和紙

蛇足
★八橋煎餅
諸説あるのですが、定説は
八橋検校(1614-1685)の遺徳をたたえ、検校の墓がある京都の黒谷の参道で、琴の形に似せて菓子を作って売ったというものです。
彼は江戸初期の八橋流箏曲の始祖で、代表作に「四季の曲」や「六段の調」があります。
毎年6月12日には、京都市左京区の法然院で、「八橋忌」が営まれ、琴の演奏や茶会が催されます。
なお、検校とは盲人に与えられた最高の官名です。

検校で思い出すのは、米山検校(のちに
男谷検校と改名)です。
彼は江戸で大儲けし(当時、盲人は高利貸しを認められていました)旗本の株を買って武士の名義を手に入れます。
彼の孫が勝家に養子になった勝左衛門太郎惟寅(勝小吉)、つまり勝麟太郎義邦(勝海舟1823-1899)の父です。

★永代橋の落下
文化4年(1807年)8月19日に起きた日本の歴史上、最も大きな橋の事故です。
深川の富岡八幡祭で、祭り見物の大群衆が橋を渡っていた時、一部が崩落し約1000人が犠牲になったと言われます。

★ケーニヒスブルグの橋
ケーニヒスブルグ、現在のカリーニングラード(ポーランドとリトアニアに挟まれたロシアの飛び地)の町に7つの橋がかかっていました。この橋を2度渡ることなくすべての橋を渡りきったものに賞金が出されることになりました。
しかし、誰も渡ることが出来ませんでした。
結局、
オイラー(Leonhard Euler:1707-1783:スイスの数学者)が不可能なことを証明します。これが「一筆書き」の理論です。後にグラフ理論として発展します。
興味のある方は「未菜実の数理パズル入門」
http://www.geocities.co.jp/Berkeley-Labo/6317/hitofude.htm
を見てくださいね。^^;

なお、この町出身の有名人には、あの哲学者
カント(Immanuel Kant:1724-1804)がいます。

★日本三名橋
いろんな説があるようです。
山口県岩国市の「
錦帯橋」、山梨県大月市の「猿橋」、は揺るがないようです。
後は、「愛本橋」(富山県:現在は模型のみ)、「神橋」(栃木県)、「かずら橋」(徳島県)、眼鏡橋(長崎県)、瀬田の唐橋(滋賀県)、日本橋(東京都)などが挙がるようです。

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