和紙

湯(風呂)
蛇足
■語源
昔は、風呂は
蒸し風呂でした。
枕草子」にも、「小屋ありて、其の中に石を多く置き、之を焚きて水を注ぎて湯気を立て、その上に竹の簀(さく)を設けてこれに入るよしなり、大方村村にあるなり。」 と出てきます。
江戸初期には膝くらいの湯に入って蓋を閉める半むし半浴の形になり、江戸も中期になると浴槽に湯を満たすようになったと言われます。

岩屋を表す言葉に
(むろ)があり、石や土で固めた室(むろ)を利用して、蒸し風呂を作ったので、室と呼ばれていたのが「ふろ」と訛ったものといいます。
他に、茶の湯の時に湯を沸かす
風炉(ふろ)からきていると言う説もあります。

■歴史
★世界

現在わかっている世界最古の風呂は B.C.1500頃のクレタ島
クノッソス宮殿のバスタブです。
ローマの時代は大人数を人収容可能な、
カラカラ浴場(1600人)やディオクレティアヌス浴場(3000人)などが作られました。

ローマ最古の公共浴場は
アグリッパ浴場でそのためにわざわざヴィルゴ水道が引かれました。この水道、現在でも使われており、トレヴィの噴水をはじめローマ中の噴水に水を供給しているそうです。

話はそれますが、アグリッパはローマ初代皇帝
アウグストゥス(シーザーの後継者、August8月の語源)の片腕でした。ドイツのケルンと言う町は古くはコローニア・アグリッピネンシスと呼ばれ彼が建設した都市です。
ただ、このアグリッピネンシスは彼の孫娘に当たる
小アグリッピーナ、あの有名な皇帝ネロの母に由来します。(この辺の詳細は塩野七生のローマ人物語Z「悪名高き皇帝たち」の347-348pあたりに詳しいので、興味ある方はどうぞ)
英語の
colony(植民)の語源はこのコローニアから来ており、ケルンはコローニアのドイツ語式の発音になります。
ついでに、もう一方の片腕が
マエケナスで、企業や国家が芸術・学問を保護し援助する活動をメセナ(仏mecenat)と言いますが、これは彼の名前に由来します。

★日本
・銭湯と湯屋

関西では
風呂、江戸では湯屋
関西では銭湯を風呂といい、江戸では湯屋(ゆうや)といいました。上方では「大和湯」、「扇湯」、「桜湯」などと店に名がつけられていましたが、江戸では「檜町の湯」,「堀江町の湯」などと町名をつけて呼んでいました。町人や商人の家に風呂はなく、みんな銭湯に行きました。江戸一番の呉服屋「越後屋」でさえ風呂はなかったそうです。

■言葉
★湯船
(ゆぶね)
現在は浴槽のことを言いますが、その語源は、江戸時代の、船にお風呂を組み込んだ
湯船に由来します。行水舟とも言ったようです。
いわゆる移動式銭湯で、最初は港で船乗りや乗客を入れていたようですが、後には銭湯の無い地域へも行ったようです。(江戸の町は縦横に川や運河が走っていました。)
当時の町中のお風呂は現在の蒸風呂のようなものでした。
現在のようなお湯に入るようになるのは、江戸中期以降のことです。その時、蒸風呂と区別するため、従来からお湯に入れていた湯船と言う言葉を使ったようです。

ですから、もともとは、"風呂"が蒸し風呂のことで、"湯"が今で言う風呂のことになります。

★風呂敷き
古くは「ころもつつみ」「平包み」「袱紗(ふくさ)」などと呼ばれていたようです。
風呂敷という言葉が文献に登場するのは、徳川家康の形見分けを記した「駿府御分物御道具帳」だと言います。
風呂敷の語源は風呂場で、自分の衣類を包むのに使ったからだといいます。
また、蒸風呂に入る時に下に敷いたからだと言う説もあります。

★風呂吹き大根
輪切りにした大根や蕪(かぶ)などを蒸したり茹でたりして熱いうちに、たれ味噌をつけて食べる料理ですね。
昔の蒸風呂は体を温めた後、垢掻き(あかかき)の者が息を吹きかけながらこすって垢を掻き、これを風呂吹きと言ったのだそうです。
同じように、熱い大根を吹きながら食べるところから風呂吹き大根と呼ばれるようになったと言います。

★行水
本来は食事の後に、使った鉢や手を洗う行為を指していたのが、神事や仏事の前に潔斎(けっさい)のために、清水で身体を洗い清めることを表すようになりました。
やがて、庶民の間で、お湯や水をたらいに入れて体を洗うという意味で使われるようになたようです。

★浴衣(ゆかた) 
平安時代、貴族は浴衣を着たまま蒸し風呂に入り、浴衣に汗や汚れを吸収させていました。
この時に貴族が着た麻の単衣の着物が「
湯帷子(ゆかたびら)」と言われ、これが浴衣の起源であり、語源です。

室町時代から江戸時代初期頃にかけて、湯上がりに汗を拭き取る「身拭い」になります。
江戸時代後期になると、家着や夕涼みの日常着になってきます。
一般の人は外出には着ませんでした。着ているのは遊び人だけです。
日中の外出時にも着られるようになるのは、明治時代も半ばになってからです。
もちろん外出用ですから、長襦袢を付けてから浴衣を着るのです。

日本情緒豊かな浴衣姿、でも、江戸時代の人が今の花火大会の様子を見ると目を回すかも・・・。^^;


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