和紙

蛇足
■鏡の語源
影(姿、かたち)を映して見る意味の
影見(かげみ)の変化のようです。
漢字には
の二通りがあります。
"かがみ"と言う言葉は後に手本・模範となるなどの意味も持つようになりました。

■鏡の歴史
★最初の鏡
は水に映したものだったのでしょう。
ギリシャ神話の美青年
ナルキッソス(Narkissos)は泉にうつる自分の姿にこがれ死にして、水仙の花になったといわれます。
英語の
ラッパ水仙 narcissus やナルシシズム(narcissism)・ナルシシスト(narcissist)は彼の名前に由来します。

★現存する最古の鏡
エジプトの第6王朝(紀元前2800年)の鏡が見つかっています。
銅を主体とした合金で形は現在の手鏡に似ています。

★日本への伝来
前漢時代(B.C.202-A.D.8)に青銅の鏡が伝わったのが最初と言われます。

三国志・魏書「烏丸鮮卑東夷伝倭人条」に、魏の明帝が邪馬台国女王卑弥呼の遣使に対する答礼として銅鏡100枚を与えた、という記述があります。
その候補とされているのが、
三角縁神獣鏡(さんかくえんしんじゅうきょう)です。
しかし、この鏡は日本でしか出土してないなど、卑弥呼の貰ったものではないとする説も多く出されています。

他に有名な鏡としては
海獣葡萄鏡があります。
葡萄の唐草模様と鳥獣をあしらった鏡で中国唐の時代のもので、日本では奈良時代の遺跡から出土します。

★魔鏡
鏡面を直接見ても普通の鏡と全く変わりませんが、太陽光線などをあてて、その反射光を白壁などに映すと、銅鏡の背面に描かれた仏像や文字などの模様が映し出される現象です。
製作過程で鏡を磨く際に裏面の模様部分のため、鏡面にわずかな凹凸ができ、それが像を結ばせると言います。
江戸時代、キリシタンがこの鏡を使い十字架などを壁面に写して礼拝していたと言います。

■言葉
★柘榴口
(ざくろぐち)
江戸時代の湯屋(銭湯)の、洗い場から浴槽への出入り口のことを言います。
お湯のさめるのを防ぐため、浴槽の前に下の部分だけを開けた板戸がさがっていて、体をかがめて出入りしました。

名前の由来は、当時、鏡を磨くのに石榴(ざくろ)の酢を使ったので、「かがみいる(屈入)」に「かがみいる(鏡要)」をかけた言葉です。

銭湯の看板も矢をつがえた弓や、矢だけが看板として使われました。
"射入る"と"湯に入る"を掛けとか、客が"射る=入る"ようにとか、言われます。

江戸時代はこういう言葉遊びが盛んでした。
現代の親父ギャグより、趣がありますね。^^;

★鏡文字
鏡文字とは、鏡に映したときに普通に読める文字を言います。
両手に各々ペンを持って同時に字を書くとすると、左手の文字を鏡文字にした方が書くのが楽ですね。

レオナルド・ダビンチの鏡文字は有名です。彼の膨大なノートの文字は、全て鏡文字だそうです。人に読まれないためにそうしたとも言いますが、彼は左利きでしたからその方が書きやすかったのかもしれません。

日本にもあります。
左馬」と言うのを知っていますか。「馬」を鏡文字にしたもので、大きな駒が飾ってある場合がありますね。
米長邦雄永世棋聖やが好んで揮毫しますし、故坂田三吉名人・王将も揮毫したと言います。
「馬は左から乗るほうが縁起がいい」という事から、縁起ものとされています。

★破鏡
神異経」の故事からでた言葉で、夫婦が離縁をすることをいいます。
離れて暮らさなければならなくなった夫婦が、鏡を二つに割り、愛情のあかしとして各々が持っていました。しかし、妻が不義を働いたために、その一片が鵲(かささぎ)となって夫の所へ舞い戻り、不義が知れて離縁となりました。
もともとは「
破鏡の嘆」と言ったようです。
また、生き別れた夫婦が再開するのは「
破鏡重円」と言います。

神異経は、前漢代の
東方朔(とうぼうさく,B.C.154頃〜B.C.92頃)の著で「つつがない」などの言葉もこの本から出た言葉です。

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