵芋(だんしゃくいも)
土佐出身の
川田龍吉(りょうきち)男爵にちなみます。
父、川田小一郎は土佐の郷士で
岩崎弥太郎の三菱商会に参画し、明治22年第3代日 銀総裁になり、明治28年に男爵になりました。龍吉は爵位を世襲しました。

彼は英国で造船業を学び、横浜船渠(ドック)初代社長に就任しました。
後、函館船 渠(函館ドックの前身)で専務として経営再建に協力する一方、函館近郊に農園を経 営します。
そこで栽培するため導入した北アメリカ産
アイリッシュ・カブラーと言う品種が後 に男爵芋と呼ばれ、現在まで続いています。
昭和3年に北海道の優良品種に選ばれ、正式に名前が「男爵薯」と決まりました。

また、彼は
日本車最初のオーナードライバーだそうです。
愛車は蒸気自動車(当時 はガソリン車に比べ、靜かで、振動が少なく、登坂力も強かった)だったとか。
なお、アイリッシュ・カブラー(Irish Cobbler)と言う品種は、その発見者の出身 地と職業、つまり「
アイルランドの靴修理屋」にちなんでいます。

★ミュンヒハウゼン症候群代理(による)ミュンヒハウゼン症候群
最近よく耳にしますね。日本語だと
虚偽性障害
ミュンヒハウゼン症候群(Munchhausen Syndrome)は、大人が自分が病気だという妄 想を抱く病気です。
一方、代理ミュンヒハウゼン症候群(Munchhausen by Proxy Syndrome)は子供・ペ ットなど自分以外の存在が病気だという妄想を抱く病気です。
妄想だけならいいの ですが手を下して、実際に病気にしてしまうケースもあるようです。

この病名の由来は、
ミュンヒハウゼン男爵(Baron Karl Friedrich Hieronymus von Munchhausen 1720-1797)です。
この男爵、
ほら吹き男爵と言った方が有名ですね。
彼は、ロシア戦役やトルコ戦役 に従軍後に友人達に対し、異国の体験談をおもしろおかしく語ったところからこの あまり有難くないニックネームが付いたようです。
彼の居城は北ドイツのハーメルンの笛吹き男で有名なHamelnから15kmほど南東の
ボ ーデンヴェルダー(Bodenwerder)にありました。
町役場の前には、前半分(上半身?)だけの馬にまたがった男爵の像があります。

★デューク・エリントン
ジャズファンなら、いいえジャズファンでなくても彼の名前は聞いた事があるでし ょう?
本名、エドワード・ケネディー・エリントン(Edward Kennedy Ellington 1899- 1974)、ワシントンの中流の黒人家庭出身です。
彼のデューク(公爵)と言う名前はニックネームから来ています。

彼の有名な言葉に、ジャズを定義してほしいと言われ「この世には2種類の音楽し かない。それは、いい音楽と悪い音楽だ。」と言うのがあります。
私は「A列車で行こう(Take The "A" Train)」が好きです。

★サド侯爵(マルキ・ド・サド)
ドナスィアン・アンフォンス・フランソワ・ド・サド(Donatien Alphonse Francois de Sade 1740-1814)と言うのが本名です。
フランスの小説家で「ジュスティーヌ、あるいは美徳の不幸」「ジュリエット、あ るいは
悪徳の栄え」の作品からサディズムの言葉が生まれました。
彼の人生はサディズムに徹し、合計6回の逮捕、斬首と火刑を宣告され(免れますが) 、結局、監獄や精神病院で40年近くを過ごし、彼の作品の多くも獄中で書き上げら れたといいます。

なお、彼は正式には伯爵です。祖父が侯爵の位を得たのですが、父が侯爵位の継承 に伴う出費を惜しみ、伯爵位に甘んじたそうです。ただサドは父と国王から口頭で の侯爵位の使用は認められていたとか。(「侯爵サド」藤本ひとみ を参考)

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