和紙

蛇足
.★助け舟
平家物語
などにも出てくる古い言葉で、難破した船やおぼれた人を救助するために出す舟のことでした。
それが現在の困っている時に力を貸すことに転用されたのです。

★レナウン、ダーバンの由来
昭和天皇の皇太子時代の訪英の答礼として、大正11年(1922年)英国皇太子(後の
ウィンザー公)が訪日されました。
その時の乗艦が
超弩級戦艦Renown号で、供奉艦が巡洋艦D'urban号でした。
Renownには"優秀・栄光"などの意味があります。
一方、D'urbanは南アフリカの軍港ダーバン(ナタール州)から採られており、さらに、その語源は、この港を発見(1834)者ケープタウンの提督、サー・ベンジャミンダーバン(Sir Benjamin D'urban)の名前にちなんでいるそうです。
D'urbanはフランス語のDe+Urbenであり「都市の」とか「都会風に洗練された」という意味があるそうです。

★三舟(さんしゅう)
江戸末期に活躍した、
勝海舟高橋泥舟山岡鉄舟の三人を指します。
勝海舟(1823-1899)
遣米使節を送るため咸臨丸の艦長、軍艦奉行などをつとめ、王政復古の際の幕軍代表として西郷隆盛と会見し、江戸無血開城を果たしました。維新後は参議、海軍卿などを歴任します。自伝「
氷川清話」は有名ですね。

高橋泥舟(1835-1903)
槍術の名人で講武所教授をつとめます。鳥羽・伏見の戦以後は恭順謹慎を主張し、将軍慶喜の護衛にあたりました。

山岡鉄舟(1836-1888)
千葉周作に剣を学び、無刀流の一派を創始した剣客です。
王政復古の際の勝・西郷会談への道を開いたことで有名で、明治天皇の侍従になりました。

★呉越同舟  
兵法書「孫子」に載っています。
「夫呉人与越人相悪也、当其同舟而済而遇風、其相救也、如左右手」
呉人と越人は仲が悪いのですが、たまたま乗り合わせた船が突風にあってひっくり返りそうになったら、お互い左右の手のように力を合わせて事にあたると言うものです。

★剣を落として舟を刻(きざ)む 「Vol.077 刀と剣」参照
呂氏春秋」(秦の呂不韋(りょふい:〜B.C.235)が編録させたものと言われます)に出てくるお話です。
昔、楚の国の人が船から物を水中に落としました。彼は、船端に刻みを入れ、ここが落とした場所だとして、船が岸に着いて、その刻みを入れた場所の下を探したと言うお話です。
この話は江戸小咄(こばなし)にも取り入れられました。

物事にこだわって事態の変化に応ずる力のないことをいいます。


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