和紙

蛇足
■鬼とは?
鬼の語源は「隠(おん)」が変化したものとされ、隠れて人の目に見えないものの意味です。

「畏怖心が鬼を作り、祈りが神を作る」といいます。
神と鬼は表裏一体のもののようです。

日本の鬼の原型は出雲神楽の
鬼神大王に見られるように角(つの)がありません。
中国や韓国の鬼も、角は生えていません。角は日本の鬼の特徴です。

鬼はもともと美男美女に化け、音楽・双六・詩歌などに優れた存在として人間界に現れる邪神だったようです。

この鬼、
仏教の伝来とともに、餓鬼、青鬼、赤鬼などの地獄の住人とされてしまいます。
そして、
陰陽道(おんみょうどう)の影響で、人間の姿となり、口は耳まで裂け、鋭い牙をもち、頭に牛の角があり、裸に虎の皮の褌をしめ、怪力をもち、性質が荒々しいものとされました。
この角と褌は、
鬼門(生門)の方角(東北)、丑寅の牛の角、虎の皮の褌の洒落です。
(Vol.054「干支」参照)

日本では古代から桃の木や実が鬼に効き目があるとされており、鬼門の方角に桃の木を植えると災いを防ぐと言い伝えられてきました。
鬼と桃、そうです「
桃太郎」のお話しはここに起源があるようです。

■動物の角
動物の角にはいろいろあります。
★牛の角:牛の角は角質、皮膚組織、骨の三層に分かれ、角質には毛細血管が通っています。ですから暖かい角です。
★鹿の角:皮膚組織を伴わない骨だけです。だから、角を切っても大丈夫ですね。
★サイの角:皮膚が変化した角質です。つまり爪や毛と同じものです。

■言葉
★鬼の子

蓑虫(みのむし)のことです。
枕草子に出てきます。

蓑虫、いとあはれなり。鬼のうみたりければ、親に似てこれも恐しき心あらむとて、親のあやしき衣ひき着せて「今、秋風吹かむをりぞ、来むとする。待てよ」と言い置きて逃げて去にけるも知らず、風の音を聞き知りて、八月ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ」と、はかなげに鳴く、いみじうあわれなり。

この、蓑虫=鬼の子説は枕草子にしか出てこず出所不明です。
「ちちよ、ちちよ」と鳴くとの言い伝えは、カネタタキの鳴き声と混同したものとする説が大勢ですが、蓑虫のさなぎは関節を曲げる音が鳴くように聞こえるのだそうで、その音かも知れません。
なお、「ちちよ」を「父よ」とする説と「乳よ」とする説があるようです。

 蓑虫の父よと泣きて母も居ず    高浜虚子 

★天邪鬼(あまのじゃく)
神話に出てくる天探女(あまのさぐめ)が語源とされます。天稚彦(あめのわかひこ)の召使で、心がねじけ、疑り深く、よこしまな行いが多い女神だったようです。

「あまのさぐ→あまのざこ→あまのじゃこ→あまのじゃく」 と変化したようです。

★鰯の頭も信心から
鰯の頭のようにつまらないものも、それを信しる人には尊く思われるところから、信仰心が不思議な力を持つのをたとえたり、頑迷に信じこんだ人をからかって用いいたりします。

平安時代の言い伝えがもとのようです。
閻魔大王は人間の悪事を調べるために下界に鬼をさしむけると信じられていました。そこで人々は鬼よけに、刺のある柊(ひいらぎ)の枝と悪臭を放つを門に置きました。そうすると、鬼が退散すると言うのです。
紀貫之の土佐日記には、お正月にナヨシ(鯔(ぼら)の若い時の名前)を使っていたように書かれています。江戸以降は鰯のようです。

今は、節分の夜、鬼を退散させるために柊にさして門や窓にさしますが、すたれていますね。
節分の豆まきは、新年に幸福をもたらす年神様が来る前に不幸をもたらす邪悪な鬼を追い払うと言う中国の「追儺(ついな)」と言う儀式にならって広まったと言われます。
「鬼は外、福は内」というのは南北朝時代頃からだそうです。

なお、閻魔大王は子供の守り神である
地蔵菩薩の化身とされます。

★酒呑童子(しゅてんどうじ)
平安時代末期、丹波国(現:京都府)近い大枝(おおえ)峠に住んで、鬼をよそおって財物、婦女子を掠奪した盗賊です。
それを、
源頼光とその四天王が勅命を奉じて退治したのが、元になったようです。

四天王は、
坂田金時(金太郎)、渡辺綱卜部末武(平季武)、碓井貞光の四人です。
坂田金時は
金太郎で有名ですね。

絵巻、御伽草子、草双紙、浄瑠璃、歌舞伎などの題材となりました。
なお、大枝峠が大江山に変化しています。

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